File.15「烹炊・吉報」

ここは、ヒュドール学園高等部生徒会室。


 朝9時、広々とした室内に少女が二人、プロジェクターで映し出された映像を眺めている。


 「入試、終わったね~」


 「ですね、お疲れ様でした」


 蓄積した疲労を解放するかのように、両腕を頭上に伸ばして「うぅ~ん」と声を上げた翡翠は、合格者リストと受験者リストを見比べる。


 「やっぱり黒華くんが一位だったか~、去年はレエナちゃんだったものねっ♪」


 「あれは……たまたま運が良かっただけですよ」


 「またまた~謙遜しちゃって~」


 翡翠は桔梗の頬をツンツンとつつき、反応に困り果てている桔梗の表情を見て、満足げに笑みをこぼしている。


 桔梗は翡翠の腕を静かに払い除け、コホンと軽く咳払いをする。


 「……そういえば、蘭さんが注目されていた96番の方、残り30分を過ぎてから全く動きませんでしたね。もしかして、戦意喪失でもしたのでしょうか」


 「うーん……わたくしは、指揮官が気にかけていたことが原因だと思いますの」


 「……と、言いますと?」


 「これはわたくしの推察に過ぎませんが……」


 翡翠は周囲を警戒するように見渡すと、桔梗に耳打ちする。


 推察を聞き終えた桔梗は、張り詰めた表情で口を開く。


 「……もしそれが本当だとしたら、かなり問題になりますね」


 「えぇ……もし、このことが生徒の間に広まりでもしたら、学園の均衡が崩れる可能性もありますわ」 


 「とにかく、指揮官を探しましょう」


 桔梗の提案に二つ返事で頷いた翡翠は、桔梗とともに慌ただしく生徒会室を後にした。



————————————————————◇◆



 「――ぃに、にぃに、起きて!」


 「……んんっ、あぁ、すずか。今何時だ?」


 「午後1時」


 「ふわぁぁぁ……そんな経ってたのか」


 「もーっ、こんな所で寝てたら他の人に迷惑だよ?」


 すずに肩を大きく揺すられ、俺は目元を擦りながら顔をゆっくりと上げる。

 

 最終試験終了後、”学園都市前”駅構内のカフェで休憩していた俺は、気がつくと机に突っ伏して爆睡していたようだ。


 「試験お疲れさま、結果はどうだったの?」 

 

 「ん、あー試験ね試験、あはは……家に帰ってから詳しく話すよ」


 「……あ、うん、わかった」


 俺の陰鬱な雰囲気を察知したすずは、これ以上何も聞いてくることはなかった。

 

 「そっ、そーいえば!すずの方こそ試験はどうだったんだよ?」


 「えっ、私?」


 急な話題変更にすずは戸惑っているが、対する俺は口角を無理やり吊り上げ、すずの目元を見つめる。


 「うーん、筆記試験は勉強してた範囲のところだったし、集団面接はすっごく緊張したけど、質問はちゃんと答えられたよ」


 「おぉーそうかー!さすが我が自慢の妹、お兄ちゃんは鼻が高いぜぇ!」


 俺はすずの頭をワシャワシャと撫で回し、複雑な気持ちを紛らわせる。


 「んむぅ……そんな無理して……のにな」


 すずは小声で何か言いたげな様子だったが、俺は聞こえていないフリをしておく。


 「そういえば、マサとは一緒じゃないのか?」


 「あーそうそう、雅也さんは夕方まで試験だから、先に帰ってていいって」


 「そっか……じゃあ、何か飯でも食って帰ろうぜ」


 「……そうだね、私お腹すいちゃった」


 すずは今にも鳴り出しそうなお腹を摩りつつ、俺の腕を掴み店の外へと連れ出した。


 学園都市テラ――短かったが、これでお別れだな。



————————————————————◇◆



 俺たちは都心部で昼食や寄り道を済ませ、日が沈む頃に自宅へと到着した。


 「……あれっ、開いてる」


 玄関の扉は既に解錠されており、俺とすずは不審がりながらも家の中へ顔を覗かせる。


 「ただいまー……」


 「パパー……?」


 俺とすずは忍び足で薄暗い家の中へと入っていく。すずは俺の袖を軽く握りしめ、俺を盾代わりについてくる。いや俺も怖いんだけど……


 「アッチィ!!」


 突如、キッチンから野太い叫び声が聞こえてくる。俺とすずは驚きと恐怖のあまり家の外に逃げだそうとするが、声の主は俺たちの存在に気がつくと、訝しげな表情で顔を覗かせる。


