第2話 アーサー・ロックの謀り
一時間ほど買い物に出かけたアーサーが帰って来て、着替えをする。甲斐甲斐しい妻のようにジャケットやネクタイを預かるリリィを前に、あたしはまたパイポを吸い込んだ。気持ちのいいメンソールは一瞬で消えるのが惜しい。思いながら買ってきたシャツに手を通す様子をぼんやりと見た。筋肉付いてんなあ。開いたらさぞ綺麗な骨が出てくるだろう。職業病と言うには悪趣味な想像をしながら、あたしはその襟を見る。ふん。
「諏佐君に電話しとく?」
「ああ、頼むよ」
「容疑者は全員?」
「そう」
携帯端末で呼び出すと、なんだ、と不愛想な声が聞こえてくる。向こうも考えあぐねているんだろう。凶器が分からないといかんせん捜査も進まない。あたしだって悪いとは思ってるんだ。でも分からないから、アーサーの口車に乗ったふりをする。
「大丈夫なの? それ」
「軽金製だから大丈夫だと思うよ。ご心配ありがとう」
「あたしの立場の心配だけどね。こんな所で民間人の死人出したら首切られるわ」
「しどい……俺は本気で心配だけしてあげるからね、アーサー!」
「だけって辺りが胸に痛いよ、リリィ」
額にちゅっとしてから、あたしは遺体安置室のドアを開ける。そうしてアーサーを空いているベッドに横たわらせ、顔に白い布をかけた。呼吸がばれないようにちょっとだけ口元を開ける。十分ほどして諏佐警視が容疑者三人を連れてきて、こくりと頷いた。大事なことはSNSで連絡してある。
三人が入って来て、全員の手が届く位置にそれとなく誘導する。
「ではもう一度遺体の確認を――」
言った瞬間、がばっとアーサーは身体を起こす。
うわあっと転げたのは空手家。
後ずさったのは前衛画家。
ゴッ、と。
アーサーの襟をめがけて手刀を放ったのは、ピアノ講師だった。
「ピアノ弾く人の腕力は強いって聞いたことがあるけれど、そこまでとは……」
軽金製の襟で逆に手を傷め蹲った女性に、諏佐君が手錠を掛ける。
「ミス・オーガスト。計測結果は?」
襟に忍ばせていた測定器を見る。
「四十五キロ。充分に椎骨を折れるわ」
「じゃあ後は警察の仕事だね」
「待て。お前は大丈夫なのか、アーサー」
「んー」
こきこきっと首を回すアーサーに、くすっと笑うリリィ。
「凝ってたのかな。逆に気持ち良かったかも」
変態め。
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