第5話 公務員、初回限定ガチャを引く

 馬車の発着所で聞いた宿のランタン亭はその名の通り、入口に古びたランタンが吊るされた小さな宿だった。

 扉を押して中に入ると、木造の床が軽く軋む音がする。中は家庭的な雰囲気で、カウンターの奥では女将らしき中年女性が忙しそうに働いていた。


「泊まりたいんですが」


 俺が声をかけると、女将は振り向き、ニコリと笑う。


「銅貨7枚で夕食と朝食付きだよ。部屋は2階の個室だ」


 銀貨1枚を出すと、女将は手際よく銅貨3枚をお釣りとして渡してくれた。


「朝が馬車に乗るために早いんですが……」


「それなら夜のご飯の時に、保存できるような朝食のパンを渡すよ。勝手に出ていってかまわないから」


「それは、ありがたい」


 案内されて部屋に入ると、簡素な木製のベッドと小さな机が置かれていた。壁には明かり取りの窓が一つだけあり、すでに日が沈みかけているため、部屋の中は薄暗い。

 備え付けのランタンに火を灯すと、柔らかい光が広がり、ほっと一息ついた。


 ベッドに腰掛けて、持ち金を確認する。

 早く確認したかったが、大金が入っている袋を街中で確認するのは危険と判断した。

 金貨と銀貨、そして銅貨を床に並べ、改めて数えてみた。


「金貨19枚、銀貨4枚、銅貨3枚か」


 金額をざっくり日本円に換算すると、金貨が10万円、銀貨が1万円、銅貨が千円程度か。

 あの国王がくれた金としては悪くない額だな。

 厄介払いができると思ったのか、一応は自分たちの都合で誘拐まがいに召喚した詫びの思いが多少なりともあるのだろう。


「まずは無駄遣いしないことだな」


 と心に決める。

 階下に降りていくと、夕食の準備が整っていた。テーブルにはシチューのような煮込み料理と、硬めのパンが並べられている。


「日本でも食べるものは、コンビニ飯ばっかりだったなぁ」


 ご馳走というわけではないのだが、久々に感じる温かい食事に心が癒された。

 食事を済ませ、部屋に戻ると、やることは一つだ。


「さあ、まずは《ガチャ》をしようか」


 長かった今日1日を思い返しても、《ガチャ》のことはずっと脳裏にあった。

 《ガチャ》がこの世界で生き抜く鍵になるかもしれない。それを思うと、疲れや眠気などはどこかに吹き飛んだ。

 心の中で《ガチャ》と念じる。

すると、さっきと同様に目の前にガチャの画面が現れる。迷わず横にスライドし、初回限定ガチャのページで画面をとめる。


「初回限定ガチャ利用可能」


 表示された文字に心が躍る。

 説明文をタップする。


 URの排出率が10%、SSRが90%。こんなチャンス、普通は二度と訪れないだろう。

 まさに破格の確率のガチャ


「初回限定ガチャ……金貨1枚か。よし、ここは勝負どころだな」


 俺は金貨を1枚取り出し、端末の指定されたスロットに金貨を近づける。

 すると画面が一気に明るくなり、目の前に煌びやかなエフェクトが広がる。

 金色と虹色の光が渦を巻き、視界全体を照らし始めた。


「す、すごいな……恒常ガチャの時とは比べ物にならない」


 おそらく、金色と虹色が変わっていくエフェクトはURが虹でSSRが金なのだろう。

 心臓の鼓動が早まるのを感じながら、画面中央に現れた「ガチャを引く」のボタンに指を置いた。そして、祈るように言葉を紡ぐ。


「頼む……UR来い……!」


ボタンを押した瞬間、画面が一層眩しく輝き、全体が金のエフェクトに変わった。


「くそ、10%こなかったか……」


 すると、金のエフェクトが徐々に虹に代わり、視界が虹で埋め尽くされる。

 そして、虹色の玉が画面の中心から飛び出してきた。その玉は徐々に形を変え、目の前に浮かび上がった。


「こ、これは……URだ!」


 玉が割れると、そこには光り輝く文字で《鑑定》と書かれたスキルが表示された。するとスキルのアイコンが光り、俺の胸元に暖かな感覚が広がった。


「これが……URスキルか」


 スキルの詳細を確認しようと、《鑑定》を発動させる。

 すると、自分のステータス画面が視界の端に表示された。


鈴木和人(ズズキカズト)

