第4話 公務員、行き先を決める
袋に入った硬貨の音を確かめながら、俺は城を離れてしばらく歩いていた。
広場に出ると、通りを行き交う人々が目に入る。露店の匂い、石畳を踏む足音、異世界特有の雑多な喧騒が耳に響く。
だが、その中に紛れることなく、自分が異物であることを嫌でも実感する。
俺はスーツ姿だ。
この国のどこを見渡しても、こんな服を着ている奴なんていやしない。
注目を集めるのは当然だろう。知らない人間に余計な詮索をされるのは御免だ。目立たない格好に変える必要がある。
「服屋だな、まずは」
適当な店を探しながら、町中を歩き回る。
そこそこ賑わった通り沿いに、服のマークの小さな看板を掲げた店を見つけた。質素な木造の扉を押して中に入ると、簡素な布や革の服が並んでいた。暖かな色味の服が多いのは、この国の雰囲気に合わせたものなのだろうか。
「いらっしゃいませ」
店の奥から店主らしき中年の男性が出てきた。
小柄だが、目つきは鋭い。商売人としての目利きの良さが感じられる。
「今、私が着ているこの服を売りたいんですが、見てもらえますか?また、適当の普段着も見繕って欲しいのですが」
俺はスーツの襟元を引っ張りながら言った。店主はじっと俺を見たあと、スーツに目をやり、驚いたように少し眉を上げた。
「これはまた変わった服だな。生地もしっかりしている……どこで手に入れた?」
「ちょっと特殊な場所でね。まあ、今は使わないから売りたいんだ」
「ふむ、なるほどな。確かに見たこともない作りだが、質は良い。少し待ってくれ、値をつける。後、旅用の服だと、あの辺から適当に探してくれ」
スーツの上着を渡す前にポケットを確認すると、メモ帳とボールペンが入っていた。
書くものは整理するのに何かと使えるだろうと回収する。
店主はスーツの上着を受け取ると、布地や縫い目を細かく調べ始めた。
その間に俺は店の中をうろつき、普段着を見繕いながら次の行動を考える。
この国で生きていく選択肢はない。
一緒に転移してきた高校生たちのことは気にはなるが、どうにも国そのものが信用ならない。
城でのやり取りも、どこか薄っぺらいというか、胡散臭い雰囲気が拭えなかった。
――やっぱり、ここを出よう。国の外へ。
「決まったぞ。これなら銀貨5枚でどうだ?適当の服も一着サービスするぞ」
まあ、このスーツを異世界で使う予定もないし、銀貨の価値はわからないが妥当な額と信じたい。
何より、他の土地で売って、足がつくのは嫌だ。
「その買取価格で大丈夫だ。ありがとう、売らせてもらおう」
店主は嬉しそうに銀貨5枚を手渡してきた。硬貨を袋に入れながら、俺は一つ相談を持ち掛ける。
「ところで、少し聞きたいことがあるんだ。近々この国を出たいと思っていて、周りの国にどんな国があるか教えてもらえるか?これまで、ずっとこの王都で過ごしていて、国をでたことはないんだ」
店主は驚いた表情を一瞬見せたが、すぐに商売人の顔に戻り、顎に手を当てて考え込む。
「なるほど、出たいのか……。それならいくつか候補はあるな……」
「詳しいほうがありがたい。安全な場所か、まともに暮らせる場所がいいな」
「まあ、この王都より安全な場所もないと思うがな。まず、北の方には行かないほうがいい。今は北の宗教国家と北西の獣人の国が戦争中だ。腕に自信があるなら雇われるかもしれないが、そうでなければ地獄だろう。
南には森が広がっていて、冒険者であれば良いが一般人は立ちよらないな。南西側には、貴族制の国がある。あまりお勧めはできんが、金があるなら、何かと都合の良い国でもあるな」
周りに良さげな行き先のない、きな臭い異世界に転移してしまったものだ。
店主は一息をつき、話を続ける。
「北東は魔境だ。今、まさにこの国アースティア王国と魔族とで戦争中。こちらも、腕に自信があるなら稼げるかもな。東には自由都市がある。セルヴァーナ自由連邦だ。自由都市というと聞こえがよいが、比較的大きな都市が3つほど独立している。別名ギルド都市とも言われるほど、ギルドが影響力を持つ都市だ。そして南東に帝国がある。この国と並ぶほどの大国だが、入国にはいろいろと条件があると聞く。伝手がないと難しいだろうな。
過ごしやすさや安全性でいえば、この王国か帝国が最もいいが、冒険者であれば、自由都市を目指すのも多いな」
店主の言葉を整理すると、自然と選択肢が絞られる。
「ありがとう。そうだな、まずは東を目指してみるよ」
「なら、まずは王国の東端にあるイースグラッドを目指すといい。定期的に馬車がでている。そこからセルヴァーナ自由連邦へ向かえる。この国は街道がしっかりしているので、たいして困らないはずだ」
店主の言葉に頷き、着替える場所を訪ねて、買い替えたばかりの地味な服に着替えをした。
スーツのズボンも店主に手渡す。
「おっ、こいつも売るのかい?まいったなぁ、計算してなかった」
店主は困ったような表情を浮かべるが、ちょっと待ってと思い直したように、店の品物を探す。
「あった。こいつとの交換でどうだ?旅に出るなら、必ず必要なちょっと大きめな荷物袋だ。背負うこともできて、ものを入れるところもたくさんあって、便利な品物だぞ」
「これは、ありがたい。助かります。交換で大丈夫です」
「大金持ちや大商人になれば、移動の時は魔法バックという重さや大きさを無視して収納できる袋をもつのだが、大きさにもよるが金貨50枚はくだらないからな。まあ、普通に旅する分には丈夫で良いものだから大事に使ってやってくれ」
俺はもう一度お礼をいって服屋を出ると、夕日が街をオレンジ色に染めていた。
気づけば、日は随分と傾き、街中の人々も家路を急ぐような雰囲気だ。
スーツを売ったことで身軽になったが、日本につながるものがなくなったことで、孤独感が増したようにも思える。
「さて、次は馬車だな」
そう言い聞かせ、教えてもらった乗合馬車の発着所へ向かう。
夕暮れの中、石畳の道を歩くと、活気のあった昼間とは打って変わり、店を閉め始める商人や足早に歩く人々の姿が目立つ。
やがて、木造の小さな馬小屋に到着した。扉の横には「発着所」を示すようなマークのある古びた看板が掲げられている。
中に入ると、そこには年配の男が一人、帳簿のようなものを見ながら机に座っていた。
「イースグラッド行きの馬車を利用したいんですが」
と声をかけると、男は顔を上げ、俺を一瞥した。
「銀貨1枚だ。出発は明日の早朝。日の出から少し経ち、市場が動くと同時くらいに出発予定だ」
うむ、時間感覚は習慣に基づいててよくわからないけど、これはおいおい理解すべきだな。まずは遅れないようにしないと。
俺はスーツを売った銀貨から1枚取り出し、男に渡した。
すると男は、出発の時で良いと手を広げ受け取らなかった。
「宿は決まってるのか?」
「いや、まだだ」
「なら、ここの通りを少し戻ったところに『ランタン亭』って宿がある。値段は銀貨1枚もしないが、飯付きで悪くないぞ」
ありがたくその情報を受け取り、馬小屋を後にした。
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