第四話 恋の処方箋

 エドワードの城館に来てから半年が経った。


 当時は不安でいっぱいだったが、今はでは薬師として充実していた毎日を送っている。

 尊敬する師匠──マクロード家の現専属薬師──と共に研究に打ち込む日々は、辛いこともあったがそれ以上に楽しかった。


 そして、自分の処方した薬で容態が良くなる患者を見るたびに心が暖かくなる。

 自分の人生が動き出したと感じていた。


 この日もいつものように一人調合室で薬の勉強をしていると、しばらくしてノックの音が聞こえてきた。

 

「リザ、少しお邪魔しても?」

 

 穏やかな声が扉越しに聞こえ、慌てて手元の資料をまとめる。

 

「はい。エドワード様、どうぞお入りください」


 扉が開かれると、エドワードが柔らかな笑みを浮かべながら入ってきた。その手には、小さなバスケットが握られている。

 

「今日もお疲れ様。ささやかだけど、差し入れを用意したよ」

 

 バスケットの中には焼きたてのスコーンと、香り高いハーブティーが並んでいた。


「お気遣いありがとうございます。ですが、毎日このようなことをしていただくなんて恐れ多くて……」

「私にとっては些細なことだよ。それに、リザが倒れてしまったら病人も困ってしまうからね。ちゃんと休まなきゃ」

 

 にこりとしている笑顔の中にも、深い信頼が込められているのがわかった。

 彼は優しい人だ。

 マクロード家の未来を担う公爵として多忙な日々を送っているはずなのに、それでも毎日欠かさず訪れてくれる。

 

 初めて会った時、エドワードへの想いは感謝と尊敬だけだった。

 けれど共に過ごす内に、その気持ちはいつの間にか違うものへと変わっていた。


 彼の明るくて穏やかな笑顔を見るたびに胸が暖かくなる。それにどれだけ励まされたか分からない。

 まるで私の世界を照らしてくれる光のような存在。


 ライアンの時には感じたことのない、人を好きになるという感情が確かに芽生えていた。


「ありがとうございます。でもそれはエドワード様も同じです。クマがひどいですよ、ちゃんと寝れていないんじゃないですか?」

「ああ……、実は最近忙しくて」


 エドワードは軽く肩をすくめ、苦笑を浮かべた。

 

「皆には隠しているつもりなんだが、やっぱりリザの目は誤魔化せそうにないね」

 

 微笑むも、どこか力のない表情だ。

 誰よりも気丈に振る舞い、周囲に弱さを見せまいとしているのだろう。

 無理をしているのはエドワードの方に違いない。


「お待ちください。疲労回復の効果がある薬を調合しますから」


 そう言って席を立った瞬間、扉を強く叩きつける音が響いた。

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