 「なんだ、もう帰ってきたのか」


 「うわーっ!!……って親父?」


 「なんだ、うわーっ!!って。俺はバケモノか何かか?」


 キッチンの奥から姿を見せたのは、不審者でもバケモノでもなく、親父だった。


 「それよりも親父、なんでこの時間に家に居るんだ?今日も仕事だったはずじゃ……」


 ほぼ毎日残業帰りの親父がこの時間に家に居るのはかなり珍しい。


 「まさか、ク――イデデデデデデ!!!!!親父痛いって!!」


 親父を揶揄からかおうとする前に、耳たぶを思いっきり引っ張られてしまった。このオッサン、加減ってのを知らないのか。


 「まったく、バカを言え。今日は有給休暇だ」


 「あーそういうことすか……」


 まあクビになってもらっては俺らも困るからな。あと20年くらいは親父に養って頂かないと。


 「そういえばパパ、その恰好、もしかして料理してたの?」


 よく見ると親父はエプロン姿で、右手には菜箸を持っていた。


 すると親父はやや小っ恥ずかしそうに視線を逸らし、持っていた菜箸を背中にそっと隠す。


 「……ほら、何だ。受験を頑張ったお前らを少しくらいは労ってやろうと思ってな。もうすぐで出来上がるから、食卓で待ってなさい」


 「はーいっ、パパ、ありがとっ」


 「サンキュー、親父」


 親父は俺たちの礼を黙って受け取ると、少しばかり口元を緩ませてキッチンへと戻っていった。


 親父、俺がクロッカスを目指し始めてからホントに丸くなったよなぁ。


 ……いや、お互い様か。



————————————————————◇◆



 「いただきま〜す!!!」


 「いただきます……!」


 俺とすずは食卓に並べられた料理の数々に目を輝かせている。


 炊きたての五目ご飯、アサリの味噌汁、カレイの煮付け、和風サラダ、ひじきの佃煮、さらにデザートには杏仁豆腐。まさかとは思うが――


 「もしかして、これ全部親父の手作りなのか……?」

 

 「ははっ、当たり前だろ。ちょっとしたサプライズってやつだ」


 「親父、こんなに料理上手かったのかよ……」


 親父は珍しく誇らしげに笑っている。御角家の料理担当は俺とすずだったこともあり、親父の手料理を食べるのは記憶を遡っても今日が初めてだ。まずは味噌汁を啜ることにする。

 

 さて、そのお味は……


 「うっ、美味ぇっ!!」


 「うんっ、美味しい〜」


 だし昆布とアサリから生み出される濃厚な味わいに加え、塩加減や味噌の分量も絶妙でクセがない。他の料理も申し分ない完成度だ。


 「どうだ、父さん秘伝の味付けだぞ。陽彩は知らなかっただろ?」


 「俺”は”ってことは、すずは親父が料理出来ること知ってたのか?」


 「うん。だってうちのレシピ、考えたのは全部パパだもん」


 「んえっ!?そうだったのか……」


 いくら冷戦期間が長かったとはいえ、俺は親父のこと、何も知らなかったんだな。


 「実は、休日は俺が作っているときもあったんだが、お前は基本、家の外にいるか部屋に籠るかだったから気がつかなかっただろ」


 「言われてみれば……すずにしてはやたらと手が凝っている日があったような無かったような……」


 家族とて、俺がまだ知らない親父やすずの側面が見られる機会が今後訪れるかもしれない――そう予見させられた。


 クロッカスを目指してから今日に至るまで、俺と親父との間にあった大きな心の溝が、徐々に埋まりつつあるのを実感する。結果は残念だったが、俺はクロッカスを受験したことを一切後悔していない。色々あったが、ここ数ヶ月間は俺の人生の中で最も充実していたと確信している。


 夕食を終えると、俺は試験中の出来事を親父に伝えた。無論、アカツキとの悪魔の契約については触れずに若干嘘を交えつつ。


 「そうか……」


 親父はしばらくの間、瞼を閉じて考え込み、ゆっくりと開眼すると俺に視線を向ける。


 「お前は……良くやったと思うぞ。ちゃんと自分を信じて全力で挑んだ結果なんだから、落ちてしまったのは仕方がない。もしどうしてもクロッカスに入りたいというのなら、来年また挑戦すればいいさ」


 「――頑張ったな、陽彩」


 「親父……」


 親父の温かい言葉が俺の傷んだ心を優しく包み込む。俺は今にも零れ落ちそうな涙を堪え、親父に向けて拳を突き出す。


 「ああ、これで諦めてたまるかっ!俺は何度だって挑戦してやる。いつか絶対に、クロッカスに入る!」


 「それでこそ、俺の息子だ」


 親父も俺に応えるように拳を突き合わせた。隣で聞き耳を立てていたすずも安堵の表情を浮かべている。


 俺の闘志が燃え続ける限り、俺の――御角陽彩の物語は続いていく。



————————————————————◇◆



 クロッカス入隊試験から2週間後――


 俺は併願していた地元の私立高校への進学が決まり、俺の中学生活は卒業式を残すのみとなっていた。ヒュドール学園は学年が上がる段階で転入試験を受けることも可能であるため、それまでは地元で普通の高校生活を送るつもりだ。


