◇ Program Ⅲ ◆

File.16「入寮・回想」

 「にぃにー、準備できたー?」


一階のリビングからすずの声が僅かに聞こえてくる。


「もうちょっと待っててくれー!」


来たる入学式前日の午後3時頃、俺はまだ済んでいない支度をしつつ、声を張って返答した。


 春の訪れを感じる今日この頃、俺、すず、マサの3人は晴れてヒュドール学園への進学が決まり、俺たちは入学式の前日からヒュドール学園の学生寮に入寮することになっていた。


 今日はマサと最寄り駅で落ち合ってから学園都市テラへ向かう約束をしているため、予め決めておいた電車の時間に間に合わせなければいけないのだが……


 「くっそー、どこに仕舞ったんだ……?」


 俺は30分前から”ある物”を探し続けているのだが、一向に見当たる気配がない。触ることなく自室に眠らせていたはずなのだが、肝心な場所を忘れてしまった。


 そうこうしているうちに、耐えかねたすずが大きな足音を立てて階段を上り、扉を勢いよく開ける。


 「にぃに!早くしないと電車乗り遅れちゃうよ?パパも車で待ってるし――何してるの……?」


 「あぁすず、悪い悪い……ちょっと捜し物をしててな。外で待っててくれ」


 俺はすずに尻を向けながら、机の引き出しの奥に手を伸ばしつつ返答する。


 顔は見えていないが、すずの無言の圧力を背中で感じ取る。


 「……ねえ、今になって何を探してるの?」


 「いやー、何と説明すればいいのやら……とにかく、大事なもんだ」


 それから1分程俺の様子を黙って観察していたすずだが、どうやらタイムリミットが来てしまったようだ。


 「ほらっ、行くよ」


 「え、ちょ、すず!」


 俺はすずに後ろ襟を掴まれ、強制的に一階へと引きずり下ろされた。あいにく、俺の探していた"ある物”は見つからず終いだった。



 ――どうしても、”アレ”だけは持って行きたかったんだが。



————————————————————◇◆



 「さあて、着いてしまったな……」


 どこか哀愁漂う親父の背中を、俺たちは後部座席から眺めている。最寄り駅に到着した俺たちは、親父に別れを告げる。


 「親父、ありがとうな」


 「なあに、これくらいお安いご用さ」


 「いや、そうじゃなくてな……」


 俺は一呼吸置いて、親父の横顔を真剣な面持ちで見つめる。何かを感じ取ったであろう親父も、緩んでいた表情が少し引き締まった。


 「母さんが海外に行ってから、今日までずっと俺たち二人を支えてくれてありがとうな。俺たちが晴れやかな気持ちで今日を迎えられたのは、紛れもなく親父のお陰だ。向こうに行ってからは中々会えないけどさ、元気でいてくれよなっ!」


 「パパ、上手く言葉にできないけど……私たちのためにいつもお仕事頑張ってくれて、ありがとう。夏休みには帰ってくるから、それまで元気でいてねっ。約束!」


 すずが差し出した手の甲に俺の掌を重ね、さらにその上から親父が照れ臭そうに大きな掌を翳す。親父は今にも零れ落ちそうな涙を拭い、俺たちの瞳を交互に見つめる。


 「お礼を言いたいのは俺の方だぞ、陽彩、すず。こんな頼りない親父の傍にずっといてくれて……ありがとう。特に陽彩は色々あったが、今日こうして二人を清々しい気持ちで送り出せることを、父親として誇りに思うぞ」


 「親父……俺、頑張るよ。また家族4人が揃えるように、世界中の人が笑顔になれるように……してみせるさ……!」


 「……ああ、信じているぞ、陽彩。すずも、頑張る兄ちゃんを影から支えてやってくれ。困ったことがあれば、いつでも父ちゃんに連絡しなさい」


 「……うん、わかった」


 ふと車窓の外を覗くと、駅のエントランス付近で周囲を見渡しているマサの姿があった。俺たちの存在に気がつくと、胸元で小さく手振りをする。


 「親父、そろそろ行くよ」


 「ああ、じゃあ最後に、”アレ”やっておくか」


 「そうだなっ」


 俺と親父が漢心おとこごころを燃やしている一方、すずは「これだから男は」と言わんばかりの呆れ顔で俺たちを睨みつけている。


 そして俺と親父は拳を突き合わせて口を揃えた。



 『自分を信じろ、迷ったら進め!』


 

