第2話

 科学研究都市キュプロスは、シリルがここしばらく仕事の関係で滞在していた軍事都市ミスリルの北東、およそ870キロに位置する。

 ミスリルとは、おなじ大陸内に設けられた隣接都市にあたる。両都市間を行き来するには、広大な砂漠と峻厳な岩肌がき出しになっている山脈を越えなければならなかったが、シリルの所有する空陸両用機、イーグルワンであれば、移動に有する所要時間は1時間あまりといったところだった。



 イーグルワンは、トランスフォーム型のジェットカーである。その本体価格は、通常の陸上移動車の平均価格を軽く数十倍も上回ると言われている。そのうえ、維持費用、メンテナンス費用もまた莫大な額にのぼるため、個人で所有する者は滅多にいない。なにより、高度な操縦技術が求められるため、ライセンスを取得できる人間が非常に限られていた。

 シリル・ヴァーノンは、その稀少な条件を満たす稀有けうなる存在であるばかりでなく、戦闘員としての能力が極めて高いことでも知られていた。そのため、民間の軍事組織のみならず、公的機関からさえ、勧誘の話を持ちかけられることもめずらしくはなかった。だが、傭兵と運び屋、双方の稼ぎを考慮した場合、己の能力と働きに見合った等価の収入を手にするには、組織の存在は邪魔にしかならない。それにもまして、一組織の中に駒のひとつとして組みこまれること自体をシリルは是としなかった。


 他者と馴れ合い、徒党を組むのはしょうに合わない。社会のしがらみに縛られない自由をこそシリルは好んだ。そのシリルに、国の中枢が接触を図ってきた。法の裏側で名を馳せる、本来であれば決して相容あいいれることのない存在であることを重々承知しながら。


 行けばわかる。


 これまでにもマトモとは言いがたい依頼を数知れず請け負ってきたシリルだが、今回のそれは、完全にいかがわしさのレベルが突出していた。


 依頼者、報酬額、物資の内容。

 どの角度から見ても、物騒な任務であることは疑いなかった。運搬中か、あるいは任務遂行後か。いずれにせよ、無事に事が運ぶことはまずないだろう。


 ――やれるもんならやってみやがれ。


 眼下に近づいてきたキュプロスの街影を見やりながら、シリルは内心で独語して口のを吊り上げた。

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