第6話 公務員、イースグラッドに向かう

 朝もやが立ち込める街道沿い。宿屋の冷たい井戸水で顔を洗い、荷物をまとめた俺は、乗り合い馬車の出発地点に向かった。

 陽が昇る前のひんやりとした空気が、眠気を完全に吹き飛ばしてくれる。

 指定された場所に着くと、すでに御者が馬車の準備をしているのが見えた。木造の馬車はシンプルな作りで、幌が張られており、最大で六人が乗れるという話だ。

 俺は少し緊張しながら、御者に声をかけた。


「おはようございます。こちらがイースグラッド行きの快速便ですか?」


 御者は軽く馬のたてがみを撫でながら振り返ると、気さくな笑顔を見せた。


「おう、そうだよ。お客さん、一番乗りだな」


俺は小さく頷きながら、昨日聞いた通りの銀貨1枚を手渡す。


「はい。これで大丈夫ですか?」


 御者は銀貨を受け取り、ちらりと確認すると、にっと笑った。


「間違いないよ。確かに、ありがとさん。出発までに少し時間があるから、中で自由に席をとってゆっくりしててくれ」


「助かります。ありがとうございます」


 礼を言い、馬車に乗り込む。

 一番端の席を確保すると、座席は木の板で簡素ながらも薄いクッションが敷かれており、意外と座り心地が悪くない。

 幌越しに外をぼんやり眺めていると、少しずつ他の乗客がやってきた。

 最初に現れたのは、がっしりした体格の三人組の男たちだ。彼らは冒険者らしく、軽鎧や武器を身につけている。

 リーダー格の中年男が大きな声で挨拶をしてきた。


「おう、兄ちゃん! 俺たちもイースグラッドまで行くんだ。一緒に乗らせてもらうぜ!」


「よろしくお願いします」


 軽く頭を下げると、彼らは俺の正面の席に陣取った。

 次に現れたのは、若い男女のペアだ。

 商人風の服装をしているが、どこか旅人のような雰囲気もある。二人は静かに席につき、互いに小声で話している。

 乗客が揃うと、御者が馬を軽く叩き、馬車はゆっくりと動き出した。



 馬車は順調に街道を進んでいく。

 王国の街道は石畳ではないが、非常に整備されており、走行は快適そのものだ。

 御者が言うには、この快速便は通常の馬車よりも速く移動できるように設計されているらしい。


「なるほど、この整備状況と交通網の発達はすごいな……」


 窓の外を眺めながら、つい独り言が漏れる。

 街道沿いには農地や牧場が広がり、ところどころに小川が流れている。遠くには山々が連なり、その稜線が柔らかい日差しを受けて美しいコントラストを描いている。


 馬車の速度は体感でおそらく時速10〜15キロ程度。

 街の様子をみると、中世くらいの文化レベルだろうか。

 そのなかで、街道の整備状況はすごいといえる。

 これだけの速度で安定して移動できるのは驚きだ。

 服屋の店主が言ってた通り、安全ならこの国が一番というのも、あながち間違いではないのだろう。

王族は胡散臭かったけど。


「なあ兄ちゃん、旅は初めてか?」

 リーダー格の冒険者が話しかけてきた。彼の顔には人懐っこい笑みが浮かんでいる。


「ええ、街道を使った旅はこれが初めてです。快適で驚いていますよ」


「だろうな。この国の街道は王都を中心に広がってて、物流も人の移動もスムーズだ。まあ、その分、街道沿いの安全を確保するためにも俺たちみたいな冒険者がいるんだけどな!」


 彼の胸を張る姿に、仲間たちが笑い声を上げる。

 どうやら、彼らは街道沿いで魔物を狩ることを生業としているようだ。

 安全で快適な移動の裏には、こうした人々の努力があるのだろう。


 昼過ぎには、一度長めの休憩を取ることになった。

 馬車は街道沿いの小さな集落に停まり、俺たちは簡単な昼食を取ることにした。

 俺は宿屋のおばさんに感謝しながら、持参していたパンとチーズをかじる。



 再び走り始め、さすがに馬車の揺れにお尻が痛いと感じ始めた頃、俺は再び冒険者たちと軽く会話を交わすことにした。

 座っているだけでは退屈だし、せっかくの機会だ。コミニュケーションは本当に苦手だが、ここで生きるためには情報が命綱だからな。


「そういえば、この国から北に向かったらどうなるんですか?」


 俺がそう尋ねると、リーダー格のおっさんが目を細めながら答えた。


「北か……あまりオススメはできないな。今は神聖サンクタス教国とザナヴィア獣人王国が揉めてる真っ最中だ。どっちも一歩も引かない連中だからな。」


「戦争ってことですか?」


「まあな。直接的な戦闘が頻繁に起きてるわけじゃないが、緊張状態ってやつだ。境界付近の村なんかじゃ、略奪だの小競り合いだのが絶えないって聞く」


 別の若い冒険者が話に加わった。


「ザナヴィアの獣人たちは団結力が強いし、神聖サンクタス教国は宗教の名の下に強硬な手を使う。どっちも妥協しないからな。俺たち普通の人間には関わりたくない話だ」


 俺は頷きながら話を聞きつつ、心の中で北の選択肢を消した。戦争中の国境なんて、素人の俺が踏み込むべき場所ではない。


「でもザナヴィアって、獣人の国ですよね?どうして神聖サンクタス教国と揉めてるんですか?」


 俺の素朴な疑問に、リーダー格のおっさんが苦笑いを浮かべる。


「理由は色々あるが、元々はサンクタス教国の領土だったところをザナヴィアが奪ったらしいというのが公式に出されている話だ。ただ、それがもう数十年前の話で、一番でかいのは宗教的な争いだな」


「宗教が絡むと話がややこしいんだよな」


 若い冒険者が肩をすくめて続ける。


「ザナヴィアの獣人たちは、教国の神を崇めるつもりはこれっぽっちもないし、逆に教国側は、獣人を人間と同じ扱いにすることを嫌ってる。また、嫌な話ではあるが、獣人をアースティア国に奴隷として売ることで利益を儲けている。今、獣人で売りに出ている奴隷はほとんどが戦争関連だな」


「なるほど……戦争の途中から奴隷で稼ぐのも目的になってきたという線もありそうですね。どちらにせよ、北を避けるのが良さそうですね」


 俺が正直な感想を漏らすと、冒険者たちは頷いた。


「まあ、あとは北の方だと北東では魔族との小競り合いが本格化してきているのも気になるな」


 魔族との戦いとの言葉に俺は思わず、ビクッとしてしまう。


「まあ、お前さんみたいなやつは東に行くのが一番だよ。自由都市連邦のセルヴァーナなら、身分や出自を気にせずにやっていける。ただ、そこでも競争は厳しいけどな」


「アドバイスありがとうございます」


 その後も馬車は快調に進み、夕方になる頃には空が茜色に染まり始めた。遠くの山々が夕日に照らされ、そのシルエットが幻想的な雰囲気を醸し出している。


「もう少しでイースグラッドに着くな。日没までには到着するだろう」


 御者の声が響く。馬車の中にいた全員が、安堵したような表情を見せた。

 御者が馬の様子を確認し、乗客たちは軽く体を伸ばす。

 俺も深く息をつき、明日から始まる新たな計画に思いを馳せる。


「イースグラッド……。まずは無事につきそうで良かったな。とにかく、ガチャがしたい」


 そう心の中で呟きながら、俺は窓の外に広がる景色を静かに見つめていた。

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