第3話 人間作ってみた!!
「さて、問題は、この大酸化イベントを乗り越えたあと、多細胞生物がいつ出てくるか、なんだよな」
地球の歴史では、単細胞の時代が長らく続いたあと、ようやく多細胞生物が現れ、そこからさらに植物や動物が分化し、陸上へ進出していった。
その流れには気が遠くなるほどの年月が必要だった。だが、俺の星では、体感時間を加速できるから、たとえば20億年分くらいの進化を数日単位で観察することすら可能だ。
「とはいえ、あまり急ぎすぎると、生態系そのものがギクシャクするかもしれないな……」
俺は段階を踏みながら、数千万年単位の時間を“すっ飛ばす”感覚で観察する。すると、海の表層に藻類のような群体が広がってきたのが分かる。肉眼では見づらいが、多細胞らしい構造を持つ生き物もちらほら現れ始めているようだ。
この時点で、星の時間にすると数億年がさらに経過しているはず。だが、俺にとっては数時間ほど。すでに慣れたとはいえ、この速度感はいまだに不思議な感覚だ。
「やった。これで多細胞の時代がようやく始まったって感じか」
生態系はさらに活気づいている。海には簡単な捕食の仕組みが生まれ、より複雑なやつが出てくる兆しも見られる。たとえば小さな動物的な個体が、他の微生物を捕らえて栄養を得る一方、藻類のように光合成を行う種族が増え始めた。
そこから先も、俺は断続的に体感時間を加速して長大な進化のドラマを短縮して見届けていく。触手を持つもの、ヒレが発達したもの、群れで泳ぐもの、海底をゆっくり這うものなど……。
海の生態系に多様性が出始めたのは、もはや時間の問題だ。
「ここまで来ると、もうちょっとで魚っぽい生き物が出てきそうだな……」
まだ陸上はほぼ不毛だが、海辺の岩場には苔のような植物が張りつき始めている。これが将来的には陸上植物へと進化するのかもしれない。地球をそっくりなぞるとは限らないが、似たメカニズムが働く可能性は高い。
──陸上進出へのシナリオを考えよう!!
俺は数億年単位の体感の時間をさらに飛ばす準備をする。いきなりすべてを一気に加速するとリスクが高いので、何億年ずつ分割して様子を見ることにした。数回に分けて加速すれば、合計で10億年以上を一週間くらいでチェックできる計算だ。
数億年ぶんの変化を確認してみると、大陸の輪郭が大きく動いている。プレートテクトニクスによって大陸同士が衝突して山脈ができ、離れていくと海峡や海盆が形成される。さらに陸地を見ると、確かに苔やシダのような植物がだいぶ広がり、原始的な森林らしき場所まで見える。空気中の酸素が増え、呼吸できる種が増えた証拠だ。
「おお……すごい。ちゃんと陸上植物が定着してる。空気中の酸素、だいぶ増えたんじゃないか?」
実際に大気を感じ取ると、以前より明らかに酸素濃度が上がっている気がする。窒素や二酸化炭素も多いが、呼吸できないレベルじゃなさそうだ。俺には呼吸は必要ないが、もし人間が住んだとしても、そこそこ安全かもしれない。
さらに海を覗けば、魚のような生物が群れをなして泳いでいる。うろこのあるものや甲羅を持つもの、異様なヒレを発達させたものなどバラエティ豊かだ。中には浅瀬で呼吸できる器官を獲得し、陸に上がりはじめる両生類っぽい種もいる。そこまで来れば、陸地へ本格進出するのもそう遠くはない。
「うまくいけば、陸に適応した脊椎動物が一気に広がるかもしれない。よし、もうちょっと体感加速を……」
俺はさらに時間を進めてみる。だが、進化には絶滅イベントもつきものだ。地球の例でも、大量絶滅によって支配的だった生物が消え、新たなグループが台頭するケースは数度あった。俺の星でも多少なりとも絶滅が起こったほうが進化の刺激になると考え、大きすぎる隕石衝突だけは防ぎつつ、中〜小規模の衝突はあえて受け止めさせる方針をとる。
「防ぎすぎると生態系が停滞しちゃうからね……。まあ、神業ってのも難しいもんだな」
そうして数億年を超える時間を俺の体感で早送り、で観察していくうちに、陸上には爬虫類的な生物が闊歩するようになり、やがて哺乳類に近い存在も見られるようになる。
体感時間としては数日〜一週間ほどだが、星にとっては何十億年に匹敵する進化を駆け抜けている。大陸の配置も激変し、緑の森や広大な草原が広がり、四足歩行の哺乳類が走り回る。その中には器用な前肢を持ち、木の上で生活する霊長類タイプも姿を見せはじめた。
「よし……ここからが勝負か。あと数百万年、数千万年のうちにヒトみたいな知的生物が出てもおかしくないぞ」
もちろん必ず出るとは限らないが、霊長類が出現すればその先に二足歩行と脳の発達が待っているかもしれない。あるいはまったく違う形態の知性を持つ動物が現れる可能性もある。いずれにせよ、文明が生まれる一歩手前の段階に近づいているようだ。
──そして、原人の出現が……!!?
