第8話 公務員、奴隷商に足を運ぶ

「まずは、ギルドでギルド証の発行をしてもらおう」


 イースグラッドの朝は思ったよりも冷たい空気に包まれていた。

 町のざわめきが徐々に活気を帯びる中、俺はギルドの建物を目指して歩いていた。


 ギルドの入り口は目立つ大きな看板が掲げられ、扉の近くには既に冒険者らしい男たちがたむろしている。

 少し気後れしながらも扉を押し開けると、中は意外にも整然としていて清潔だった。受付カウンターの向こうには、数名の職員が対応に追われている。

 俺はそのうちの一人の女性職員に声をかけた。


「すみません、冒険者登録をしたいのですが……」


「はい!初めてですね。では、冒険者登録についての説明をさせていただきます」


 案内された小さな個室で、冒険者登録に関する詳細な説明が始まる。


「冒険者登録には銀貨5枚が必要です。登録後はGランクの冒険者として活動を開始できます。このGランクは誰でもお金さえ払えば登録可能で、世界中どこのギルドでも共通のランクシステムを利用できます。」


 バルドさんから聞いていた話と一致していて、少し安心した。


「ランクはGから始まりF、E、D、Cと上がっていきます。ランクが上がると受注できる仕事の範囲も広がり、報酬額も増加します。ただし、ギルドの規約やルールを守らない場合、ペナルティが課されることがありますので注意してください。」


「あと、大事なことは、重大な犯罪者でないことです。もし、登録するのであれば、こちらの水晶に手を置いてださい」


 なるほど、身分証を兼ねるというのはこういうことか。

 小さく頷き、目の前の水晶に手を置く。

 ついでにこの水晶の鑑定もする。犯罪者かどうかがわかる水晶で重大な犯罪者は赤く光と教えてくれた。鑑定スキル、超便利。

 この水晶でステータスとか記録されて、異世界人ということがバレるのも嫌なので確認したが、安全そうで良かった。


「水晶の光は青ですね。ありがとうございました。こちらが契約書となります」


 職員が提出した契約書に目を通し、銀貨5枚を支払った。

 けっこう高いが、必要なのは名前と犯罪者でないことか。

 職員さんも言っている通りで、要は、金が用意できれば身分証を発行して、Gランクにはするよってことだね。

 少しだけ手続きで待ち時間があった後、ギルド証をもらう。小さな金属製のプレートで、名前とランクが刻まれている。


「これであなたもGランク冒険者です。再発行に同じだけ費用がかかるので、無くさないようにしてください。何か困ったことがあればギルドを頼ってくださいね」


 俺は礼を言い、その場を後にした。

 ギルド証を手にしたことで、安心感がうまれた。

 まあ、金で買った安心感であるが、これが俺の新たなスタートラインだ。



 ギルドを出た後、次の目的地である奴隷商へ向かう。


「正直、ちょっと奴隷という言葉には抵抗があるんだけどな……」


 ただ、異世界人という身分を隠している以上、普通に誰かと行動するのはリスクが高い。

 バルドさんの助言もあって、一度どんなものか確認してみることにした。


 奴隷商の店は、街の中でもひときわ頑丈そうな建物だった。

 店内に入ると、威圧感のある空気とともに、一人の初老の男が出迎えてくれた。


「いらっしゃいませ。今日はどのようなご用件で?」


「ええと……奴隷を見てみたいのですが」


「かしこまりました。ところで、ご予算はどのくらいをお考えですか?」


 いきなり金額を聞かれるのか。足元を見られるのは避けたいが、相場が全くわからない以上、正直に言うほかなかった。


「金貨10枚くらいです」


 男は目を細めて頷き、「なるほど」と言うと、俺を奥の部屋に案内してくれた。

 案内された部屋は薄暗いが、どこか重厚な雰囲気を醸し出している。木製のテーブルの上には分厚い帳簿や小さなランタンが置かれ、奴隷商特有の品の良さと実務的な空気が混じり合っていた。


