第2話 生物を作ってみた!!

惑星づくりを終えて、俺はしばらくのあいだ、この新しくできた星を眺めていた。今はまだ地表が冷えきっておらず、ところどころからマグマが噴き出して、激しい火山活動が起こっている。


 ただ、それも必要なプロセスだ。大陸のかたちが定まり、海ができあがるためには、どうしても内側からのエネルギーが欠かせないから。


「うーん……やっぱり地球のように生命が生まれるには、火山活動やプレートの動きがある程度は必要だよな」


 俺は宇宙空間に浮かんだまま、重力操作の力を使って、惑星の内部バランスを整える。たとえば星の核に放射性物質がどれくらい多く含まれているかで、マグマ活動の強度も変わってくる。もし弱すぎれば内部が冷えきって地殻が停止し、逆に強すぎれば星全体がマグマの塊になりかねない。


 ──高校の地学の先生の授業が分かりやすくて、本当に助かってるよ。こんなにスムーズに神業をこなせるのは先生のおかげだ。


「よし……このへんかな。多少は溶岩が吹き出しても、ちゃんと時間がたてば表面が固まってくれるくらいの熱量……」


 そんなイメージを抱きながら、俺は星の内側にわずかに力を加えてマグマの流れをコントロールする。完璧に思い通り、というわけではないが、惑星がもともと持っている動きをほんの少し“後押し”する感じだ。


 もしこれを地球でやれと言われたら絶対に不可能だろう。だが、今の俺は不死身の存在で、重力を自在に操れる。思考を集中させるだけで星の内部にある金属や岩石がわずかに動き、必要なエネルギーを引き出せるようになっている。最初は戸惑ったが、最近はこの神がかった力にだいぶ慣れてきた。


 星はゆっくりと公転しながら、太陽からの光と熱を受けとめ始めている。すでに大気もある程度形成され、主に水蒸気や二酸化炭素が豊富だ。俺が宇宙空間から重力操作で集めたガスも加わり、火山活動のガス供給も相まって、濃い大気ができあがりつつある。もっとも、今はまだ呼吸に適した酸素はほとんどないが、これから生命が誕生して進化していくうちに増えていくのが理想だ。


「さて……次は海の誕生か」


 惑星の表面温度がある程度まで下がると、濃い大気に含まれる水蒸気が雨となって降りそそぐ。最初は恐ろしいほどの豪雨になるはずだ。長い年月を経て雨が降り続き、低い土地やくぼ地に水がたまっていく


 ――そうして大海ができる。海には土壌や鉱物が溶け込み、原始のスープと呼ばれる生命のタネが育つ舞台が整う。


「問題は、ここから先がものすごく時間がかかるってことなんだよな……」


 地球の歴史を振り返っても、原始の海ができてから生命が誕生するまでには何億年という長い時間が必要だったとされている。先生も「気が遠くなるスパンですよ」なんて言っていたっけ。


「まあ、でも俺には人智を超えた能力があるしね」


 とはいえ、俺の能力は“星の時間を加速”させるわけではない。あくまで俺自身の体感時間を操作して、同じ期間でも“あっという間”に観察できるようにする。実際には星にとって何千万年もかかる変化を、俺の主観では数日や数週間程度で見届けるわけだ。


 イメージ的には、ビデオの早送りをかけて見ているのに近い。もちろん、これには弱点もある。早送りしすぎると、大切な瞬間を見逃すかもしれない。急激な変化に対応しようとしても、体感時間が速すぎて追いつけない――なんて事態も起こり得るからだ。


「でも、ほどほどの加速なら便利に使えそうだ。惑星が急に崩壊しそうな予兆も見落とさずに済むし」



 そう自分に言い聞かせつつ、星の周回軌道をふわりと移動して、少しずつ加速の度合いを高めてみる。すると、嵐のような雨が降りしきり、水がたまって海が形成されていく流れが“俺にとって”短時間で進行していく。


普通に観察すれば気が遠くなるほどの年月が、今やダイジェスト版で過ぎるのはちょっと恐ろしい。


「……おお。これで大陸と海岸線がはっきりしてきたな。火山活動も活発だけど、表面の一部は固まってきている」


 降り続ける雨が海を作り、そこにマグマで温められた海底火山の要素や鉱物が混ざりあって、やがて濃いスープが醸成されていく。


 地球における初期の姿を想像して作った環境だが、もし自然のペースなら数千万年〜数億年クラスの時間が必要だ。だが俺の重力操作や体感時間加速で、それを数百年〜数千年ほどに凝縮している。さらに俺の主観時間では、数日から数週間という感覚だ。


「とはいえ、生命が生まれるとなると、もうちょっと慎重にやらないと」


 これで原始の海、大気、火山エネルギーがそろい、次のステップでは海の中にアミノ酸や核酸などの有機分子が合成され、そこから細胞が生まれる化学進化が待っている。ただ、それには膨大な偶然と試行回数が必要になる。




