第4話 重き剣のゼルカ



 コヨキの村は山間にある小さな村だった。

 周囲を森に囲まれている。

 その森に足を踏み入れ、村から西に少し進んだところが崖になっていた。足を踏み外して落ちたら危険なため、村人はあまり近寄らない。


 だから俺は逆に、ひとりになりたいときはここに来ていた。


 今日も、そうだ。

 昼下がり。

 太陽が燦燦と輝き、突き抜けるような空はどこまでも青い。

 いい天気だった。


 対照的に、俺の気持ちはどんよりと落ち込んでいた。

 原因は、言うまでもなく今朝の〈スキル鑑定の儀〉だった。


 〈頭を撫でた相手を惚れさせる能力〉


 改めて考えても、とんでもないはずれスキルだ。

 冒険者の戦いにも、旅にも、とんと役立ちそうにない。


 否、役に立たないならばともかく、下手に使ってしまうと大いなるトラブルを産むことを、俺は身をもって学んだのだ(シディアに打撃を喰らった腹はまだ痛んでいる)。


 なにせ、俺がスキルを解除してしまえば、惚れさせた相手も一気に正気に戻ってしまうのである。

 スキルの持続は、想像以上に集中力を使う。少しでも気を抜くと、勝手に解除されてしまうのだ。

 そう考えると、必然、ごく短い時間でしか、頭を撫でた相手を惚れさせることができないということになる。


 ほんの短時間しか――「騙す」ことしか、できない能力。


 だとするならば、冒険者としての戦闘や旅の用途としては言うに及ばず、まっさきに思いつく、自身の欲望を満たすための俗な使い方――「気になっている女性と恋愛関係になるために使う」という使用用途ですら満足にこなせないということになる。


「つ……使えねぇ……」


 思わず頭を抱える。

 いったいどうしろというんだ?


「――何が使えないんだ?」


 突然声を掛けられ、俺は心臓が破裂するんじゃないかというほど驚いた。

 慌てて振り向く。

 森の木立の陰から、ひとりの男性が姿を表す。


 巨大な男だった。

 上背うわぜい巨大デカい。ただ大きなだけではなく、厚みもある。鎧のような筋肉は、内側からはじけそうなほどだ。

 短く刈り上げられた黒い髪。肉食獣を髣髴とさせる鋭い目つき。全身から放たれる鋭く剣呑な気配は、歴戦の戦士であることの、これ以上ない証明となるだろう。

 

「ゼルカさん……!」

 俺は言った。


 彼は、少し前から村に逗留している冒険者だった。

 半年ほど前に、村の近くに古代遺跡が見つかり、調査が開始された。当初の想定よりも遺跡の規模が大きかったらしく、現在もまだ調査は続いており、いま村は――もちろん普段の村に比べればという意味だが――多くの冒険者たちが訪れ、好景気に沸いている。俗にいう、ダンジョン景気というやつだ。


 ゼルカさんも遺跡調査のために村に訪れた冒険者のひとりだった。

 強面で上背も高いため、村に来た当初は恐れられていたが、見た目の印象に反して性格は面倒見がよく快活で、ひと月もする頃には完全に村に馴染んでいた。

 暇なときは冒険者志望である俺の稽古をつけてくれたりもするのだ。


「今日〈スキル鑑定の儀〉だったんだろ? 村のあくたれ小僧どもが広場で大騒ぎしてるぜ。お前の姿が見えないもんで気になったんだが――やっぱりここにいたか」


 この穴場を知っているのは、俺以外では彼と……もうひとりぐらいだ。


 ゼルカさんは、近くの切り株に腰を降ろした。


「……どうだった、〈スキル〉は」

「――っ」


 答えられず口ごもる。

 彼は、俺の中で、冒険者としての――理想像となっていた。

 強く、頼れて、そして優しい。

 俺が目指す冒険者像そのものと言ってもいい。そんな彼に――自分のスキル〈頭を撫でた相手を惚れさせる能力〉を明かすことが、ひどく恥ずかしく思えたのだ。


 押し黙った俺の様子を見たゼルカさんが、口許を斜めにする。


「軽々に自分の〈スキル〉を明かさない、か――。冒険者として『正解』だよ、それは」

「……え?」

「冒険者にとって個々人が異なる強みを持つスキル……その効果を秘密にしておくことは珍しくない、むしろ、常套手段といっていいぐらいだ」

「そう……なんですか?」

「他人に知られていないことがアドバンテージになることだって珍しくないからな。この商売、言っちゃなんだが魔物だけを相手にするわけじゃねえ。人間と対峙することだって多い。盗賊や兵隊、冒険者どうぎょうしゃと剣を交える機会もある。そんな中、スキルが分からない相手と対峙するときが一番怖い」

「…………」

「もし、こちらを一撃で殺せるだけのスキルを隠し持っていたら? 戦ってる最中に知らず知らずのうちにそのスキルの発動条件を満たしてしまったとしたら? 実際にはそんなスキルを持っていないとしても、相手に『持っているかもしれない』そう思わせるだけで警戒させられるからな。逆に言えば、どんなに強力なスキルでも、相手に知られてしまっていたら『弱点』を突かれる可能性が出てくる。だから、よっぽど親しい間柄でもなければ――たとえ仲間であっても自分のスキルは明かさない奴も多い」

「知らなかった……。むしろ、冒険者のひとたちは、強いスキルを持ってる人ばかりのイメージで……」

「そりゃあ、宣伝戦略・・・・だ」ゼルカさんは呵々と笑う。「冒険者ってのは人気商売だからな。強いスキルを持っている奴らは逆に大きな声でアピールするわけだ。自分のスキルの強さをな。そんで有名になりゃあ、貴族やら金持ちの商人やらから指名が入ってデカい仕事ヤマが飛び込んでくることにもつながる。依頼する側の心理としちゃあ、いかにも強いスキルを持っている奴に仕事をしてもらいたいだろ? だからリスクを承知で自分のスキルを喧伝して、大きなリターンを狙ってるってことだな。そーゆー奴らが目立つ分、冒険者は戦いに特化してるスキル持ちが多いイメージがあるんだろうが……実際には隠してる奴の方が多いぐらいだ」

「そう……だったんですか……」


 ゼルカさんは立ち上がると、俺の肩をぽんと叩いた。


「口数が多くなっちまったな。まあ、あんまり気にしすぎるなってことだ。冒険者に必要なのは、〈スキル〉だけじゃねえ。いつも言ってるだろ? 大事なのは、腕っぷしと、気合と、注意深さだってな」

「――はい」

「ま、どっちかっつーと強いスキル持って宣伝して回ってる側の俺が言っても説得力はないかもしれねえけどよ」


 〈重力剣グラビティソード〉。

 ゼルカさんのスキルは、物体の重さを操作することができる、というものだ。手に持ったものを軽くするという部分においては、ビルおじさんと似ている。違うのは、自分自身の身体すらも、軽くできるという点だ。

 その〈スキル〉で、自分の背丈ほどの大きさの大剣を羽のように振り回したり、軽々と木の上へジャンプしたりしているのを、見せてもらったこともある。


 ゼルカさんは背を向ける。


「元気出せよ。……慰め役が、もうひとり、来てるみたいだしな」

「?」


 ふわりと。

 ゼルカさんが音もなく跳躍する。そして、樹上に跳びあがったかと思うと、枝を蹴り枝を蹴り飛ぶように消えていった。


 近づいてくる足音。

 そちらに目を向ける。


 ややあって、木立の陰からひとりの少女が飛び出てきた。


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