第7話 公務員、酒場でコミニュケーションをとる
イースグラッドに到着したとき、辺りは既に夕方に差し掛かっていた。
赤みがかった空の下、石畳の道を歩きながら、まずは街の規模や雰囲気を観察する。
王都ほどの壮大さはないが、商人や冒険者が多く行き交い、活気にあふれている。
馬車乗り場から降り立った俺は、まず次の目的地であるセルヴァーナ自由連邦へ向かう手段を確認するため、乗り場の係員らしき人物に話しかけた。
「セルヴァーナ自由連邦行きの馬車はいつ出ますか?」
係員は少し考える素振りを見せてから答える。
「急ぎの便ですか?それとも商人用が売買する荷馬車と進む感じですか?」
「なるべく早く、セルヴァーナの方にいきたいのですが……」
「セルヴァーナは3つの独立都市をまとめた名称です。ここから一番近くは、まっすぐに東の迷宮都市リベリアになります」
「リベリアに向かうので大丈夫です」
「それでしたら、次は5日後の朝発です。今日が13日なので18日の朝となりますね。国境までは1日、それから国境を越えてリベリアに着くまではさらに2日かかります」
「費用はいくらになりますか?」
「急ぎ便は割高ですが、何事もなければ食事や泊まる場所も確保されていて便利になってます。一人金貨1枚でリベリアまでです。ただし、身分証と入国税として銀貨1枚が別に必要となってます」
身分証が必要か……。
「ありがとうございます、では6日後に訪れたいと思います。予約とか必要でしょうか?」
「予約はとってないので、朝一番できてください。まあ、天気が極端にわるいとかでなければ、普通に運行しています」
俺は説明の礼をいい、馬車の発着所をあとにした。
身分証についてさらに詳しく聞きたかったが、これ以上ここで突っ込むのは不自然だ。ひとまず情報を頭に入れ、街でさらに情報を集めなければいけない。
街を見回しながら少し深呼吸をする。
知らない土地、知らない人々。異世界に来てからの状況は慣れるどころか、相変わらず心をざわつかせる。
だけど、ここで立ち止まっているわけにはいかない。生きるために、情報を集め、次の一歩を考えなければならない。
「情報集めといえば、定番テンプレでは酒場か……」
酒場――。
正直、俺に行きたくない空間だ。
酒はまあまあ好きだが、家でソシャゲしながら一人でビール飲むのが至高の時間だ。
人と話すのが得意なわけでもないし、ましてや初対面の相手に話を聞くなんてハードルが高すぎる。
それでも、ここで情報を得なければ先に進めない。
「苦手でもやるしかないか……気が重いけど」
俺は足を進め、街中にあった酒場の扉を押し開けた。
中は思ったより明るく、人々がそれぞれの席で楽しげに飲み食いしている。
雑多な笑い声と酒の匂いが俺の不安をさらに掻き立てる。
だけど、ふと目に入ったのは、あの馬車で一緒だった三人組の冒険者達だ。
「あの方達は……」
胸が少しだけ軽くなった気がした。見知った顔――いや、たまたま馬車で一緒だっただけの関係ではあるけど、それでも知らない人ばかりの中では頼りになる。
俺は意を決して、彼らが座るテーブルに向かった。
「こんばんは。馬車でご一緒した鈴木です。覚えてますか?」
声をかけると、リーダー格の男が顔を上げた。
「ああ、スズキさんか!もちろん覚えてるさ。どうした、こんなところで?」
「少しお話を伺いたいと思いまして……よければ、こちらで飲み物をご馳走させていただけませんか?」
男は少し驚いた表情を見せたが、すぐにニコっと笑顔になった。
「そういうことなら歓迎するよ。改めて俺はバルド。こっちは弓使いのジークと、魔法使いのライラだ」
「よろしくお願いします」
俺は軽く頭を下げ、注文をして席に着いた。注文はカウンターでする形式で、4人分のエールと簡単なつまみで銅貨2枚だ。
彼らも気さくな性格らしく、すぐに話が弾み始めた。
「イーストウッドに無事の到着に乾杯!」
酒の力もあってか、俺の緊張も徐々にほぐれていく。
「セルヴァーナ自由連邦を目指しているんですか?」
弓使いのジークが興味を示して聞いてきた。
「ええ、一応そのつもりです。ただ、まだ確定ではないですけど……」
「いい判断だと思うぜ。迷宮都市もあるし、夢がある場所だ」
バルドが頷きながら言う
「ただ、迷宮は危険も多い。潜るならギルドで情報を仕入れたり、仲間を作るのは必須だな」
こうして自然な流れで、俺は彼らのテーブルに合流した。彼らは既に軽く飲んでいたらしく、話も弾んでいる様子だ。
馬車で多少話したおかげで、緊張感は少なく、俺も聞きたいことを徐々に切り出せた。
「そういえば、さっき聞いた身分証って、冒険者ギルドの証で代用できるんですか?」
「もちろんだ。最低ランクのGランクでも身分証になる。また、ギルド証は世界共通で使えるからどこの国でも身分証代わりになるぞ。ただし、ギルドに登録してランクを上げていかねぇと、大した信用は得られねぇけどな」
なるほど。ギルド証はただの身分証以上に便利そうだ。
