中編「逃避の果てに」
「ごめんなさい……でも、私は……」
声を震わせながらも、見張りの体が動かなくなるのを確認すると、雪菜は乱れた息を整え、再び出口に向かって駆け出した。
息が詰まるような緊張感と、全身を駆け巡る恐怖。
けれど、その先に広がる夜の静寂を感じた瞬間、雪菜は初めて「自由」という言葉の重みを理解した。
それは彼女にとって、最初で最後の逃亡の機会だった。
そしてその奇跡を、彼女は掴み取った。
「ここから……逃げられるかもしれない」
全身を駆け巡る不安と、かすかな希望。彼女の瞳に一筋の涙が浮かぶ。
屋敷を越えた先には、果てしない闇と森が広がっていた。
雪菜の赤い瞳が暗闇に光を宿す。
息をつく間もなく、彼女は森へと足を踏み入れた。
木々に引っかかる枝葉、冷たい風、そして地面を蹴る足裏の感覚、そのすべてが雪菜に「自由」の感触を与えていた。
しかし、同時に追っ手の気配も彼女を追い詰める。
夜は静かだったが、雪菜の心には不安と恐怖が渦巻いていた。
自由を手にするために多くのものを失った。
そして、その自由ですらいつか終わるのではないかという不安が、彼女の心を支配しつつあった。
だが、どれほど傷つき、疲れ果てても、雪菜は決して足を止めない。
彼女の耳が後ろからの足音を拾うたびに、前へ、もっと前へと走る力を得る。
そしてその果てに、彼女は森の出口にたどり着いた。
朽ち果てた木の間から見えたのは、人里離れた小さな道。
雪菜は立ち止まり、息を整える間もなく、そこに立つ一人の青年と目を合わせた。
その青年――僕との出会いが、雪菜の凍てついた心にわずかな光をもたらすことになるとは、まだ誰も知らなかった。
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