第3話(2)

「お客さん、そこにいるだけで目を奪われるような男ぶりだけど、芸能関係の人じゃないよね? 要人警護の人かなにか?」

「なぜそう思う?」

「芸能人みたいなわざとらしいお忍びの雰囲気も出してないし、自分の容姿にも酔ってない。鍛えられてる躰も見せるためのものじゃないみたいだし、目つきにも全然隙がない。少なくとも、堅気な感じはしないかな」


 男は無言で口のを上げた。目の前に置かれたカップに手を伸ばし、口許に運ぶ。立ちのぼる湯気から漂う芳醇な香りを堪能しつつ、さりげない様子で口を開いた。


「たいした観察眼だ。専攻は人間工学か文化人類学、もしくは社会心理学、犯罪心理のプロファイリングといったところか? 不躾ぶしつけで無遠慮な物言いも、油断を誘ってできるだけ相手の素の反応を引き出し、観察するため」


 シリルの言葉にウェイトレスは一瞬息を呑み、ダークグレーの瞳を瞠った。そして、ややあってから観念したように息をついた。


「ごめんなさい。全部お見通しってわけね。なんでわかっちゃったのかしら」


 直前までの蓮っ葉な態度から一転、物言いも表情もガラリと変わったウェイトレスは、素直に己の非礼を詫びた。


「観察眼には、俺も相応の自信があるもんでね」

「じつは、人工知能のエキスパートシステムが専門なの。特化した専門知識のデータベースをもとに、推論やデータ解析、複雑な判断や意思決定を人工知能自身におこなわせるっていう。その関係で、メタヒューリスティクスや対話相手の反応に対するパターン認識なんかも勉強してるものだから」

「機械に判断能力を学習させるためのプログラミングの癖が出たってわけか」

「あまりこの街では見かけないタイプだったから、つい。気に障ったならお詫びします」

「べつにかまわない。で? いいデータは拾えたか?」

「あなたの答え次第かしら。職業は要人警護か、それに類する職種。限られた情報を、短い時間の中で可能なかぎり拾い集めて出したわたしの分析結果は、正解? それとも不正解?」

「ま、当たらずとも遠からずといったところだな。フリーの傭兵プラスα。堅気でないことだけはたしかだ」


 男の言葉に、ウェイトレスは人懐こい笑みを浮かべつつ降参の意を表した。


「たったあれだけのやりとりの中で、一瞬で見切ったあなたの観察眼と分析力の足もとにも及ばなかったわ。自分の勉強不足と未熟さをひしひしと痛感しました。ご協力ありがとう」

「どういたしまして」

「でも、いい目の保養ができたっていうのは、まぎれもない本心よ」


 軽く応じたシリルに、ウェイトレスは悪びれない口調で付け足した。ちょうどそのタイミングで、厨房から声がかかった。


「料理ができたみたいね。待ってて、もらってくる。ちなみにわたしはリズよ」

「シリルだ」

「よろしくね、ハンサムな傭兵さん」


 片目を閉じて、リズは軽やかに厨房の奥へと消えていった。その様子を見て、シリルは苦笑を滲ませる。が、次の瞬間、リラックスしていた男の全身に鋭い緊張がはしった。

 直後に起こった異変。


 雷鳴のような轟音とともに、地震とは異なる不自然な震動が足もとから伝わって建物全体を揺らした。

 椅子を蹴って立ち上がったシリルは、即座に身をひるがえした。


「シリルッ!?」

「悪いな。食事はまた今度」


 厨房から出てきたリズに声をかけ、いまではほとんど使われることがなくなった現金を通りすぎざまカウンターに置く。シリルはそのまま店を飛び出した。

 通りまで出て、外の様子を窺った男の表情に険しさが増す。その口から舌打ちが漏れた。


「なに、いまの? 地震? 事故?」


 遅れておもてに出てきたリズが、不安げに通りの様子を窺おうと身を伸び上がらせた。入れ違いに駐車スペースに引き返したシリルは、イーグルワンのエンジンを作動させる。


「このあたりにまで被害が波及することはないと思うが、店の中に避難しておけ」


 口早に告げて、愛機に乗りこむなり車両を急発進させた。

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