第3話(1)
地上に建設されたコロニーは、いずれも巨大なテント型を成して街全体を覆っている。
生命活動をおこなうには不適切な環境である地上の外気温や紫外線量、砂嵐、その他多発する自然災害を遮断して、生活圏の安全を維持するためである。
コロニーの側面から天井部を覆う外壁は、クリスタル合板と呼ばれる特殊な合成樹脂が用いられている。電圧によって透過率を自在に調節できる調光ガラスとおなじ原理が応用されており、その日の天候や紫外線量に応じて透過率を変えられる仕組みになっていた。外壁に電圧を加え、透過率が上がるほどに内部の街並みを見通すことができるというわけである。
遠目から眺めると、その様子はさながら、ガラスケースにおさめられたジオラマといったところか。ただし、街の様子すべてを無防備に曝すのは、娯楽や商業関連を中心に栄える都市に限られており、ミスリルやキュプロスといった機密を扱うことをメインとする都市の場合、非透過性を保つことに加えて反射率も上げ、内部の様子を窺いにくくしているのがつねであった。
ミスリルを出立して72分。
キュプロスに到着したシリルは、愛機イーグルワンを地上車仕様に切り替え、コロニーのゲートに進入した。
都市への出入りは、コロニーの各所に設置された自動開閉のゲートを利用する。暴風雨や砂嵐、竜巻などの、ある一定レベルを超えて甚大な被害をもたらすおそれのある自然災害発生時や緊急時における厳戒態勢下を除けば、各都市への出入りは基本、だれもが自由だった。
ただし、ゲート通過時に、すべての通過者の個人情報が登録車両のデータごと記録される。その際、セキュリティ・チェックも同時になされるため、この段階で保安上の問題が確認された場合、その通過者は即座に出入りが制限されることとなった。
コロニーへの出入りは個人ID必携が第一条件である。そのIDに組みこまれた個人データに関するICチップをゲート通過時に専用機器で読み取ることにより、ローレンシア連邦王国全国民の各都市への訪問履歴が細かく記録され、管理される仕組みとなっていた。
そのゲートを通過し、キュプロス市内に入ったところで、シリルはイーグルワンを停めた。目的地は市内南西にあるシュミット研究所。シリルが利用したゲートから1キロ足らずの距離にあるはずだが、まずはそのまえに、腹ごしらえといきたいところだった。テッドからの連絡を受けたその足でイーグルワンを飛ばしたため、ベッドを離れてからこちら、まだなにも口にしていなかった。
幸いにも、ゲートの周辺にはいくつもの飲食店が集まっている。その中のひとつを適当に選んでイーグルワンを駐車スペースに移動させ、店内に足を運んだ。
モーニングには遅く、ランチには早い半端な時間帯。簡単に用意できるものならなんでもかまわないと注文すると、セットメニューのサービスとしてコーヒーが運ばれてきた。
「お客さん、見ない顔だけど、この街ははじめて?」
人がいないせいか、コーヒーをテーブルに置いたウェイトレスは、立ち去る気配もなく、ものめずらしそうにシリルの顔を眺めた。俳優やモデルでも充分とおりそうなルックスの男に、強い関心を抱いたらしかった。
「まさか、偉い学者先生ってことはないよね?」
「なんだその『まさか』ってのは。そう見えないか?」
「全然。うちに来るお客さんたちとは、持ってる雰囲気がまるっきり違うもん」
鼻の頭にそばかすを浮かせた赤毛のウェイトレスは、トレイを胸のまえに抱えながら断言した。
「この街で見かけるのは、すっごく神経質そうで青白い、いかにも勉強しかしてきませんでしたってタイプか、そういうエリートでインテリの旦那がいることを鼻にかけた、気取った奥さん連中ばっか。あとは権威が服着て歩いてるような、ふんぞり返った樽腹のオヤジたちくらいかな」
ウェイトレスの言葉に、シリルはなるほどと苦笑した。
「まあ、あたしもあわよくば、そういう連中の仲間入りを狙ってるひとりだからさ。あんまりおっきな声じゃ言えないんだけど」
「バイトで生活費を稼ぎながら勉学に励む奨学生か?」
「大当たり。この街で働いてる、あたしぐらいの世代の連中は大抵苦学生だよ。いまどき、『苦学生』なんて言いかたもどうかとは思うけどね。けど、今日はこの時間帯のシフトにしててよかった。おかげで、すっごくいい目の保養ができちゃった」
ウェイトレスはそう言って、ニンマリとする。セクシャルな媚びを含まない率直な称讃が好ましかった。
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