 今日の昼過ぎには進学先に必要書類を郵送する予定だ。俺とすずは昼食の支度中であり、親父から伝授された親子丼のレシピを参照しながら調理を進めている。


 ところが、すずはいつにもなく浮足立った様子で、先程から壁掛け時計をチラチラ見ながら卵を溶いている。というより、既に溶ききった卵を不用意にかき混ぜ続けている。


 不審に思った俺は、すずの回している右手首を掴み平静を取り戻させる。


 「おいすず、さっきから落ち着きがないぞ?一体どうしたんだよ」


 「えっ、ああ、ごめんにぃに。今日、昼の12時に合格発表があるから……」


 「合格……発表……ああ、そうかそうか。今日だったんだな、お兄ちゃんすっかり忘れてたぜ」


 ヒュドール学園の合格発表は、中等部、高等部と併せてインターネット上で開示される。クロッカスに関しては事前に結果が明白である以上、見る意味なんてものは無いわけだが。


 「ごめんね、ホントは一人でこっそり見ようと思ってたんだけど……」


 すずは申し訳なさそうに手を擦り合わせるが、むしろ小学生の妹に気を遣わせてしまっている俺の方が申し訳なくなってくるな……


 「いやいや、俺のことは気にすんな!あと……3分か。料理は俺がやるから、すずは結果見てこいよ」


 「……うん、ありがと」


 すずは料理の手を止めると、リビングの食卓に置かれていた家族共用のタブレット端末を開き、不慣れな様子でヒュドール学園のホームページを開く。


 「……ゴクリ」


 今のはすずではなく、俺が唾を飲み込んだ音だ。いや何で俺の方が緊張しているんだ?

 俺は料理どころではなく、すずの強張った横顔を地蔵の如く見守る。


 「ヒュドール学園中等部……これだ……」


 すずは合格発表のバナーを見つけると、深呼吸をして指先を端末に伸ばす。


 「……」


 時間にして10秒かそこらであるが、俺とすずの間には途轍とてつもなく長い時が流れたように感じた。


 「……あっ」


 緊張の糸が一気に切れたであろう弛緩しかんした表情を見せるすず。これは間違いなさそうだ。


 「あった……!あったよにぃに!!」


 「うおーーーーーーーっ!!おめでとうすず!!」


 俺は料理を完全にそっちのけ、妹の合格を素直に祝福した。


 「そうかー、来月からすずとは離れてしまうのかー、兄ちゃん悲しいぜ……うぅ……」


 すずは、今さら何を悲しんでいるのかと言わんばかりに冷たい視線を向けている。俺の猿芝居は全く効果が無かったようだ。

 

 しかし喜んでいたのも束の間、合格発表ページをスクロールしていたすずがピタリと指を止める。


 「……あれ?」


 「どうした?すず」


 「高等部の合格発表も見てみたんだけど……クロッカスの定員って何人だっけ?」


 「40人だ」


 「……そうだよね」


 何やら含みのある沈黙があり、その直後何か言いたげな表情を俺に向ける。


 「……!」


 さらにページを少し進めたところで、すずがハッと口元を押さえ、チョイチョイと俺を手招きする。


 俺は足早にすずの隣へ移動し、タブレット端末の画面を覗き込む。


 「にぃにの受験番号って確か……」


 「96番だ」


 「……」


 すずは黙って画面のある部分に指を添える。そこには――『96』と2桁の番号が記載されていた。自分の目を疑った俺は一度目元を擦り、再び画面を凝視するが……


 「嘘だろ……俺、合格してる……のか?」


 喜びよりも困惑が上回っているせいで、俺はその場で呆然としている。


 「にぃに、確か点数足りなかったって言ってたよね?」


 「ああ、間違いなく半分近く足りていなかったぞ」


 「でも見て、ここ」


 ≪20xx年度 ヒュドール学園 高等部 戦闘護衛部隊 合格者 42名≫


 「42……!?ってことは、俺はその溢れた2枠に入れたってことか?」


 「どういう基準で選ばれたんだろうね」


 「さあ……」


 思い当たる節は無いに等しいが、もし可能性があるとすればアカツキの件だろう。最終試験での出来事を全て把握されているとしたら、俺の不利な状況を考慮して合格させてくれたのだろうか。


 真相は全く分からないが、俺は予期せずクロッカスへ入隊する権利を得ることが出来た。


 それに、黒華はもちろんだが、白百合の受験番号も載っているぞ……!もしかしたら、溢れた2枠は俺と白百合だったのかもしれないな。


 何はともあれ……


 「にぃに、おめでと!」


 「あぁ……あぁ……!」


 俺の疑念は徐々に薄れ、純粋なよろこびへと変化していく。


 「……うおっっしゃあああああああああああ!!!!!!」


 俺は拳を天に高く突き上げた。すずはやれやれといった仕草をしつつも、俺たちは互いの吉報きっぽうを祝福した。



 そうか、始まるのか。



 ”戦闘護衛部隊クロッカス”での俺の――御角陽彩の物語が。

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