 俺がクロッカスに入った意味を見つけ出す物語――その序章がこれから始まるんだ。



————————————————————◇◆



 午後5時、夕日で紅く照らされた学園都市テラ――その駅のエントランスを抜けた先で俺は得意げに明後日の方向を指差す。


 「また会うことになるとはな……学園都市テラ……!」


 「いきなり何やってんだ陽彩」


 「にぃに、早く行くよ」


 「お、おう……なんでお前らはいつもそんなドライなんだよ……」


 どうやら気持ちがたかぶっていたのは俺だけのようだ。ここまで冷たくあしらわれると時間差で凄く恥ずかしくなってくるな……


 「それにしても……すずちゃんはともかく、陽彩はよく合格できたな。一体どんな不正を使ったんだ?」


 「おいおい、いくら俺でもそんなことするわけねぇだろ?俺の実力を甘く見てもらっては困るなぁ」


 「ほう……実力ねぇ」


 俺は胸元を拳でポンッと叩くが、同時に額には冷や汗が浮き出ている。アカツキを使ったことは、すずにもマサにも伝えていない。真実を知るのは俺と、恐らく学校側の人間だけだ。このモヤッとした気持ちを晴らすためにも。早いところ真相を突き止める必要がありそうだ。


 「そんなことより、早くヒュドールに行こうぜ!集合時間も近いしよ!」


 「時間ギリギリになっちゃったの、誰のせいだと思ってるの……」


 「すみません、街のゲーセンでしぶとく遊んでいた俺です」


 すずに事実を突きつけられ、ぐうの音も出ない俺はガクッと肩を落とした。


 だって欲しかったんだもん、プライズ限定のフィギュア。


 ……結局取れなかったけど。



————————————————————◇◆


 

 ”ヒュドール学園前”駅の一つ手前、”学生会館前”駅に到着した俺たちは、駅のエントランスを抜けた少し先に建てられた『学園都市テラ総合学生会館』へと向かった。学生会館を中心として半同心円状に広がる数多あまたの高層建築物。この様相はまさに”学生団地”とも言えるだろう。ヒュドール学園に限らず、学園都市内全ての学校の学生寮がこのエリアに集約されているのだ。驚くべきことに、この団地一帯もヒュドール学園の敷地に含まれているらしい。


 その壮大なスケールに呆気にとられていると、学生会館の正面入口前に着いたところで新入生による長蛇の列が成されていた。入試の時と同様、案内用のサポートクローが列の最後尾に待機している。


 それから10分足らずで俺たちは学生会館の総合案内所へと到着し、各種手続きを行った。俺たちのメモリングは自動的にアップデートされ、学生証の表示と自室の扉の解錠が可能となった。


 学生会館には食堂やコンビニ、薬局など、必要不可欠なテナントが備わっており、学園都市に住む学生の生活を日々支えているそうだ。

 

 ヒュドール学園の学生寮は、学生会館の正面から奥側に進んだ先に位置しており、棟数は中等部と高等部を合わせて30を超える。さすがは国内有数のマンモス校だな。


 俺とすずは2号棟で、マサは15号棟だ。全寮制のヒュドール学園は、中等部の生徒は二人部屋、高等部の生徒は一人部屋が原則となっているが、俺のように身内が中等部に在籍している高等部の生徒は、二人部屋に住むことが特別に許可されている。


 俺たちはマサと別れを告げ、2号棟のエントランスへと入る。一つの棟に入っている部屋数は、9部屋×8階の計72部屋だ。つまり、ヒュドール学園だけでも2000部屋以上を有している計算になる。


 この学園の財力に対して恐怖感を覚え始めたのは俺だけだろうか……


 各部屋の玄関は、エントランスを抜けた先の屋内に設置されており、廊下の天井には複数の監視カメラが設置されている。さらに、各階には警備用のサポートクローも配備されており、24時間体制で巡回しているため、セキュリティ面においては申し分ない。


 某蘊蓄うんちくメガネ曰く、悪性AIトキシーが世に出現してから、学園都市全体で厳重なセキュリティ強化が実施されたそうだ。学園都市テラの外縁は特殊な”プログラミングシールド”によって護られているため、学園都市テラは日本で最も安全な場所と言っても過言では無いらしい。


 俺たちの部屋は最上階の奥『2-809』号室だ。エレベーターで8階まで上り、長い廊下を進んでいく。抱えている荷物のせいもあってか、廊下が余計に長く感じる。何故よりにもよってエントランスから一番遠い部屋なんだよ……


 「はぁ……ここだな……」


 「長かったね……早く休みたいよー……」


 俺とすずはすっかり疲弊しきってしまい、脚を引きずるようにして809号室の目の前まで辿り着いた。


 俺が扉の非接触キーリーダーにメモリングを翳すと、ピッという電子音が鳴ると同時に自動でスライドドアが開いた。


 「お邪魔しまーっす……」

 

 俺が室内に足を踏み出すと、シューズボックスの真上に設置されている間接照明が程なくして点灯し、廊下の照明も続けて点灯した。


 「おーっ!見ろよすず!ドアが5つもあるぜ!」


 「リビングと、私とにぃにの部屋と、脱衣所と、後はお手洗いかな……?」


 俺は疲れを忘れてしまいそうなくらい興奮しているが、一方のすずは手続きの際に配布された部屋の間取り図を参照しながら、脱衣所や浴室などの手前側の部屋を覗き見しては「おぉ」だの「へぇ」だの小さく声を漏らしている。


