恋の花と思いきや

加加阿 葵

勘違い

 町はずれに古びたけれど温かみのある花屋があった。

 その店を営むのは初老の男、佐藤茂。


 その店に月に一度、月末に訪れる女性がいた。

 季節に合った花を彼女が手に取るときの穏やかな表情が茂の胸を温めた。


 毎月決まって訪れる彼女がなぜ花を買っていくのか茂は次第に興味を持つようになった。


「きっと恋人への贈り物に違いない」


 茂はそう確信し、彼女が来るたびに想像を膨らませた。


「何かの記念日なのか。相手はどんな人だろうな。彼女と同じで上品な人なのかもしれない」


 恋愛小説の1ページのような光景を茂は思い浮かべていた。

 彼女の来店が茂の楽しみとなり、彼は毎月彼女が来るのを待ち遠しく感じるようになった。

 茂は男ウケの良さそうな花を調べて店内の目立つ場所に置いて見たり、香りのいい花を仕入れてレジの横に置いて見たりもしたが、

 彼女はそのどれにも見向きもせず、特別に目立つ花ではない落ち着いた色や香りの花を少しだけ買っていった。


 今月もいつも通り開店してすぐの時間に彼女が来て、花を買っていった。

 その日は午前中で店を閉め、茂は店の中の花をいくつ見繕い店を後にした。


「いやぁ、寒くなってきたね。そっちはあったかいかい?」


 茂は花を墓前に供えると、線香に火をつけ独り言のようにつぶやいた。

 しばらく墓に向かって話した茂はふとあたりを見渡すと見覚えのある女性が目に入った。


 それを見た瞬間言葉を失った。茂はとんでもない勘違いをしていたことに気が付いた。


 次の月、彼女はいつも通り店を訪れた。


「いつも花を買っていただきありがとうございます」


 茂は彼女に優しく声をかけた。彼女は少し驚いたようだったが、すぐに笑顔になった。


「おばあちゃん。お花が好きだったんです。なので毎月ちょっとおしゃべりに行ってるんです」


 ――お花が好きだったんです。

 なぜ過去形なのか。それはすでに過去だという事を茂はつい先月に知った。

 その場の雰囲気を暗くしないために、墓参りという事をあえて隠しているであろう彼女に茂はそっと微笑んだ。


「そうでしたか。それでしたらこれからもっと素敵な花を準備しておきますね」


 それ以来、彼女が店を去る度に、茂はほのかな満足感に包まれた。

 今は亡き妻と始めたこの店で、花を通じて誰かの大切な思いに寄り添える喜びを再確認したのだ。


 春の日差しが心地よい日の午後。茂は花束が揺れる墓前の前にいた。


「よし。今日はもう帰るよ。花の苗を仕入れに行かないとだから。それにね前に男ウケの良さそうな花を仕入れたことがあったんだけど、これもまた売れ筋でね。仕入れが大変だよ」


 茂はいまだに毎月来てくれる彼女が、恋人への贈り物を買っていると早合点した時を思い出して苦笑した。


「一緒に始めた花屋……順調だよ」

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