巻き込まれた異世界一般人

職業:地方公務員

レベル:1

HP:25

MP:8

力:7

体力:11

魔力:9

耐性:4

敏捷:4

スキル:鑑定☆

固有スキル:異世界言語理解、ガチャ


 おお、自分のステータスがわかるのか。

 そして、スキルもタップできることがわかり、押してみる。


ガチャ:金貨や魔物を倒した討伐ポイントと引き換えにガチャを引く。期間限定ガチャや初回限定ガチャなど状況に応じた種類がある。また、中味もハズレアイテムから優秀なスキル、使い魔と種類が豊富。ガチャ引くハードルがそれなりに高いのも特徴。当然、リセマラは不可。


鑑定☆:アイテムや人、スキルを鑑定する力。通常のアイテム鑑定師のアイテム鑑定スキルや鍛治師のもつ装備品鑑定スキルなど、鑑定の劣化スキルはいくつかあるが、レア度によって鑑定できる情報量が決まる。このスキルなしでは、人のステータスを鑑定するには古代の遺跡からたまに見つかる大水晶が必要である。


「なるほど……これで俺の能力や他人のステータス、アイテムも分かるようになるってことか」


 ☆ってなんだ?レベルみたいなものか?

 ステータスの詳細もみる。


レベル:成長度を表し、上がると全体的な能力が向上する。魔物を倒す魔法を使うなど、各職業に対しての経験値を貯めることで上昇する。


HP:生命力を示し、戦闘中のダメージに耐えられる限界値。0になると戦闘不能になり、そのまま少しの時間放置すると死亡する。HPは時間経過で徐々に回復する。


MP:魔法を使う際に消費するエネルギー。高いほど強力な魔法を多く使える。MPは時間経過で徐々に回復する。


力:物理攻撃力に直結するステータス。近接戦闘や重量物を扱う際に重要。


体力:防御力やスタミナを表し、持久戦や重装備時の耐久力に影響を与える。


魔力:魔法の威力や効果に影響するステータス。高いほど強力な魔法が使える。


耐性:状態異常や魔法属性攻撃への抵抗力を示す。毒や炎などへのダメージ軽減に影響する。


敏捷:素早さや回避力に関連し、行動の速度や攻撃をかわす確率に影響する。


「アイテムも確認してみよう」


試しにポケットに入れていた古びた小さなハンマーを取り出し、《鑑定》スキルを発動してみた。


古びた小さなハンマー(R):潜在能力(空きスロット)のある武器や防具に、なんらかの力を付与する。鍛治の心得を持つものが振るうと付与の効果が格段に増す。回数制限で5回中残り3回使用可能。


「なるほど。潜在能力のない剣に使ったから、効果がでなかったってことか。宰相がきちんと鑑定できてないってことがわからないな。ガチャ産のものは詳細不明な状態ってことか?色々とラッキーだったが良かった」


 《鑑定》スキルのおかげで、このハンマーの価値が一気に跳ね上がったことを実感する。

 さらにこのスキルなら、《ガチャ》で手に入れたものがどんな効果を持っているのかもすぐにわかるだろう。


「《鑑定》スキル、かなり便利なんじゃないか?」


 俺はスキルを取得できた満足感に浸りながら、残りの資金で何をすべきかを考えるうちに、徐々に瞼が重くなってきた。

 金貨10枚で11連ガチャを引きたいけど、今じゃない。


「明日は早い。とりあえず、今日はここまでだな」


 ベッドに身を横たえ、異世界初の大勝負を終えた充実感に包まれながら、俺は静かに眠りについた。


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