「いっそのこと、有機物をもう少し追加してやろうか」


 俺はふとそう思い立って、宇宙空間を見渡す。隕石や小惑星の破片にはアミノ酸や有機分子が含まれているという説がある。ならば、それらを重力操作で引き寄せて、適度に海へ落としてしまえば、生命誕生の可能性は少し高くなるかもしれない。


 もちろん、大きすぎる隕石は海を蒸発させる危険があるから、そこはコントロールが必要だ。俺は周囲の小惑星帯からほどよいサイズのかけらを選び、制御しながら大気圏へ突入させる。燃え尽きるものもあるが、ある程度は海へ溶けこんでいくはずだ。


「これでちょっとは生命のタネが増えたかな……」


 あとは“待つ”だけといっても、俺には体感時間の加速がある。この先、化学進化をどれほど短縮できるかが勝負だろう。


 だが、ひとつ気がかりなことがあった。地球では月が潮汐や自転の安定に大きく関わったとも言われている。もしこの星にも衛星があったほうがいいなら、今のうちに整えておいたほうがいい気がするのだ。




 ここでふと、俺はある事実に気づく。この惑星には、まだ月のような衛星がない。


 地球でいう月が存在することで、潮の満ち引きや地軸の安定が保たれた面が大きいという話をどこかで聞いた。俺の作った星も、重力や公転軌道を考慮してはいるが、衛星がないと自転軸がふらついて気候が安定しにくくなったり、海の潮汐運動が弱くなったりするのかもしれない。


「じゃあ、俺が月っぽい衛星を作るしかないのか。うーん、どうしよう」


 思いつくのは、惑星周囲にある微小な塵や、重力操作で意図的に集めた隕石のかけらだ。これらをうまくまとめて、安定した軌道に配置できれば、立派な月が完成するはずだ。


 ただし、月が大きすぎると惑星を揺さぶりすぎるし、小さすぎると影響が薄い。ほどよいサイズと距離、そして公転周期を設定しないと、逆に危険な衛星になりかねない。


「よし、試してみるか。星の周りにある塵やかけらを、もう一度かき集めれば月が作れそうだ」


 早速、俺は重力操作の力をフル活用し、星の近くを漂う破片を一定の地点に集めはじめる。もともと惑星創造の際に出た余剰の岩石や、隕石のかけら、砂状の微粒子などを、渦を巻くように引き寄せるイメージだ。


 それをぐっと圧縮し、適度な質量と大きさの球体を作っていく。大きすぎてもダメ、小さすぎても効果が薄い。まさに絶妙なバランスが求められる。


「これを、星から適度な距離に置いて……公転軌道を安定させればいいんだよな」


 思考と同時に、俺は月のタネとなるかたまりを緩やかに動かしながら、惑星との重力釣り合いを探っていく。あまり内側すぎると衝突しかねないし、外側すぎると他の天体の影響で飛び出す恐れもある。


 さらには公転周期が惑星の自転とどう噛み合うかも考慮しなければならない。地球の月が自転と公転を同期させ、常に同じ面を向けているのは有名だが、それと同じ状態を狙うかどうかは悩むところだ。どちらにせよ、ある程度の潮汐力を働かせたいなら、公転周期をある範囲に収める必要がある。


「ここらへんかな。ちょっと押し込んで……はい、そこ!」


 俺は重力操作で完成した衛星を丁寧に誘導し、惑星との間で安定した重力バランスを築かせる。短期間の観察で軌道が定まったかどうか確認しても仕方ないから、また体感時間を適度に加速して様子を探る。


 実際に星の月がしっかり公転して、乱れが少なければ成功だ。試しに数万年〜数百万年分ほど加速し、軌道がズレたり衝突しなかったりを見定める。


「よし……衛星の軌道は大丈夫そうだ。これで潮汐力が生まれ、海にもメリハリが生まれるはず」


 安定した衛星ができれば、惑星の自転軸をある程度安定させる効果も期待できる。地軸のブレが少なければ気候が極端に変わらず、生命が育ちやすい——地球でも月が大活躍していた点だ。



 もちろん万能ではないが、少なくともこれで月のような存在は確保できた。俺は衛星の外観を眺めながら、今後こいつがどんな表情を見せてくれるのか、少しワクワクする。昼夜の見え方、惑星からの潮汐ロックなど、やってみないと分からない部分も多い。





 こうして星の月をも作り終えたところで、改めて惑星を見回す。星の内部は徐々に落ち着きつつあり、海が拡大して大陸の形状が浮かび上がっている。月のおかげで、潮汐が微妙に生まれているのが観測できるし、火山活動もだんだん落ち着いて、厚い大気が安定しつつある。





