File.17「入学・邂逅」

 「……ぃに!にぃに!早く起きて!」


 「……んぅ~~むにゃむにゃ……あと10分だけぇ……イデデデデデデ!!!!!痛いって!!」


 身体を揺すられても一向に起きようとしない俺の耳たぶを思いっきり引っ張ってきたのは、中等部の制服を身にまとったすずだった。


 「いてて……何だよ朝から……」


 「じ!か!ん!」


 すずがスマホの画面を俺に見せつけ、表示されている時刻を指差す。


 「んんっ……7時……52分!?確か新入生の集合時間って……」


 「8時15分」


 「うぉーっ!!全然時間ねぇじゃねえか!!」


 「もう、昨日アラームセットし忘れたでしょ」


 「あぁ、うっかりしてたぜ……」


 起床早々、俺は焦って頭をかき回し、勉強机に置いておいた高等部の制服にすぐさま着替える。高等部の制服はクロッカスを受験した際に着用したものとほぼ同じデザインで、1年生はアスコットタイが赤色となっている。ちなみに2年生は青色、3年生は緑色だそうだ。


 俺は着替えながら今日の持ち物を改めて二度三度確認し、スクールバッグのチャックを勢いよく閉める。


 「これで……よし!ちょっと走れば間に合いそうだな……あれっ、すずは?」


 リビング、脱衣所、個室など全部屋を探してみるが、すずの姿は何処にも見当たらない。


 「おーい、すずー、置いてっちゃうぞー?」


 時間確認のためにメモリングを起動すると、3分前に一件のメッセージが届いていた。送り主は……すずだ。


 『にぃにのせいで初日から遅刻とか絶対にイヤだから、先に向かってます(`へ´) リビングの電気、消してきてね』


 「くっそーすずのやつ、俺にだけ恥かかせるつもりかよ!」


 ……いや、そもそも寝坊したのは俺だったな。起こしてくれたすずには寧ろ感謝しないと。


 気を取り直した俺は、洗面台で軽く寝癖を直し、スクールバッグを肩にかけて寮のエントランスを飛び出した。時刻は丁度8時、何とか集合時間には間に合いそうだ。


 ”学生会館前”駅から”ヒュドール学園前”駅までは環状モノレールで一駅、所要時間は僅か1〜2分であるが、原則としてヒュドール学園の生徒はこの区間を徒歩で通学することが義務付けられている。もしも、中高合わせて2000人以上の生徒が同じ時間帯に通うとなれば、モノレールは大混雑を招くだろう。


 俺はモノレールの側道からヒュドール学園に向けて駆け出した。人工島ということもあってか、通学路は起伏が一切無く、ただひたすら1km近くの舗装路を進むのみ。悪く言えば面白みのない通学路だ。


 ところがどっこい、桜満開のこの季節、通学路に沿って植えられた無数の桜の木が花を咲かせていた。奇妙なほど等間隔で植えられた木々はまさに近未来都市に相応しく、人工物と自然の絶妙な調和が俺の心を惹きつけていた。


 潮風に靡く桜の木々が、新たな出会いを予感させる――そんな気がした。


 「いよいよだな、ヒュドールでの高校生活……!」


 俺は拳を固く握りしめ、目先のヒュドール学園に目がけて拳を突き出した。



————————————————————◇◆



 集合時間の5分前に到着した俺は、入試の時と同様、第一体育館に案内された。


  体育館は中高の新入生がすし詰め状態で、殆どの座席は既に新入生で埋め尽くされていた。まあ5分前ともなれば当然か。


 俺は指定された席に着くと、不審がられない程度に周囲を見渡しつつ、ゆっくりと椅子に腰掛ける。


 この人たちが俺のクラスメイト――もとい今後共闘することになるチームメイトなのかと思うと、何だか妙に緊張感が走る。あの過酷な試験を通過した精鋭なのだから、クロッカスに懸ける思いも並大抵の物では無いだろう。列の前方には黒華苧環、その少し手前には白百合結衣の姿がある。言うまでもなく、今後は彼らとも協力関係を築いていかなければならない。白百合はともかく、黒華はかなり厄介な野郎だからな。


 色々と考え事をしていると、突如として体育館の照明が消灯し、高窓カーテンが一斉にジワジワと閉まり始めた。次第に体育館は静寂に包まれ、一方の俺は背筋を再びピンと張り、固く握りしめた拳を両膝に置く。


 それから間もなくしてステージ上の大型スクリーンには、《20xx年度 ヒュドール学園 中等部 高等部 入学式》と映し出された。


 その直後、ブツンとマイクの無線が繋がる音が体育館中に響き渡り、読み上げ用の機械音声が流れ始める。


 「ただいまより、20xx年度、ヒュドール学園 中等部 高等部 入学式を開会いたします」


 さあ始まったぞ、俺の高校生活……!と高揚したいのは山々だが、どうもこの堅苦しい雰囲気がそれを阻害しているような気がする。


 そんな俺の気持ちとは裏腹に、入学式は淡々と進行していく。


 「始めに、学園長挨拶」


 機械音声が流れたのち、老眼鏡をかけた短髪の爺さんが重い足取りでステージ上に登壇し、慣れない仕草で演台に取り付けられたマイクを手に取る。年齢は60代半ばくらいであろうか。


 「んんっ、ゴホン……!えぇー、新入生諸君……この度は、本学園への入学、誠におめでとう。わしは、このヒュドール学園の学園長を務めている、”土山 茂郎つちやま しげろう”じゃ。君たちにはここでの学園生活を通して、今後の日本を、世界を支える人材になって欲しいと、わしは願っておる。この学園は――」


 それから学園長の長話は10分に及び、周りには早くも寝息を立てている新入生が散見された。俺も重たい瞼を必死に指でこじ開け、場を凌いでいる。何故、老人の話し声はこれほどまでに眠気を誘うのだろうか。


 「――それでは、良い学園生活を」


 「学園長、ありがとうございました」


 漸く学園長の長話が終わると、俺たち新入生は申し訳程度に小さく拍手をする。学園長が降壇すると、俺はふぅーと溜息交じりに深呼吸をした。腹も減ってきたし、さっさと終わって欲しいものだ。


 「続いて、高等部生徒会長挨拶」


 そんなことを考えていたのも束の間、全新入生の視線が次々とステージ上に吸い寄せられていった。先程までとは明らかに異なる――例えるなら羨望せんぼう憧憬どうけいといった眼差しだ。俺もそれに釣られて視線を壇上へと向ける。


 「……!」


 その瞬間、俺は目の前の光景に唖然あぜんとした。己の目を疑った俺は何度も目元を擦るが、どうやら幻覚では無いようだ。


 壇上に姿を現した一人の少女。腰あたりまでサラリと伸びた艶髪つやかみや整った目鼻立ちに加え、頭部にあしらった純白のカチューシャは彼女のうるわしさをより引き立たせている。そして育ちの良さが見て取れる佇まいは、まさに……


 「新入生の皆様、ごきげんよう♪わたくしはヒュドール学園高等部の生徒会長を務めております、”翡翠 蘭ひすい らん”と申しますわ♪」


 まさに、品行方正なお嬢様だ。


 「ははっ、まさかこんなに早く再会できるとはな……」


 あの日、俺を助けてくれたクロッカスの少女は、ヒュドール学園高等部の生徒会長だったのだ。

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