これなら入国の際にも役立つし、ギルドに登録するのも悪くないかもしれない。
本当なら、隣の国に行ってから登録したいところだが、まあ、仕方ないだろう。
話が進む中、俺はふと思い立ち、リーダーのバルドに《鑑定》を発動してみることにした。視線を合わせず自然な形でスキルを使う。
名前:バルド
職業:戦士
レベル:27
HP:127
MP:11
力:44
体力:38
魔力:8
耐性:24
敏捷:12
スキル:剣術C、盾術D、威圧E
「これが、冒険者のステータスか……」
俺は心の中でつぶやく。戦士としての能力値がしっかり高く、スキルも実践的なものばかりだ。
特に《剣術C》と《盾術D》が彼の前衛としての役割を物語っている。
この《鑑定》スキル、やはり便利すぎる。
これを使えば、相手の実力や装備を見抜いて適切な対応ができる。
さらに、鑑定結果からひとつの仮説が浮かんだ。職業ごとに成長しやすいステータスとそうでないステータスがあり、レベルアップ時に得られるポイントの幅も異なるのではないかということだ。
バルドの職業である戦士の場合、力や体力といった主要ステータスは+1〜2ずつ上がる一方で、魔力や敏捷は+0〜1程度しか上がらないのではないだろうか。
こうした成長傾向を把握しておけば、効率よく能力を伸ばす計画も立てられるかもしれない。
俺が心の中でそんな考察を巡らせていると、バルドが陽気に笑いながら酒をあおる。
「おいおい、そんな真剣な顔してどうした? もっと気楽に飲もうぜ」
「すみません、少し考え事をしてました。追加の注文入りますか?」
「おお、悪いね」
3人全員が手をあげたことに俺も笑顔を作り、再度カウンターで注文する。
「俺たちみたいなDランクでも、街道の外れで魔物を狩ったり、薬草を採取したりすれば食っていけるもんだ。おそらく、今年中にもCランクにあがれるしな。イースグラッドのギルドを拠点にしてるけど、たまに王都にも行くぜ」
冒険者たちは酒の勢いも手伝ってか、彼ら自身の仕事や過去の話まで色々と語ってくれた。
「おまえさん、一人で隣国に行こうとしているが、誰かパーティーのあてはあるのか?」
バルドが唐突に聞いてきた。
「いや、まだ何も決めていません。一人でどうにかやっていこうとは思ってますけど……」
「うーむ。出会ったのも何かの縁なので忠告になってしまうが、正直、それはかなりしんどいと思うぜ」
バルドが真剣な表情で言う。
「この世界では、商人だろうが冒険者だろうが、基本は仲間がいなければ厳しい。お前さんがどんな道を選ぶにしても、誰かと組むことを考えた方がいいな」
「でも、そんなに簡単に仲間が見つかるものですか?」
「確かに難しいところはある。俺たちのような冒険者は若い頃にパーティーメンバーを探して固定することが多い。見たところ、スズキさんは良いところの商人のようなので、選択肢として奴隷を雇うって手が普通だな」
と、ジークが話に加わる。
「奴隷、ですか?」
バルドが頷く。
「この国や隣のセルヴァーナでは奴隷制度は合法だし、冒険者でも奴隷をパーティーメンバーに加えてるやつは珍しくない。金さえあれば信頼できる奴隷を買って、自分のパーティーに組み込むのも手だ」
「なるほど……」
「まあ、戦闘用奴隷じゃなければ、手軽な価格でも出ているかもな。さっきも話たが、北の方では戦争が起きているから、獣人の奴隷が出回っている」
「確かに、奴隷といってもピンキリだが、鍛えれば戦力になるし、何より逃げられないから裏切りの心配が少ない」
バルドが説明を加えた
「参考になります……奴隷の購入も考えてみます」
「それがいい。あと、スズキカズトと苗字を名乗ると、金を持っていると思われるから、隣国だとカズトで名乗っといた方が身の危険は減るぞ」
バルドは笑って言った
「うっ、そうなのですね。重ねてありがとうございます」
危なかった。良い人たちと先に話せて良かった。常識を知らないことが多いので、気をつけようがないこともある。
確かに、裏切らない奴隷を購入して、この世界のことも確認するなど身を守るためにも必要かもしれない。
こうして、酒と会話を楽しみつつも、必要な情報を引き出せた。
最後におすすめの宿の場所も教えてもらい、彼らに礼を言って別れる。
何から何までお世話になった。どこかであったら、改めてお礼をいいたい。
宿に到着すると、1泊2食付きで銅貨6枚であった。
5日後の18日の朝に隣国に出発するため5日間の連泊でちょうど銀貨3枚を払う。
部屋に入ると、今日一日の疲れがどっと押し寄せてきた。床に横たわりながら、明日からの計画を頭の中で整理する。
「ギルドに登録するのは早いほうがいいかもしれないな……。明日は、ギルドに行き、奴隷商を少しみてみよう」
ああ、早くガチャがしたい。
そんなことを考えつつ、俺は深い眠りに落ちていった。
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