そこでまた、一気に体感加速して状況を大づかみに見るのではなく、数十万年〜百数十万年ごとに区切りをつけてじっくり観察することにした。
そうして一定期間ずつチェックしていたら、ある日、森の辺境に暮らしていた類人猿の一派が、どうやら二足歩行を身につけ、火を利用しはじめた気配を捉えた。
「うわ、まるで原始人だ……。いや、地球の類人猿とそっくりってわけじゃないが、知性が芽生えてるのは確かだな」
彼らは周囲の動物を狩り、集団で生活し、棒を加工して槍のように使ったり、火山活動で生じた自然の火を使って肉を焼いたりしている。骨格や毛並みはゴリラ寄りでも、手先の器用さや脳の発達ぶりは明らかに「文明化」への道を開く段階にある。
俺の星の時間で10億年以上かけて到達したこの瞬間を、体感としてはたった数か月ほどで見届けてしまったのだから、われながらすごい話だ。でも、死んでしまった俺が不死かつ体感時間操作を使える存在になった時点で、常識は超えている。
「ここから、完全に人間のような姿になるまでには、あと数十万年かかるかな」
脳が発達し、言語を洗練させ、狩猟や農耕が本格化する。そうすれば村や都市ができ、社会や文化が花開くだろう。おなじみの人類史を再現するかもしれないし、全然違う流れになるかもしれない。どちらにせよ、俺はその瞬間を見届けてみたい。
「でも、知的生命の誕生に干渉しすぎるのは危険だよな。文明を歪めることになりかねない」
俺の存在はまだ知られていない。空に浮かぶ謎の何かとして認識されることもなく、あるいは全く気づかれないままかもしれない。
しばらくは見守る方針で、体感時間を中速程度に保ちながら数十万年単位の観察を繰り返す。すると、火打石や骨製の道具が洗練される様子が確認でき、狩猟生活や集団行動がますます発展していく。社会性が高まり、やがて小さな村落のような定住地が出現しはじめた。
「お、農耕っぽいことも始めてる。種を埋めて水をやってるのが見えるな。最初は野生植物の保護くらいだろうけど、そのうち品種改良に近いこともしだすかも」
火の利用も高まり、食料を焼くだけでなく、皮をなめしたり器を焼いたりしている形跡がある。さらに、人間の言語に相当する音声コミュニケーションも発達中のようで、村の仲間どうしが口やのどから出す音をしっかり理解している気配だ。簡単な文字やシンボルとして、壁画や岩に刻んでいるものも見つかる。
「これはもう、文明の入り口って感じだな……立派に“人間”と呼べる存在になりそうだ」
もし地球と同じようなペースなら、農耕や家畜化から都市の形成まで数千年~数万年を要するが、俺がさらに体感時間を加速すれば、数日〜数週間でそのプロセスをまとめて目撃することも可能だ。
だけど、ここまで手間ひまかけて見守ってきた彼らなので、あまり一気に飛ばさず、ある程度ゆっくり歴史を観察したい。闇雲に高速化してしまえば、いつの間にか近代社会を飛び越えて、未来文明に到達しているなんてことになりかねない。
「まあ、そこはいい塩梅で調整しよう。とりあえず、彼らが形成する文化や社会をじっくり楽しみたい」
そう思って、体感時間の加速を中速程度に抑えることにした。数千年から数万年単位で星の時間を進め、こまめにチェックしていくイメージだ。
既に俺の時間感覚は崩壊しているが、死後の存在にとっては当たり前になりつつある。
「ついに人間が生まれた。俺の星が、長い生命の歴史を乗り越えて、ようやく知的文明を得ようとしている。なんだか感慨深いな……」
地球なら数十億年かかった道のりを、俺はこの星でダイジェストのように見てしまった。もちろん、星そのものは数十億年をちゃんと過ごしているのだが、体感時間を加速していたおかげで、俺にとってはわずかな期間の出来事に思える。
それでも、やはり一から星を作り、命を生み出し、人間に近い種をここまで育てたという達成感は大きい。
──不穏な影が一つ。
ところが、そんな喜びに浸っていた矢先、ふと気づいたことがあった。新たに生誕した人間の村落を観察していると、その近くに“妙な存在”がいるのが見えたのだ。
「ん……? あれ、なんだ?」
人間の姿を模しているように見えたが、じっくり観察すると中身が違う。夜になり、人間が眠りについた頃、その個体だけが目を覚まして奇妙な行動を始める。
そして、まるで人の皮を脱ぎ捨てるように内部から飛び出してきたのは――青い肌と黄色い目、尻尾を持つ、まったく未知の生物だった。
「あれ、あんなの作った覚えはないんだが……」
知らぬ間に俺が新たな種を誕生させてしまったのか? それとも外部から飛来したエイリアン的存在か? ともかく、その生命体は人間とは明らかに違う体の構造を持ち、さらに人間を取り込むような挙動を見せている。まさか、寄生か擬態か……。
俺の星にまた別の進化系が自然発生した可能性はゼロではないが、どうにも不自然だ。ともあれ、このまま放置すると、せっかく文明を築こうとしている人間たちが危険にさらされるかもしれない。
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