後編「壊れた心の居場所」
僕が雪菜と出会ったのは、冷たい風が吹き抜ける夜だった。
目の前に現れた彼女は、薄汚れた服に赤い瞳を輝かせ、息も絶え絶えの状態だった。
その瞳には怯えと警戒心が浮かび、僕に向けられる視線はまるで獣のようだった。
「大丈夫か?助けて欲しいのか?」と声をかけると、彼女は一瞬だけ戸惑ったような表情を浮かべたが、すぐにそれを隠し、静かに頷いた。
僕は彼女を家に連れて帰ることを決めた。
家に着くと、彼女は部屋の隅に座り込み、警戒心を露わにしながら僕を見つめていた。
名前を尋ねると「雪菜」とだけ答え、それ以上の情報を明かそうとしなかった。
彼女がどんな過去を背負っているのかはわからなかったが、その紅い瞳と震える身体を見て、僕の中に眠っていた感情が呼び起こされた。
彼女に重ねてしまったのだ、自分の過去を……あの壮絶にいじめられていた日々を。
日々は静かに流れていった。
雪菜は僕に対して最小限の言葉しか発しなかったが、僕は気にせず、彼女に日常の温かさを感じさせようと努めた。
一緒に食卓を囲み、街に買い物へ行き、たまには公園に立ち寄る。
そうしたささやかな日常を繰り返す中で、雪菜の表情はほんの少しずつ柔らかくなっていった。
ある日、雪菜は唐突に問いかけてきた。
「どうして私なんかを助けたんですか?」
その瞳には困惑と疑念が浮かんでいた。
僕はしばらく黙った後、自分の過去を話した。
壮絶ないじめを受け、人間不信になったこと。
自殺未遂をしたこと。
けれど、人に救われた経験があるからこそ、今の自分があるということを。
「君の姿を見た時、ほっとけなかったんだ。あの頃の自分に見えたから」
雪菜は驚いたように目を見開いたが、すぐに目を伏せた。
そして、小さな声で「ありがとう」と呟いた。それは彼女から初めて聞く、心からの言葉だった。
それから雪菜は少しずつ心を開き始めた。
僕を警戒する様子は減り、敬語も柔らかいものへと変わっていった。
たまには笑顔を見せることも増えた。
それでも彼女は、自分が幸せになっていいのかという罪悪感を抱え続けていた。
ある夜、雪菜はポツリと呟いた。
「私は、人を傷つけた。こんな私が幸せを感じていいのでしょうか?」
僕は彼女の隣に座り、静かに言った。
「それでも生きているのは、幸せを掴むためだと思うよ。どんなに辛いことがあっても、生きる意味はそこにあるんだ。」
雪菜は何かを振り切るように小さく頷き、僕に小さな微笑みを向けた。
その夜、彼女は初めて安心して眠った。
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