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「で、でも、あきらさんて凄いですよね。まだ二十歳前なのに、接客の難しそうなお仕事していて。私が十代の時なんて、まるで子供で」
今も似たようなものかもしれないけれど。
「え、あたしですか? 今二十二ですよ」
「そうなんですか? お店のホームページで、確か十九って」
「ああ、それは……宣伝文句みたいなものです。やっぱり、十の位が一なのと二なのとで、集客の威力が違うということで。まあ見るほうもそんなことは真に受けてはないんでしょうけど、たぶん分かっててあえて言わないんだと思いますよ」
「私は完全に真に受けていました……」
さっきの、本番が云々というのも、場合によっては信じてしまっていたかもしれない。気をつけよう。
いやそれにしても、年下のあきらさんのほうが私よりもずっと大人びているというのは確かだ。
そんな話をしていると、いつの間にか表通りから離れたところで、あきらさんがふと足を止めた。
グレーの、五六階建てらしいマンションの下だった。
「ここです」
「なにがですか?」
「あたしの家」
「あたしの家?」
おうむ返しにしながら、マンションとあきらさんを見比べる。
「……え!? 『あたしの家』!? ここ、あきらさんの!?」
「そです。本当は上がっていってもらいたいくらいなんですけど、片づいてないし、ちょっと時間もないしで……いずれまた」
「い、いえいえいえいいんですか!? 住んでるところ教えるのはまずくないですか!?」
「どうして?」
「明日あきらさんが朝起きて、カーテン開けたら下の道路に私がいたら怖くないですか!?」
「……いるんですか?」
あきらさんは、頬に冷や汗など浮かべながら言ってくる。
私は懸命に頭を働かせて、今の気持ちをなんとか正確に言葉にしようと試みる。
その結果。
「もっと……自分を大事にしたほうがいいですよ……!」
「あはは。あたしだって、相手選んでますよ。言うまでもないですけど、誰にでも教えてるわけじゃないですからね。お、ちょっと思いました? こいつ誰でも家に呼んでるんじゃないかとか?」
「思いもしませんでした……そうか……普通は、そう考えるのかもですよね……」
私って、今ちょっと思い上がってるのでは……?
イヤリングの件もあり、私だけが特別なのだと、自動的に思い込んでしまっていた気がする。だめだめ。私はお客お客。
「わあ、風花さん、ほっぺた両手で挟んで、唇がフグみたいになってる」
「くっ……これは、増長を戒めているのです」
「増長を。ま、とにかく、これであたしの住所も連絡先も直接教えちゃったわけなので、どちらも遠慮せずに活用してください。さらに友達登録とかもしていいですか?」
「か、活用……と言いますと」
あきらさんがスマートフォンを取り出して、メッセージアプリを手早く操作する。
私もそれに倣った。
「連絡取りたいなって思ったら、連絡する。会いたいなって思ったら、来てくれてもいいです――できれば一報入れてから。うちのお店予約してくれてもいいんですけど、それだとやることが決まっちゃうから、もっと気軽に、適当に、気分でね」
友達登録が済むまで、私はただあきらさんの話を聞いていた。
確か、お店のホームページでは、セラピストさんと、お店以外で会うのは禁止って書いてあったような――
「だから、……プライベートで会いましょうってことです」
日がだいぶ傾いていた。
この頃、夕方から日暮れまでが早くなった。
断らなくては。これはやってはいけないと書いてあったことなのだから。
そんな申し出をしてもらっても、私のほうが、よきお客として毅然と断らなくては。
頭の片隅で、確かにそう考えはした。
した、のだけど。
「……はい」
それから駅まで送ってもらって、てろてろと危なっかしい足取りをあきらさんに心配されながら、電車に乗った。
今日も顔が熱い。
会社では、嫌なことがあった気がする。あきらさんの重めのお客さんから、聞きたくないことを言われたような気もする。
でもそのすべてが、遠い町に置き去りにされて遠ざかっていくような、そんな気分。
あきらさんと会うと、よくこうなる。
それから振り返ると、私って自分で思っているより、煮詰まって追い詰められていたのかなと思うことがある。
だから今、その反動で、こんなにも体が軽いのかもしれない。
あきらさんが、私を癒してくれてるんだな。
だからこそ、私は、強い決意を胸に灯した。
ストーカー、しない、ゼッタイ……
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