「まずは当店や奴隷制度について案内させていただきます」


 部屋に通されると、まず奴隷に関する基本的な説明を受けた。初回のルールなのだろう。

「この国アースティアは奴隷の取引が最も活発でして、品揃えは他国よりも充実しております。隣国セルヴァーナでも奴隷制度は存在しますが、品揃えという面ではおとりますね。どうしても、我が国は戦争をおこしている関係で奴隷は多くなります」

「戦争で身寄りがなくなった方が奴隷になるのですか?」

「平たく言うとそうです。特に獣人ですね。人間の場合は、戦争している場合、捕虜という形で捕まえられた人は、後に交渉材料となりますが、獣人の国は戦いで負ければ全てという考え方で、交渉成立しません。向こう側も人間を奴隷として働かせており、むしろ法律で守られてなく扱いは酷いと聞きます」

 さらに、法律についても説明された。

「当国では奴隷に対する理不尽な暴力や、許可のない性的行為は厳しく処罰されます。ただし、西の貴族国家では奴隷の人権はほとんど保護されておりませんので、国による違いが大きいです」

「なるほど……。セルヴァーナでは奴隷の扱いはどうでしょうか?」

「そうですね。さほど当国と変わりがないですが、迷宮都市があるので、冒険者パーティーに奴隷が混ざることがあります。なので、お金持ちだけが奴隷を所有しているわけでなく、より一般的でしょうか」

 なるほど、この辺もバルドさん達がいっていたことと同じだな。パーティーを組むのに奴隷というのは一般的のようだ。

 店長は奴隷に一言話に行くと席を立ち、まもなく帰ってきた。いよいよ奴隷の紹介が始まった。

「まずはこちら。私どもの一押しです。」

 そう言いながら、男は奥の扉をゆっくりと開けた。

 その瞬間、俺の視界に飛び込んできたのは、柔らかな茶色の髪と純白の狼耳、そしてふわりと揺れる尻尾を持つ少女だった。


「こちらはアルメリタ。ライカン種の少女で、まだ若いですが、その美しさと将来性は折り紙付きです」


 アルメリタの瞳は薄い琥珀色で、まっすぐ俺を見据えていた。

 俺はその一瞬で、彼女に心を掴まれたような感覚を覚えた。理屈ではなく、何か特別なものを感じたのだ。


「すごい……ケモ耳美少女だ」


 心の中でそう呟いた。

 だが、表情には出さないよう必死に抑えた。こういう場で感情を露わにするのは危険だ。

 ただ、人生で初めて見るケモ耳に感動せざるを得ない。改めて俺はファンタジーの世界にきたことを実感している。


「アルメリタはライカン種なので、基本的に戦闘向きではありません。しかし、彼女の知性と忠誠心には目を見張るものがあり、無理を言って王都ではなくこの商会につれてきた一品となります。先ほど話した通りなのですが、先の戦争で捕虜になった獣人で、ちょうどここにきて3ヶ月ほどたってます」


 俺はアルメリタをじっとみつめ、鑑定をかける。


アルメリタ

白狼種の少女14才

職業:奴隷

レベル:1

HP:31

MP:7

力:19

体力:14

魔力:3

耐性:9

敏捷:17

スキル:直感D、気配察知D、剣技D

固有スキル:なし


 レベルは1ながら、気になったのは白狼種という文字。さらに白狼種に鑑定を加えると、『力、体力、敏捷がすさまじく伸びる獣人では最も近接戦闘にむいているとされる希少種族』と結果がでる。

