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「……あきらさんて、凄いですね。私、こんな感じになるの初めてです。凄く満たされてるっていうか、いい気持ち……」

「ありがとうございます。風花さんにそう言ってもらえるの、嬉しいな」


 あきらさんはベッドに座って、私の頭をなでてくれている。


「私、こういうことは男の人とするのが自然だと思ってたんですけど、全然変な感じしなくて……それに、その、女の人が女の人にするのは、自分と同じ性別だから上手だっていうのは、ある意味納得いくんですけど」

「あたしは、体は男ですからね。あはは、そんなこと思ってくれるくらいにお役に立てたなら、尽くしがいがあります」


 それは本当に不思議だった。いくら心が女性でも、体は女だったことがないのに、あんなになんていうか、的確で上手だなんて……。

私より私の体の扱いが上手なのではと思うと、自分の反応が改めて思い出されて恥ずかしくなって、タオルを借りて起き上がった。

 シャワーは二人で浴びた。というか、あきらさんが洗ってくれた。


「……人に体洗ってもらうなんて初めて。それも、あきらさんに。こんなの、癖になっちゃいますよね」

「女の子の体はデリケートですから、マッサージからお風呂も含めて、結構コツがいるんですよね。力加減でいえば、卵の黄身を潰さずに触れるつもりでっていうのがよく聞くかな。女でも乱暴な人は乱暴ですけど、そういう人に限って自信家だったりするんで、自分がそうならないようには気をつけてます」


「あきらさん、人気あるって言ってましたけど……なんだか分かった気がします」

「気に入ってもらえました? でも、もしあたしに気を遣ってくれたんなら、風花さんについて言えばそんな必要ないんですよ? もっと短い、気楽なコースもあるのに」


 ちょっとでも金額的に貢献したいんです、という気持ちはあるんだけど、そういうのは重いかなと思って黙っておく。

 なんだか、アイドルを応援してお金を落とすファンの気持ちに近いものがあるかも。


「いえ、私が来たくて来ましたから」

「そうです? ……実は、風化さんには、あたしが仕事でどんなことをしてるのか、実際に知って欲しいなっていう気持ちもあったんですよね。この仕事いろんなイメージ湧くと思うんですけど。よく思われないこともあるけど、じかに知ってもらいたかったから」


「なんだかもう、大変よく教えていただきました……」


 お風呂を上がると、ゆるゆると着替えてから、二人でソファに並んで座った。


「風花さん、念のためですけど」

「はい?」


「あたしは風花さんがどんなコース選んで、どんな凄いプレイやら道具やらを求めてくれても、それで風花さんが性欲旺盛とか、欲求不満だとは思いませんからね」

「そ、そんなもの凄いことさせようなんて思っ……」


 ……全く思ってない、とは言い切れなくなってしまった、気がする。


「時々お客さんでも、あたしに最後までして欲しいって言って、強引にしようとする人もいます。女の子のセラピストならともかく、あたしはやろうとおもえばできちゃうから」


 それは、実は、少し可能性があると思ってしまった。

 盛り上がってしまってそのまま……みたいなことはありえるのかな、なんて。


「でもそんなことは、うちでは純粋な男のセラピストでもしません。そこまでしたいなら、やってくれる別のお店か個人的にどうぞってことです。でももしそれを求められたとしても、そのお客さんの性欲が異常だなんて思わない。そんなことは決めつけません。ただ断るだけです」


 うんうん、と一生懸命に聞いていると、あきらさんがずいっと私に顔を近づけた。


「あ、あきらさん?」

「つまり、遠慮しないでくださいってことです。むしろ、風花さんのしたいこと、全部あたしにさせてくれたら嬉しいな」


「で、ですから、私そんなに色々思ってませんよ!? ……その……」

「その?」


「……今のところは……」


 私がシーツに顔をうずめ、あきらさんが笑い出したところで、時間になった。

 私たちがいるのはマンションの一室で、シャワーと着替えを終えてドアを開ければ、いつもと変わらない土曜日の午後の街が広がっている。

 帰り支度を済ませると、あきらさんが玄関まで見送りにきてくれた。


「では、名残は尽きませんが」

「わ、私こそですよ。 ……よかったです、来て、今日……」


「あたしも、風花さん来てくれて最高の気分」

「……はい」


「あ。その間。みんなに言ってるんだろうなって思ってるでしょう」


 私は思わず、少し斜め下を向いた顔をぶんと前に向けた。


「な、なんで分かるんですか!?」

「風花さんが分かりやすいんですよ。でも、それって悔しいな」


「な、なにがですか」

「本音なのに」


「だ、だって、私なんて、そんなに大金出せるお客さんでもないですし、初めてですし、特に全然たいしたものじゃ……」


 あきらさんが、すっと私の耳元に唇を寄せて、内緒話のように言った。


「風花さん、あたしのペニス、見まいとしてたでしょう」

「えっ。なんで分か……」


 またも、なんで分かるんですかと言いそうになる。

 その通り、私は施術を受けている間中、あきらさんの下半身にはなるべく目を向けないようにしていた。

 正直に言えば、あきらさんのそれが気にならないと言えば噓だった。今どうなっているんだろう、私に触れながらなにかなっていないのか、もしかしたらなっているのか、興味は凄くあった。……触れたい、とさえ思ったのも確かだった。それはしても構わない、っていう説明も受けた。

 でも、意識して見まいとした。

 私はあきらさんじゃない。女の体に女の心で生きている。だからあきらさんの気持ちは分からない。

でも、私だったら、心と体の性別が違っていたら、その最たる部分は人に見られたくないんじゃないかと思った。

 考え過ぎなら、それでよかったんだけど。


「初めて会ってからそんなに経ってないけど、風花さんのそういうところ、凄く好き」


 好っ……

 絶句して、動きが止まったところに、あきらさんがとても近くへ体を寄せてくる。


「あ、き……」


 キスされた。

 これも、施術中にしてもいいと言われたのに、あえて求めなかったことの一つだった。

 本当はもっと深くキスしてもいいと知っている。お店のサービスとして許されている。

 でも、私たちはただ唇だけを少しずつずらせながら、しばらく動かずにいた。

 私からやめさせるなんて、到底できなかった。

 ゆっくりと目を閉じる。

 唇を合わせたまま、あきらさんがささやいた。


「人格なんて褒められたの、風花さんが初めてです。でも風花さんのほうがずっと素敵」

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