<第二章 治癒> 1

「……あきれてますか?」

「いえ、全然。なににですか?」


 淡いオレンジとピンクに彩られた、お店が用意してくれている部屋の中で、下着姿の私はベッドにうつぶせになり、あきらさんにそう聞き返された。


「あれから一週間もしないうちにデートより全然上のコースとか予約して、なんだかもう、私、凄い欲求不満でたまらなかったやつみたいに思われてないですか」

「今のところそんなふうには思ってませんし、仮にそうだとしたら、よくあたしのところに来てくれたなって感じです」


 そう言って微笑むあきらさんも、下着姿だった。

 あんまりまじまじ見ると失礼かと思いつつ、黒の総レースの上下は、私が持っているどの下着よりもずっと凝っていて、高そうである――私、あきらさんに対してそんなことばっかり考えてる気がするけど。


 一方の私は自分のブラもショーツもすでに脱いでしまっていて、今身に着けている下着というのは、濡れても構わない紙製だった。いきなり全裸でもいいそうなのだけど、私からお願いしてそうしてもらった。

で、濡れるというのは、つまり――


「では、お背中にオイルを伸ばしますね」


 人肌よりも少し温かくしてあるオイルは、塗られているだけでとても気持ちいい。

 背中から、肩、腕、指先まで、ぬるぬるとした感触が広げられていく。下半身へも、同じように。

 あきらさんの力加減は絶妙で、気を抜くと、温泉に肩まで浸かった時のようなだらしない吐息を漏らしてしまいそうだった。


「痛かったら言ってくださいね」

「いえ、もう、心地いいばかりです……」


 ぬるま湯をまとった魚が、肌の上を滑っていくような、ほかではなかなか味わえない感触。体の中の冷えた芯や、血流の淀みの粒が、手足の先から抜け出ていくのが見えるような、独特の気持ちよさ。

 でもそんな平和的な空間だというのに、つい考えてしまう。

 目の前で見た、あきらさんの体。全体的に女の人より骨ばっていて、筋肉のつき方は穏やかだけど、引き絞られた凹凸が控えめながらそこここにある。肌があらわになると、当然ながら、その色気は服を着ていた時とは比べ物にならなかった。

 知らず、心臓の鼓動が早まっていく。待ちわびているみたいに。


 腕力では、絶対に私よりはるかに強いはずだけれど、そんなことはおくびにも出さない触れ方で、あきらさんはオイルマッサージを続けた。私の体の凹凸に沿って、猫の背を毛の流れに沿って撫でるように、優しく。

そうされると、明らかに力を誇示してこられるよりもずっと、体の緊張がほどけて、不思議なことにこちらから身をゆだねたくなってしまう。

 目を閉じると、あきらさんの、精緻な刺繍のブラに覆われた、起伏の控えめな胸が思い出された。ホルモン打っても全然膨らまないんですよと笑っていたけど、それなりに膨らんでいる私より、やけに色っぽく見えてしまったのは、完全に私の主観に違いない。


 あきらさんの指は優しい。私の嫌がることは絶対にしないんだろうな、と思える。

 やっぱり不思議だ。私、自分からそんな気分になったことなんてほとんどないのに。

 私の背筋と腰が勝手に浮き上がって、もう少し先まで進んで欲しくなってしまう。


 たったそれだけなのに、あきらさんの動きが変わった。

 口で何も言わなくても、だんだんと、して欲しいこととして欲しいけど言えないことを見抜かれてしまっているみたいに、指先がこれまでかわしていたところを進んでくる。

 一番熱の集まる場所に、腿の奥へ指一本分の進出を感じ取るたびに、ため息が出た。

 なるべく声を出さないよう、我慢するつもりでいた。でも後戻りできないところまで進まれると、私は自分でも驚くほど素直に反応を返してしまった。

 このコースを選んだ時から、そういう欲求があるのは否定できなくなったけれど、これでも欲望を制御することはできる人間なんですと、なけなしの見栄を張っていたかった。


 でも途中から、そんなことはもう分からなくなった。

 いつの間にか紙の下着はなくなっていた。熱に浮かされて、それどころではなかった。

 途中から今までに出したことのない声が出て、それが自分の声だっていうことにしばらく気づかないくらいに夢中で、何度も優しくささやいてくれるあきらさんに、だめですと言った後すぐにお願いだからやめないでくださいと繰り返しすがった。

 かろうじて一時我に返ったのは、うつぶせだったのを仰向けにされた時にはっとしたくらいで、その後はまた、それまで以上に、あきらさんのなすがままだった。

 すすり泣いたり、歯を食いしばってはこらえきれずに弾けるような声を出させられたり、体も反応も本当なら見せるはずのない有様をすべて見せてしまった。

終わった時には、しばらく、体のどこにも力が入らなかった。自分がベッドの一部になったみたいに、かろうじてかき寄せたシーツにぐったりと埋もれていた。

 体中の悪いものはすべて流れ去って、心地よさと悦ばしさでいっぱいになっている。

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