第3話 諏佐清矢の奢り

 近所のファミレスで遅い昼食を摂っていると、諏佐君から電話があったので、合流することになった。彼も夜勤からこっち食べてないので腹が減っているのだと言う。それは私も同様だ。夜中に死体を見つけるの止めて欲しい、本当に。


「で、アーサーのあのシャツは何だったんだ?」


 担々麺を食べながら話し掛けて来る諏佐君に、ああ、とたらこスパゲッティの海苔を味わっていたアーサーが答える。


「手品用の襟に軽金が入ったシャツだよ。もっと柔らかい剣か何かを喉に突き刺すと、滑って襟の中に入っていくのさ。だから俺の椎骨は無事だったと言うわけ。ついでに圧力測定器を仕込んでおいたから、椎骨を本当に折れるだけの力があったのかも分かると言う訳だね。しかし彼女あんな華奢な腕してヘヴィだったよ。中々に」

「俺は心配してなかったけどね、犯人の手以外。実際骨折したんでしょ? 彼女」

「もともと罅が入っていたからな、そこから砕けたらしい。その罅は犯行時に付いたものだそうだ。まったくいきなり死体が起き上がったのに攻撃に転じられる辺り、女は強くて恐ろしい」

「あん?」

「……いや、そう言う女性もいるのかとね、うん。姉の方にはオフレコで頼むぞ、夜桜」

「はいはいヘタレ警視。あんたもキャリア組なんだからもうちょっと胸張って行きなさいよ。解決した事件のほとんどがアーサーとリリィによるものだ、なんて陰口叩かれたくないでしょ」

「もう叩かれている……そして言い返せない……」

「諏佐君……あんたって子は……」


 子って歳じゃないけど。それにしても不憫な男ね。姉さんすぐ探偵を手配して警視庁にぶち込んでくるから。アーサーとリリィは今回偶然東京にいただけらしいけれど。スカイツリーの消える瞬間を見たかったとかなんとか。バブル時代の東京タワーかよ。仲が良すぎて気持ち悪いわ。


 まあ取り敢えず今回も無事に事件は終わったのだ。まさか生身が凶器だとは思わなかったけれど、取り敢えず解決はした。問題はない。と、SNSがぴろんと携帯端末を鳴らす。


『事件が起きた。アーサーとリリィこっちに回して』


 姉からの短いメッセージ。そして同時に諏佐君の携帯端末も鳴る。

 二人を送り出したらあたし達は夜勤明けで直帰だ。うむ、と頷きあって、あたしは向かいの席に座っているアーサーとリリィに画面を見せる。うわー、と一瞬がっくりしながら、それでもしゃきんっと背を伸ばす、リリィは大分大人になったようだ。二年間の留学で。


「ま、頑張ってよ、西の名探偵達」

「達じゃないよ夜桜ちゃん。俺はあくまで法医学見習い。探偵はアーサーだ」

「嘘吐きなさい、あんたの高校の時の事件知ってるんだからね。警視庁を舐めるな」

「そうだ、舐めるなら皿にしろ。そしたら取り敢えずここの料金は持ってやる」

「…………」

「リリィ、デミグラスソースと睨めっこしないで」


 まったく。

 この愛の探偵達には、叶わない。

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八月朔日夜桜の混迷 ぜろ @illness24

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