中編
ベランダでハリスと話しているとマーガレットとジェシーが手を取り合ってやってきた。
わたくし達の姿を見たジェシーは、不機嫌そうに眉間にシワを寄せた。
ーーどうして彼は怒っているのかしら?
彼を見ると表情は冷たいままだ。
わたくしは仕方なく二人に微笑んだ。
「お邪魔かしら?ハリス行きましょう」
わたくしは気怠く重たい体をふらつきそうになりながらなんとか動かした。
ーーあっ……
ハリスがわたくしの体を受け止めてくれた。
「大丈夫?」ハリスがわたくしの耳元でそっと囁いた。
「はっ、不貞を働いているのは君の方だろう?学園を休んで男漁り?僕が訪れても一切拒否しておいてハリス殿とは仲睦まじくしているのか?」
「ジェシー、君が俺のことをどう言おうと許そう。しかしパトリーナのことを悪くいうのはやめてくれないか?」
「僕の婚約者だ。どう言おうと貴方には関係ないことだ」
そう言うとジェシーはわたくしの肩を掴んで抱き寄せた。
「……っあ…」
体調が悪いわたくしはふらつきながらジェシーの胸に倒れ込んだ。
「パトリーナ、わざとらしくか弱そうにしても君は可愛くもなんともないよ。マーガレットのように優しさや素直さが少しはあればいいのに」
ーー優しさ?素直さ?
わたくしは確かに素直ではないわね。貴方のことを好きだと一度も気づかれたことはないはず。
マーガレットは気づいていて牽制してくるのだけど。
ジェシーにはわたくしの気持ちなんて全く伝わっていないわ。
でももういいの。どうせあと少しで消える命だもの。嫌われようと性格が悪いと思われようと関係ないわ。
「パトリーナ様!どうしてあなたはそんな顔をしてわたしを睨むのですか?」
ーーえ?なんのことかしら?
「ほら、またわたしを睨みつけているわ。ジェシーいつもこうしてパトリーナ様はわたしを睨んだり文句を言ったりするのよ」
そう言ってわたくしを見ながら涙を潤ませているマーガレット。
ーーはあ、これでわたくしは何もしていなくても悪役令嬢としてまた一歩前進ね。
「パトリーナは何故そんなにマーガレットのことを目の敵にするのか僕にはわからないよ」
「……貴方には一生わからないのかもしれないわね」
わたくしは今更違うと言い返す気にもならなかった。
「パトリーナ、もういいだろう。こんな茶番を演じる馬鹿な二人はいい加減放っておけばいい」
ハリスはジェシーからわたくしを引き離してくれた。
そして守るように肩を抱き寄せた。
「ジェシー、そしてマーガレット。今宵はどうぞお二人でお楽しみください」
わたくしはお辞儀をして優雅に二人の前から立ち去った。
そして、会場から出たところでそのまま倒れた。
「パトリーナ!もうこれ以上無理はするな。見ていられないよ」
わたしの耳元で優しく囁きながらわたくしを抱えてそのまま医務室へと運んでくれた。
医務室にはわたくし専用の医師が今夜の夜会のために待機してくれていた。
「パトリーナ様を早くベットに寝かせてください。とりあえずすぐに点滴を始めます」
ぐったりしたわたくしのためにすぐに処置が行われた。ハリスは何も知らないと思っていたのにわたくしの病気のことを知っていたようだ。
彼はわたくしの遠い親戚でもあり、隣国の王位継承権を持つ公爵令息でもある、そして今は留学で我が国に来ている。
我が家に居候中で共に暮らしている。
わたくしがジェシーとマーガレットのために婚約解消をしたくて彼に頼んでわたくしと仲が良いふりをしてもらっている。
だからジェシーはわたくしと彼の本当の関係など知らない。
ハリスにまさかお父様が病気のことを教えているとは思っていなかった。だからこんなに悪評高きわたくしに優しく接してくれているのだろう。
目が覚めたら彼にお礼を言わないといけないわね。
体調が落ち着いた頃、わたくしはハリスやお父様に抱き抱えられて屋敷へと戻った。
「パトリーナ、ジェシーとの婚約はそろそろ解消しよう。もうあらかた鉱山の開発も目処が立った。お前がこれ以上辛い思いをする必要はない。
わたしも仕事が落ち着いたしこれからは家族五人でゆっくりと過ごそう」
お父様はわたくしの死期が近いことがわかっているので出来るだけ仕事は屋敷の執務室だけでするように手配した。
忙しいのにわたくしの顔を何度も見に来てくれる。
お母様も今までは社交が忙しくあまり屋敷にいなかったのにこれからは屋敷でわたくしと刺繍をしたりしてゆっくり過ごすと言ってくれた。
心配性なお母様はいつもわたくしの様子を見ては辛そうな顔をされている。
なのでわたくしはキツくてもできるだけ元気なフリをして過ごした。
弟は中等部に通っているので学園から帰ってきたらすぐにわたくしの部屋に来てずっと一緒にいてくれた。
妹はまだ8歳なのでわたくしの部屋でほとんど一日を過ごしている。一緒にお勉強をしたりした。
わたくしは日中は出来るだけベッドの上だけど座って過ごした。
みんなの顔を見ているだけで幸せだった。
