第1章 機械仕掛けの神
第1話
21世紀以降、環境破壊を主因とする地球温暖化に伴い、異常気象の発生率は世界各地で急増した。猛威をふるう自然の驚異はたびたび人類を脅かし、甚大な被害をもたらすようになっていく。度重なる気候変動が、生態系にも深刻な影響を及ぼしたことは言うまでもない。わずか数世紀足らずのあいだに絶滅した生物種は、それまでに現存していた既知の数種200万のうち、3割近くにものぼると言われている。地球上の陸地は、これに伴い急速に砂漠化が進んでいくこととなる。
西暦2527年現在、かつて4分の1ほどであった地表の砂漠は、すでに6割にまで到達しようとしていた。
気温及び海面の上昇。著しい環境の変化とそれに伴う汚染や地殻・気候の変動。真水資源枯渇の危機。次々に出現する新型ウィルスの蔓延によるパンデミックの発生。
人口爆発が懸念された人類もまた、苛酷な環境下でさまざまな負の要因に曝されつづけた結果、容赦なく間引きされ、22世紀初頭のピーク時を境に減少の一途をたどっていくこととなる。その急激な下降推移により、世界各国の内部情勢は分裂、弱体化を経て、国家そのものの崩壊を招くに至る。
一時期、100億とも謳われた世界人口は、24世紀に入るころには、10億を切るまでに激減する。その間、迅速に進められたのが、かろうじて水源を確保できる地域でのバイオスフィア計画である。
ドーム型の巨大コロニーをそれら当該地域に建設し、苛酷な自然環境から人類を中心とするさまざまな種を隔離・保護することで安全な生命活動を可能にすることを目指した。
解体されたかつての国家は、もはや組織としての機能を果たすことが不可能なほど弱体化していたため、建設された各コロニーでは、あらたな主権を有する行政組織が立ち上げられることとなった。それら各自治組織をひとつの国際行政連合に加盟させることで、人類は社会国家の統一を図った。
西暦2315年、こうしてあらたに建国されたのが《ローレンシア連邦王国》である。
ローレンシア連邦王国――その名のとおり、王都として建設された世界最大のコロニー《エリュシオン》を中心とする、立憲君主制が現在の人類社会における政治形態である。
王国の統治権は、国家元首及び各コロニーに在官する高等弁務官らが掌握しており、国の要となるローレンシア国王に政治的権力は付与されていない。ローレンシア国王の担う役割は、かつて存亡の危機に陥り、終末説によって絶望の淵に立たされた人心の
神聖にして不可侵なる
現国王は、ローレンシア王朝第8代君主クリストファー・ガブリエル。在位7年目となる。
国王を中心に人心はまとまり、王都を中心に各コロニーも行政機能を独立させつつ、連合加盟都市として王国の一翼を担う。
一見したところ、人類は立憲君主制の名のもとに、民族、宗教、思想などの垣根を越えて、紛争とは無縁の平安な世界を築き上げたかに見えた。だが実際は、それぞれのコロニーで防衛を目的とする組織が設けられ、治安維持という名目のもと、さまざまな軍事兵器や軍事システムが導入されていた。理由は、コロニーの立地からくる、天然資源の産出量の格差に起因する。
天然資源――
芸術、学問、娯楽、各種産業など、コロニーはそれぞれの特質を活かした経済活動を中心に発展している。しかしいずれも、水面下におけるそのような不穏な情勢に備えた、要塞都市としての一面を色濃く有していることは否めなかった。
そんな中での、国家中枢部からの秘密裡の依頼。
所属組織を持たない非正規の傭兵であり、俗にいう、『運び屋』と呼ばれる未登録の運搬業を営んでいる一個人を特定して指名してくる時点で、きな臭さが漂うことこのうえない。しかし、『シリル・ヴァーノン』の名は、その世界では知らぬ者とてない、凄腕のイリーガル・トランスポーターであることもまた事実であった。
「さて、なにを運ばされるのやら」
独語した男の口許に、獰猛な笑みが浮かび上がる。テッドから依頼内容の詳細データを受け取ったシリルは、ホテルをチェックアウトしたその足でキュプロスに向け、愛機を発進させた。
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