第5話 幼馴染のミーナ
†
「あ、やっぱりここにいた!」
明るい声色。茶色のおさげ髪と快活な表情。大きく、くりくりとした栗色の瞳。
森から出てきたのは、村の少女。ミーナだった。
俺が良くこの場所にいることを知っている、もうひとりの人物。
「あれ、ナデルひとり?」ミーナが言った。
「ああ。さっきまで、ゼルカさんもいたんだが、村に戻っていったよ」
「そっか。ねえ、聞いてよ――ゴーシュの奴がさぁ〈液体を酒に変える能力〉だって鑑定してもらってね、それで最初は井戸水を酒にしてはしゃいでたんだけど、酔っぱらって自分の――その……、おしっこを酒にし始めて大変なの。『永久機関が完成しちまったなアア~!!』とか叫んで飲もうとするしさ! みんなでなんとか止めたんだけど、あいつ酔い癖が相当悪いのね」
ことさらに、何てことないように話し続ける。
そこから、普段通りの空気を崩さないための、彼女なりの気遣いを感じた。
ミーナは、人の感情の機微に関して、妙に鋭いところがある。
おそらくミーナもなぜ俺がいなくなったのか、うすうす察してはいるのだろう。だが、〈スキル鑑定の儀〉などというビッグイベントがあった以上、そこに触れないのは不自然だ。だからこそ、雑談で俺もスキルのカミングアウトがしやすいような……そんな流れを作ってくれているに違いなかった。
俺は頭を掻く。
ゼルカさんにも、ミーナにも気を使わせてしまった。これから冒険者になって旅立つというのに、こんな有様では先が思いやられる。
切り替えよう。
ぐずぐずといつまでも落ち込んでいるのは、冒険者らしくない。少なくとも、俺が目標としている冒険者像にはそぐわない。
俺は、ミーナの話の流れに乗ることにした。
「……ミーナはなんだった?」
「え?」
「スキルだよ、どんなスキルに目覚めた?」
「知りたい?」
「……ああ」
「ふ~ん……。どーしてもぉ?」
「(イラッ)」
「嘘、嘘。私のスキルは、〈触れたものを瞬間的に移動させる能力〉だってさ」
「へえ――すごいじゃん」
聞いただけで凄まじい〈スキル〉だとわかる。
「でも、結構欠点もあってさぁ……まあ、便利なのは便利なんだけど」
「欠点?」
「そ」
そう言うと、ミーナは地面に落ちた石を拾う。
どうやら、デモンストレーションを行ってくれるらしい。
両手で石を包み、「むんっ」といった具合に気合を込める。
それから、両手を広げて見せた。
ミーナの手の中で、石はそのままの姿で健在だった。何か、変化があったようには見られない。
「……?」
どういうことだ?
てっきり、手の中の石が瞬間移動するのかと思ったが――。
「これ、持ってて」ミーナが石を渡してくる。
「俺が?」
「うん。目を離さないでよ」
言われた通り、彼女が念を込めた石を手の上に乗せる。
じっと見つめてみるが……、何かが起こる気配すらない。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
風が吹く。森の木々が揺れ、ざわめく。
鳥たちの鳴き声。
耳を澄ませば、少し離れた場所にある村の喧騒も、わずかであるが聞こえてくる。
動かないでいると、小さな羽虫が、手のひらに止まったので、払いのける。
鼻がむずがゆくなる。
「…………」
「…………」
「…………」
「……あの」
「しっ! 集中して!」
耐えかねて話しかけようとした俺を、ミーナが鋭く遮る。
仕方なく、視線を石に戻した、その時だった。
俺の手のひらで、目を疑う現象が起きた。
乗っている石が、忽然と消えたのである。
まるで、初めからそこになかったかのように、一瞬で消えたのだ。
瞬きすらしていない――というのに無くなってしまった。なんの予兆もなく、なんの痕跡も残さず、煙のように消失した。
「うおっ」
思わず声を出す。
ミーナの方を見ると、つい今しがた、たしかに俺の手の上にあった石が、彼女の手に握られている。
「どや」
彼女は、得意げに石を掲げて見せた。