 「ねぇねぇにぃに、リビング見よっ、リビング♪」


 「おっ、すずも乗り気だな!」


 興奮状態なのは俺だけでは無かったようで、すずは俺の袖口を掴みながら玄関の対面に位置している磨りガラスの小洒落た引き戸に指先を掛ける。

 

 「オープンッ!!」


 その先に広がる光景を目にした俺たちは、感動のあまり「わぁ……!」と感嘆の声を上げた。


 広々とした12畳のリビングダイニング、開放感のあるシステムキッチンに、壁掛けの大型モニターやL字型のソファなど、中高生が住むには勿体ないくらいの好待遇な暮らしが提供されている。冷蔵庫や洗濯機などの電化製品も全て揃っており、俺たちは今日から始まる寮生活に胸を躍らせていた。今までの生活よりも水準が著しく上がった生徒も少なくないだろうな。


 「……なあすず、これ何だと思う?」


 室内を探索していると、俺はリビングの端にポツンと置かれていた見慣れない物体を発見した。


 スマホのワイヤレス充電器のようにも見えるが、その割にはサイズが大きすぎる気がする。板面の直径は3〜40センチ程で、小型掃除機くらいなら乗せられそうなサイズ感だ。


 「ちょっと見せて」


 「ほい」


 すずはその物体を両手で掴むと、板面を裏返しにしたりメモリングを翳したりと色々試し始める。


 「うーん、多分だけど……」


 「ほう?」


 「にぃにのパートナーになる”ルミナスクロー”の充電スタンドだと思うな」


 「ルミナス……」


 ”ルミナスクロー”、どこかで聞き覚えがあるかと思えば、アカツキが自己紹介をする時に「伝説の気高きルミナスクローですわよ!」みたいな事を口にしてた気がするな。


 それにしても、ルミナスって一体何だ。


 「にぃにまさか、ルミナスクローを知らないなんて言わないよね……?」


 俺の心の中を見透かしたかのように問い詰めてくるすずに対し、俺は目線をそっと逸らす。


 「そっ、そんなわけねーだろ!?俺はあのクロッカスに受かったエリートだぜ!それくらい知ってて当然だ」


 「ふーん、どうだか」


 やはり信じていないようだ。どうやら俺は嘘をつくのが下手らしい。


 その後、俺は”ルミナスクロー”についてこっそり検索をかけた。



 『”ルミナスクロー”――戦闘護衛部隊クロッカスが所有する”戦闘用クロー”の総称。生産元は”学園都市テラ”内に本社を置く”ヒュドールカンパニー”。クロッカスの生徒とタッグを組むことにより、”悪性AIトキシー”の討伐に貢献している。』



 ――なるほど。何となく予想は付いていたが、またこれで一つ賢くなったな。



————————————————————◇◆



 時刻は午後10時。夕食、入浴を済ませた俺たちは、明日の入学式に備えて早めに寝ることにした。


 「にぃに、おやすみー」


 「おう、初日から寝坊するなよー?」


 「むぅー、にぃににだけは言われたくない!」


 俺に揶揄からかわれたのが余程気に食わなかったのか、すずは頬を膨らませて自室のドアをバタンと閉めてしまった。親父といいすずといい、冗談が通じないのも困ったもんだな。


 「さあて、俺も寝るかー」


 俺はうぅーんとうなり声を上げながら両腕を天に伸ばし、隣の自室へと向かう。6畳の部屋にはシングルベッドと勉強机が備え付けられており、大きめのクローゼットも付いている。


 俺は自室の窓からベランダへと抜け、夜の学園都市を一望する。


 「はぁ……夜風が気持ちぃな……」


 4月初旬の海風は少し肌寒いものの、風呂上がりの火照ほてった身体には丁度良く、俺は最上階からの眺望をじっくりと堪能する。


 「あの辺がヒュドール学園で、遠くで光ってるのは……東京の中心街かな」


 どこか浮世離れした学園都市テラでの高校生活。明日からの3年間で俺の人生は大きく動くことになるだろう。それが良い方向へ行くのか悪い方向へ行くのかは、俺の舵取り次第だ。


 「明日、あの子にも会えるのかな……」



 ほぼ毎日のように思い出す”あの日”の出来事。



 俺の命を繋いでくれた一人の少女。



 俺が人生の軌道レールを組み立てる瞬間だった。



 ”あの日”から彼女に抱き続けているこの感情――単なる恋心ではない、また別の何か。



 「……ダメだ、眠れなくなっちまうな」



 全ては明日から考えることにしよう。



 そう、明日から。

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