 また、スキルに直感D、気配察知C、剣技Cがあり一緒に活動すると行動の幅がぐんと広がりそうだ。ってか、強すぎだろ。


 じっと見つめてしまったせいか、アルメリタはおどろいたような表情を浮かべる。

 そりゃ、おっさんに急にじっとみつめられると怖いよね。


「えっと……この子、いくらですか?」


 こういう店のマナーとかよくわからないので直球で確認してみたら、店長からの次の言葉が俺の胸に刺さった。


「アルメリタの価格は金貨25枚です。」

 淡々とした口調だったが、その一言で俺は現実に引き戻された。

 金貨25枚。

 俺の全財産は金貨18枚と銀貨5枚。生活費や移動費を考えれば、自由に使えるのはせいぜい金貨10枚、さっき計算した通りだ。

 ってか、予算は金貨10枚っていったよね。


 アルメリタをちらっと見ると、彼女の凛々しい琥珀色の瞳が、まるで俺の次の言葉を待っているように感じた。

 その視線に耐え切れず、俺は苦い表情を浮かべる。


「すみません。正直なところ、先ほど言った通りの金貨10枚が今の私の予算です」


 その瞬間、アルメリタの顔にわずかだが、確かに失望の色が浮かんだ。

 ほんの一瞬だった。だが、その表情が俺の心を締め付けた。

 彼女はすぐに表情を取り繕ったが、俺の胸に残った痛みは消えない。


「そうですか。それは残念ですが、まあ当然のことです」


 店長はあくまで穏やかな態度を崩さず、少し微笑みながら続けた。


「ただ、アルメリタの価値を考えれば、この価格は妥当どころか、むしろお得だと言えますよ」


 店長の言葉には説得力があった。

 むしろ、店長は白狼種をライカン種となぜか勘違いしている。

 もろもろのスキルも含めて、俺の方が正しく価値を感じているだろう。


「有能なステータスでケモ耳美少女。これは、気に入らざるを得ない……ただ、生活優先でいったん見なかったことにしよう」


 そう心で自分に言い聞かせたが、その感情が胸の奥でくすぶり続けているのを止められない。

 なんだろう、この気持ち。


「他の奴隷も見せていただけますか?」


 俺はなんとか冷静を保とうと、次の選択肢を提示した。

 アルメリタに未練を感じている自分を抑えるためにも。



 その後、店長は10人以上の奴隷を紹介してくれた。人間や獣人、年齢も性格も様々だったが、どれもどこかしっくりこない。

 いや、正確には最初に見たアルメリタの印象が強すぎて、他の誰も霞んで見えたのだ。


「やっぱり、また考え直します。今日はありがとうございました」


 俺がそう告げると、店長は微笑みながら少し身を乗り出した。


「そうですね、今日は14日で次の市場が開くのは4日後の18日です。なので3日後の17日の夕方、それまでにご決断いただければと。アルメリタは予約済みにしておきます」


「え?でも、買うお金はないですよ?」


「いえいえ、こちらの勝手な予約です。特に前金も必要ありません。私のスキル《直感》が、あなたが良い決断をするだろうと告げているので」


俺は驚きつつも、試しに店長を《鑑定》してみた。


フォンス

スキル:直感D、交渉術D、契約魔術


なるほど、この店長にも確かにスキル《直感》がある。店長の言葉が本物であることを確認し、俺は軽く頷いた。

「ありがとうございます。少し考えてみます」

「では、3日後の夜までにお返事を」



 外に出ると、ちょうど昼前くらいだろうか。少し暖かくなった風が優しく頬を撫でた。

 俺は深く息を吸い込み、頭を冷やそうとする。


「今の俺の全財産は約金貨18枚。隣国への移動費用や当面の生活費を考えて金貨5枚は手元に置いとかなければならない。アルメリタの価格は金貨25枚なので、余裕をみてあと15枚を明日からのたった3日間で稼ぐ……そんな無茶が可能なのか?」


 いや、可能かどうかではない。

 トライしてみたいという気持ちがある。

 絶対に買わないといけないと思う、この気持ちはなんだろう。


「そうか!これは、ガチャでURの高性能美少女キャラを廃課金してでも当てたい気持ちだ!」


 生身の人間に対して失礼なことだとは自覚するが、感情は嘘をつけない。過去に経験した一番近い感情が課金ガチャだった。

 もし、ソシャゲの期間限定ガチャでアルメリタがでていたら、完凸するまで課金する自信がある、いや、絶対にする。

 戸惑っていた気持ちがフッと腹落ちしたように落ち着いた。


「びっくりした。自分が急にロリコンとか犯罪予備軍になったかと思って、焦った」


 そうと決まったら、話は簡単だ。

 なんとしてもお金を集めようと強く決意し、俺は拳を握り締めた。

 今日を含めてこれからの4日間が、俺にとっての試練になるだろう。

 アルメリタ(ケモ耳美少女)を迎え入れる未来のために、俺はこれから動き出す。

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