「うわあ、すご!」俺は言った。「マジで瞬間移動じゃん! かっけー!」
「ふはは、もっと褒めるがよいぞ」
ミーナは薄い胸を反らす。
こうも視覚的にわかりやすい現象を、自分の目の前で、――それどころか手の中で見せつけられると、さすがに興奮する。
「ほんとに凄いわ……途中、放置プレイされたときは不安になったけど」
「いや、あれねー……」ミーナはたははと笑う。「実は時間がかかるんだよね。スキルを使うために、えいやって念じてから、実際に瞬間移動するまで、かなり待ってないといけなくて……二分くらいかな。それがちょっと……恰好つかないよね」
「そう、なのか」
「あんまし大きなものとか重いものも飛ばせないから、土木仕事に使うのも難しそうだしね。まあ、アナライさんとシディアさんは、時間も制限も、スキルをたくさん使って練度があがるにつれて改善してくとは言ってたけど……」
「ふうん」
ではいずれ、触れた瞬間即座に重いものを飛ばすことができるようになるのかもしれない。そうなれば、相当に便利で強力な〈スキル〉になるだろう。
「で?」ミーナが小首をかしげる。
「で? って?」
「いや、ナデルは、どんなスキルだったのかなーって」
「……知りたい?」
「そうね。いや、もちろん、言いたくないならー……、別に、いいんだけど、さ」
「秘密にしてくれるか?」
「え、誰に?」
「村のみんなに。まあ、いつまでもってわけじゃない。俺が、旅に出るまででいい。近いうちに村を出るから、そしたら、みんなで笑ってくれ」
「そっか。うん……」ミーアの顔が曇った。「スキルがわかったら冒険者になるって話だったもんね」
「もともとは成人したら、のはずだったんだけどな。ヨウ爺め……」
「おじいちゃんも、寂しいんだよ」
「そうか?」
「絶対そう。素直じゃないんだから」
「まあ、あの爺さんが捻くれてるのはそうだけど」
「
ミーナの意味深長な発言。その口ぶりだと、俺も素直じゃないとでも言っているようだった。この世界に、俺ほど素直な人間もそうはいないと思うのだが。
「じゃあ、俺のスキル、教えるけど」俺は言った。「笑うなよ」
「うん」ミーナが頷く。
「俺のスキルは――〈頭を撫でた相手を惚れさせる能力〉だ」
「……え?」
きょとんと。
ミーナが目を丸くする。
……まあ、そういう反応になるよな。
俺はもう一度、ゆっくりと言ってやる。
「俺のスキルは――〈頭を撫でた相手を惚れさせる能力〉だ」
「……え?」
「俺のスキルは――」
「いや、何回も言わなくていいから。聞き取れてるから。そうじゃなくて、え、何それ、つまり、その……ナデルが女の子の頭を撫でたら、その子はナデルの事が好きになっちゃうの?」
「そうだ」
「…………」
「ミーナ?」
「なにそれー!!! いいなー!!!」
あまりのくだらなさに、笑われるかと思ったが、彼女の反応は予想外のものだった。
「いいって、何が」
「ナデルのスキルが、よ」ミーナは興奮気味に目を輝かせる。「決まってるじゃない!」
「え、……いいか?」
「めっっっちゃいいでしょ! 最高のスキルよ! 嘘でしょ!? 本当にそんな神スキルだったの!?」
「いや、そんな羨ましがられるとは思ってなかったんだが……」
「なんで!? いらないなら私のと交換してよ! 何が気に入らないの!?」
俺だって交換できるならしてもらいたいくらいだ。
「その……冒険者としては役に立ちそうにないし。戦いでも、旅でも」
「はあぁ~!? アンタ、それ本気で言ってる!? 冒険者としての脳内シミュレーションが甘いんじゃない!?」
「なんだよ……。そこまでいうなら聞かせてくれよ。俺のスキルが、冒険者生活にどう役立つのか」
「しょうがないわね……目ん玉かっぽじってよく聞きなさい」
「耳だろ。かっぽじるのは」
ミーナは芝居がかった仕草で、コホンとひとつ咳ばらいをしてから、得々と話し始めた。
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