ハリスも大学から帰ってくるとわたくしの部屋を訪れては王都で人気のスイーツを買ってきてくれた。
あまり食欲がなくて食べられないのに毎回目新しいものをみつけては買ってきてくれる。
なんとかひと口ふた口食べることが出来るだけなのに食べるだけでもみんなが喜んでくれる。
内心とても心配なのだろう。わたくし以上にみんながわたくしの体のことに神経になっている。
妹には死期が近いことは伝えていないけどわたくしの体調が悪いことはわかっている。だから我儘も言わずにいつもわたくしに笑いかけてくれる。
可愛い妹や弟の顔をしっかり覚えて逝こう。
みんなの優しさの中で逝くことが出来るなんてとても幸せだ。
そんな静かな時間が過ぎていく中でお父様が言った。
「パトリーナとジェシーの婚約が解消された」
「そうですか……お父様、最後に彼に会うことは出来ないでしょうか?」
「……お前の病気のことは彼は知らない。会えば知られてしまうかもしれない、いいのか?」
「はい……いっぱい厚化粧をして誤魔化します。最後に彼の前で綺麗に着飾って美しい姿で会いたいのです。そして自分の口でさよならを言いたいのです」
ほとんどベッドから出ることができなくなったわたくし。立つことも精一杯。
それでもわたくしはお母様の手で綺麗に化粧をしてもらった。
妹がドレスを選んでくれた。
車椅子に乗せてくれたのは弟だった。
歩けないわたくしは客間のソファに座りジェシーが来るのを待った。
「ジェシー、お久しぶりね」
わたくしは彼にやわらかく微笑みかけた。
でもジェシーは無愛想だった。
目が合うと不機嫌に睨んできた。
婚約解消したわたくしと今さら会うことが嫌だったのね。
ーー最後まで嫌われてしまったわ。
「もう婚約は解消されたのに僕にいったいなんの用事があるんだ?」
「……わたくしは……貴方と婚約した2年間とても幸せだったわ」
「はっ、マーガレットに意地悪や嫌味を言うのがそんなに楽しかったのか?」
「………違うわ。でも貴方が愛する人と幸せになれてよかったと思っているの。ごめんなさいね、わたくしとの婚約の所為で二人の愛の邪魔をしてしまって。わたくしが言うのもおかしいのかもしれないけど……マーガレットと幸せになってください」
「僕とマーガレット?が何故?君は何を言っているんだ?」
「何をって、お二人はずっと幼い頃から相思相愛で本当は結ばれる運命だったのでしょう?それなのにわたくしと政略結婚をしないといけなくなって二人の愛は引き裂かれたのでしょう?だからお詫びを言いたかったの」
「……君はそう思っていたんだ……」
「ジェシー、婚約者として縛り付けてしまったこともお詫びするわ。
貴方はやっと自由になれたのよ」
「ああ、君と言う婚約者の所為で僕はずっと劣等感を感じていたんだ。やっと僕は僕らしく生きていける」
「ごめんなさい、貴方にそんなに嫌な思いをさせていたなんて……幸せになってください」
「僕は帰るよ」
ジェシーはそう言うと項垂れるように帰って行った。
ハリスはわたくし達の話をそっと聞いていたようだ。
「パトリーナ、もしかして二人の間には幼馴染の絆はあったかもしれないけど恋愛感情はジェシーにはなかったのかもしれないよ。マーガレットにはあったようだけど」
「……もしそうだとしてもわたくしが嫌われていたのは変わらないわ。……みんなありがとう。最後にジェシーの顔が見れただけでも幸せだったわ」
ーーーーー
あの余命宣告から半年が過ぎた。
わたくしはまだベッドの上で息をしている。
そう息をしているだけ………
苦しい……体が痛い。
もう意識が朦朧としている。
早く楽になりたい。
家族が使用人のみんなが泣いている。
ーー泣かないで……
そう言いたいのに声が出ない。
お母様がわたくしの手をしっかりと握りしめてくれているのがわかる。
一人で逝くのだけど、寂しくはない。
こんなに家族に見守られて逝くのだから。
思い残すことは………ないなんて嘘。
本当はジェシーに好きだったと伝えたかった。マーガレットのことを虐めてなんてない、わたくしの方が酷い目にあっていたの!って言いたかった。
わたくしの初恋は貴方だったと言いたい。
本当は一緒に遊びたかった。
手を繋いで外に連れ出してくれた時とても嬉しかったの。素直になれなくてごめんなさい。
マーガレットと幸せになってね。
お父様、お母様、そして可愛いわたくしの弟と妹。
ありがとう、最後まで一緒にいてくれて………
本当はもっと生きたかった。
こんな苦しい思いをしながら死んでいくのは辛い。
ハリスがわたくしに何かを言っている。
………もう聞こ……えないの。
もう……声も出…ない。
も…う目……を開…………け…ることす…らで…き…ない。
ーーあ……………
わたくしは18歳の生涯の幕を静かに閉じた。
次の更新予定
最後に貴方と。 はな @taro0314
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