前編「紅い瞳に宿る決意」
雪菜にとって「逃げる」という選択肢は、何度も頭をよぎっては消えていた。
屋敷を囲む壁、厳しい見張り、逃げ場のない構造。
そんな状況で「逃亡」など考えるだけ無駄だ。
けれど、その夜だけは違った。
その日、屋敷の主は珍しく外出していた。
監視を務める者たちも警戒を解いていたのか、雪菜がいつも閉じ込められている部屋の扉が施錠されていなかったのだ。
さらに外を覗くと、いつも見張り台に立っているはずの人影がない。
まるで奇跡のようにすべての条件が揃っていた。
「今、この瞬間を逃したら、二度とこんな機会は無いかもしれない」
心のどこかでそう確信していた。
怯えと絶望に支配されていた雪菜の胸に、今まで感じたことのない焦燥感とわずかな希望が生まれた。
震える手で部屋の扉を開けると、廊下の先は薄暗く、普段よりも静まり返っている。
それでも警戒心を解けるはずもなく、耳を澄ませながら慎重に歩みを進めた。
途中、足音が響く度に全身が硬直する。それでも進むことをやめなかった。
雪菜は屋敷の中を走り抜けていた。
足音を殺し、息を潜めながらも、心臓の音だけがやけに大きく響いているように感じた。
彼女は幼い頃から命じられるまま身を軽くする訓練を受けていたが、今その技術を使うのは、自分のためだった。
庭に出ると、いつもなら閉じられているはずの門が半開きになっていた。風に揺れるその光景は、雪菜を外の世界へ誘うかのように見えた。だが、そこを越えるには最後の試練があった。
「……誰かいる」
遠くから、見張りが近づいてくる気配を感じた。
頭の中では何度も警報が鳴り響いていた。
「見つかれば終わりだ」と。
足音が徐々に大きくなり、焦りが胸を締め付ける。
雪菜は無我夢中で辺りを見回し、咄嗟に気配を殺して近づいた。
そして影が油断した瞬間、全身の力を振り絞り、その手を掴んで背後に回り込む。
相手が抵抗しようとする前に、彼女は迷いを振り切って爪で喉を切り裂いた…。
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