 次はいよいよ生命の誕生をうながすステージ。俺は再び海底の熱水噴出口のあたりへ視線を向ける。


 といっても、宇宙空間から海の中は見えないはず。しかし、俺にはとんでもない視力がある、必要があれば海底火山の内部にすら見ることができる。



 この能力を千里眼……いや万里眼まんりがんとでも呼ぼう。





 万里眼と重力操作を駆使すれば、海底の奥深くまで映像が見えるのが面白い。


 高温高圧の場所に冷たい海水がぶつかり、化学エネルギーが供給されることで、さまざまな有機分子が合成されているのが分かる





「これなら、自己増殖する分子が生まれるのも時間の問題だろうな。……いや、実際には何千万年もかかるか?」




 ならば体感時間を加速するのが定石だ。そっと意識を集中し、星の時間経過を数千万年ぶん、数日単位に圧縮して観察してみる。すると、海底で無数の分子が組み替えを繰り返し、失敗と成功を積み重ねる流れがうっすらと見えてくる。




 やがて、偶然にも自己増殖を獲得した化合物の集団が膜を作りはじめ、細胞らしき構造へと発展するのを確認できたときは、さすがに小さくガッツポーズをしてしまった。


「やった……! これで俺の星に最初の生命体が誕生した、ってわけだ」


 もし地球なら数億年かかったかもしれない工程を、俺は体感時間加速のおかげでほんの数日〜数週間の苦労で見届けた。しかし、その陰には無数の“もう少しで生命になりそこねた”分子もあるわけで、改めてこのプロセスは奇跡の連続なんだと感じる。





 しかも俺は重力操作で隕石を落としたり、衛星を作ったりと、だいぶ干渉している。地球の例とはまた違うかもしれないが、いずれ多細胞へ進化する可能性は大いにある。俺の星はそうやって、オリジナルの歴史を刻み始めるのだ。




「まあ、今すぐ多細胞まではいかないだろうけど、このまま眺めてればいずれは進化が進むはず。楽しみだな」





 さらに加速する前に、俺はひと呼吸おいて月を見上げる。適度な距離を置いた衛星が、淡く光りながらこの星の周りを回っている。自転軸の安定にひと役買ってくれるはずだし、潮汐のリズムが生命の進化を後押しする




――地球のようなシナリオを狙うなら、月の存在は大事だ。






 完成した衛星にはまだ名前もつけていないが、いずれ星に知的生命が生まれれば、彼らは自分たちなりの呼称を与えるだろう。それを想像すると、なんだか胸が高鳴る。俺は神の視点を手にしたこの状況に、少しの怖さと大きな好奇心を抱いていた。








 星本体を安定させ、さらに月まで作りあげたことで、惑星が抱える力学バランスはかなり整った。大気と海、内部の適度なマグマ活動、衛星による自転軸の安定、そして海底火山が生み出す化学エネルギー



 ――すべてがきちんと働けば、生命が進化する舞台としてはまず合格だろう。


 あとは俺がどこまで干渉するか。体感時間操作を使って文明誕生まで一気に飛ばしてしまう手もあるが、さすがに味気ない。ほどほどの早送りを繰り返しながら、星の劇的な変化の一部始終をゆっくり味わいたいと思う。


「よし、これで本当に人類の始まりって感じだな。衛星もあるし、原始生命も生まれた。もうしばらく観察して、次は多細胞生物くらいまでは育ててみるか」


 そう独りごちて、星を包む厚い雲の合間からのぞく海面を見下ろした。海はまだ荒々しく、波が立ちあがり潮流が混ざり合う。そこに月からの潮汐力が加われば、干満差や海流がより複雑になり、生命進化にさらなる刺激を与えるに違いない。


 ゆくゆくは大陸に植物が育ち、そこを駆ける動物が現れ、ある日「知的生命体」がこの世界を認識する瞬間がやってくるかもしれない。それを想像するだけで、なんとも言えない興奮と幸福感がこみ上げてくる。


「神になった実感、ってやつかな……いや、まだまだ先は長い。焦らずゆっくり付き合っていこう」


 そう言いながら、俺は静かにまぶたを閉じる。万里眼で見渡せる光景は広大だが、それでも気づかない変化もあるかもしれない。なるべく見逃さずに、星と衛星が織りなすドラマを堪能するつもりだ。


 こうして、新たな海に生まれた最初の生命と、ぼんやりと輝く月を抱えた惑星は、その一歩を踏み出した。俺の体感時間はいくらでも加速できる。だが、あえて一気に早送りはしない。ときどき加速して時間を進めながらも、重要なイベントはじっくり味わう。それが、死後にこの力を手にした俺なりの楽しみ方なのだ。


「星も月も、どうかうまく育ってくれ……次はどんな未来が見られるのか、楽しみにしてるぜ」


 そして俺は再び、わずかに加速した体感速度で星の周回軌道を移動し始めた。惑星と衛星が寄り添うように回る姿を、どこまでも見守ってやるつもりだ。いつかここに花が咲き、海には魚が泳ぎ、月夜に生き物たちが営みを続ける……そんな未来を夢見ながら、今日も宇宙を漂う。



 ──そして、ついに俺の手により生命が誕生する






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