異世界総合法律事務所はじめました ~日本で弁護士をしていた俺、異世界でも弁護士になる~

昼から山猫

第1話

 気づけば、俺は見知らぬ世界に立っていた。

 背後にあるのは、どこか中世ヨーロッパ風の城壁。馬車の車輪が石畳を鳴らす音が、遠くから聞こえてくる。

 自慢じゃないが、俺は日本でそこそこ名の知れた若手弁護士だった。就職してからというもの、詐欺や離婚調停、企業間紛争など、手広く扱ってきた。そんな俺がなぜかファンタジーじみた異世界に転移してしまったのだ。


 慌てる間もなく、目の前に妙に立派な看板が見える。そこには「異世界総合法律事務所」と、達筆な文字で書かれていた。俺は首をかしげた。まさか、ここに俺の名前が載っているはずも――と思ったら、見事に“所長:神谷セイジ”とあるではないか。


「はは、まじかよ……? でも、やるしかねえ!」


 俺は現代の知識を生かして、ここで弁護士として生きていくしかない。周囲を見ると、行商人や冒険者風の男たちがちらほらと立ち止まり、看板を物珍しそうに眺めていた。


「ねえ、あんた。ここは一体どういう場所なの?」


 声をかけてきたのは、長い金髪をゆるく巻いた美しい女性だった。クリーム色のローブを羽織り、細身の杖を持っている。まるで魔法使いのようだ。年の頃は二十代前半くらいか。


「俺は神谷セイジ。どうやらこの世界では弁護士ってやつをやるらしい。契約書の作成や紛争の調停、それに裁判まで、あらゆる相談に乗るつもりだ」


 俺がそう説明すると、彼女は興味深そうに目を輝かせた。


「へえ、そんな仕事があるのね。魔法とはまた違う力かしら? 私はミリア。見ての通り、魔法を扱う者よ。せっかくだから、契約書のことやらを聞かせてもらおうかしら」


 彼女いわく、この世界では契約が曖昧なまま交わされることも多く、トラブルになれば力任せに解決してしまうらしい。だが、俺が日本で学んだ法律知識を駆使すれば、きっちり文章にまとめてリスクを減らすことができる。


「たとえばさ、王国憲法第101条に“正当な契約は当事者間の合意を持ってのみ有効とするが、その合意は意思の明確な表示を必要とする”って定められてるんだ」


 これは日本の民法第522条あたりに近い概念だ。そういう説明を補足すると、ミリアは納得したようにうなずいた。


「なるほど。魔法と違って複雑だけど、言葉一つで大きな成果を得られるのね。ねえ、セイジ、私もその契約書ってのを作ってほしいわ。今度冒険仲間と大きな依頼を受ける予定なの」


「もちろん、喜んで引き受けるぜ! まあ報酬はそれなりにもらうけどな」


 依頼が入るとは思わなかったが、さっそく俺の事務所は開店早々、最初の案件をゲットしたわけだ。まずは王都の住民たちに“ここに来れば損をしない”って印象を与えるのが先決だろう。日本でもそうだったが、信頼や信用が命なのはこっちでも変わらないはずだ。


 こうして俺は、この異世界での第一歩を踏み出した。果たして、どんなトラブルが俺を待ち受けているのか。


 それでも俺はやってやる。ここに“異世界総合法律事務所”の看板を掲げた以上、逃げるわけにはいかないんだからな。


 幸い、ミリアは熱心にこちらを見つめたままだ。

 彼女の潤んだ瞳を見ていると、なんだか胸がドキドキする。依頼の話を済ませたら、一緒にお茶でもどうかと誘いたくなるほどだ。


 しかし、今は事務所の内装や必要な書類を整えないと。弁護士としての意地を見せるためにも、まずは形から入っていく。

 いつか大勝利をつかんだ時、その先にはどんなご褒美が待っているのか――さっそく期待が膨らむぜ。

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2025年1月11日 21:18
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異世界総合法律事務所はじめました ~日本で弁護士をしていた俺、異世界でも弁護士になる~ 昼から山猫 @hirukarayamaneko

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