第3話 公務員、異世界でのはじめてのガチャ

 王女たちは俺の固有スキルの《ガチャ》に興味を持っているようだ。

 これは有能なスキルであれば、戦闘職でなくても何か使えるかもと思ってのことだろう。


「《ガチャ》がどのようなものなのか、教えてもらえないかな?」


 王女の言葉に答えを考えていた俺に痺れを切らしたのか、ロープ姿の先ほど宰相を名乗った男が質問してきた。


「おそらく、この《ガチャ》というスキルでおそらく何らかのものを召喚できるのではないかと思われます。ただ、何が出てくるかはやってみるまでわからないようです」


「試してみることは可能でしょうか?」


 それは、そうくるよな。


「確認してみるので、少々お待ちください」


 心の中で《ガチャ》と念じる。すると、目の前にガチャの画面が現れる。

 周りを見渡すと、この画面は俺にしか見えてないようだ。

 画面を横にスライドするように指を動かすと、映像が切りかわりガチャの種類が変わっていく。

 どうやら今できるのは「初回限定ガチャ」「恒常ガチャ」「討伐ガチャ」の3つである。

「初回限定ガチャ」をめっちゃ確認したいのだが、「恒常ガチャ」の画面に固定する。おそらく、一番良いものが出る確率が低いだろう。

 俺は、説明ボタンをタップする。すると、画面に文字が現れた。


「恒常ガチャ」

金貨1枚で一回引ける。10枚で11連となる。


UR:1%

SSR:4%

SR:10%

R:30%

C:55%


「どうやら、引くには金貨1枚が必要なようです」


「金貨1枚ですか……こちらで」


 王女は目の前に置かれていた茶色の小銭入れのような袋から、1枚の金貨を取り出して机に置いた。


「では、引いてみます」


「恒常ガチャ」で引く、1回をタップする。


 金貨はどのようにセットするんだ?

 なんとなく、目の前に現れているガチャガチャのマシンのような映像の投入口に金貨を近づけると吸い込まれるように入っていた。


 やばい、もう、後戻りはできない。

 もし、これでURとかでたらどうなる? 有能スキルと見られて、異世界の勇者様と同様に城に居させられるのか?


 ガチャがゆっくりと回り出す。これは、ドキドキする。

 今まで数々のガチャをしてきたが、人生で初めてだ、ゴミレアのC(コモン)を課金で願うのは。

 そして、ガタンと音がして白いカプセルが出てきた。

 軽快な効果音と共にRアイテムという文字が見える。

 やばい、スキルを使ってのレアって、どの程度に有能なんだ?

 しかも、Rって。また微妙なラインだなぁ。言い訳もしといてみよう。


「おお、皆さん。これは、レアアイテムという良いアイテムがでたようです!ランダムの確率でこれはラッキーのようです」


「私の方で、あけても大丈夫でしょうか?」


王が頷くのを確認し、俺は白いカプセルをあける。

 そこには……古びた手のひらサイズの小さなハンマーがあった。


「これは、何でしょうか?何か特別な効果が?」


 王女が立て続けに話すが、俺にもわからん。そっと、ハンマーを差し出す。


「いえ、その、わかりません。ただの古びたハンマーではないでしょうか?武器や防具に使うと、説明はありますが……」


 宰相はアイテム鑑定スキルを持っているのか、ハンマーを手に取り、首を横にふる。


「一回、試してみてください」


 王女はロープ姿の宰相に目をやり、近くの兵士に剣を持ってくるように指示をする。

 えっ、レアアイテムだよ。なんかとんでもない良い効果がでるのでは?

 宰相は机に置かれた剣に向かって、ハンマーで叩く。

 ひぃ。

 思わず、出てしまいそうな声を閉じ込める。


「うむ、何も変化はないようですね」


 宰相は叩き終わった剣を丁寧にみてそう言った。


「ハンマーをもう一度、鑑定しても、武器や防具に使うから変化はないようですね……もう一度、次は防具で確認しますね」


 同じく近くの兵士から兜を受け取り、同じように叩き、兜を覗き込むように確認する。


「やはり、何も効果はないようですね」


「そうですか……これで、すごく良かったガチャ結果なのですね……」


 そう言って王女は少し残念そうにしている。おそらく、何かわからない価値のないものと判断したのだろう。ハンマーは俺の目の前に置かれる。

 実際、俺にもこれが何かわからない。


「このように、金貨と引き換えに何かのアイテムをランダムに出すのが私のスキル《ガチャ》のようです」


 王女と王、そして宰相が顔を合わせる。


「スズキ様、申し訳ありませんでした」


 この状況を想定していたように、宰相は俺に深く頭を下げる。

 どうやら俺のことは、戦闘職ではなく、有能スキルもない判断をくだしたようだ。

 まあ、それはそうだ。俺もそう思うし……。

 金貨1枚がどのくらいかわからないけど、結構な価値と引き換えに古ぼけた手のひらサイズの小さなハンマーでは。


 宰相は続けて俺に向かって、机の上の茶色の小銭入れのような袋を渡しながら言う。


「ここに、贅沢に過ごしても3ヶ月は優に暮らせる金貨を入れております。こちらをお渡ししますので、この国でご自由にお過ごしください」


 俺は袋に手を取った。ってガチャ代もここからかよ。


「彼の意志が固い以上、我々が無理強いをするべきではない。城の外までお送りしなさい」


 王が穏やかな声で宰相に促す。

 俺は王と王女に頭を下げ、四人の高校生たちに視線を向けた。

 その中の女子高生の一人、白石さんが一歩前に出てきて、心配そうな表情で俺を見つめている。


「本当に……行くんですか?」声は、微かに震えていた。

「すいませんね。でも、俺みたいなおっさんがここにいても、何の役にも立たないんだよ」


 自嘲気味に笑って答える俺を、彼女はまっすぐに見つめ返してくる。


「そんなこと……ないと思います。私たちはみんな高校生で子供です。大人で、私を助けようと手を伸ばしてくれた鈴木さんが一緒にいてくれるだけで、少しは安心できるんです」


 白石さんの言葉は、思いのほか心に刺さった。

 そりゃ、まだ高校生、当たり前にこの状況は不安だよな。

 でも、今の俺にできることは何もない、未来の俺に期待しよう。


「ありがとう。でもね、白石さん。この世界で戦闘をするには俺は全く役に立たない。俺がここに残ることで、余計な気を使わせたくないんだ」


「そんな……」


 白石さんの目が少し潤んでいるのが見えた。


「もし、今後どこかで会って、困ったことがあり、俺でも助けれることがあるならば、遠慮なく言ってくれ」


 今の俺にできることは気休め程度の言葉をかけることぐらいだ。


「みんなも無理せずにな。ステータス高いから何とかなるかもしれないけど、決して無理はするなよ」


 最後に4人の高校生たちにもう一度言葉をかけると、俺は護衛の騎士に促されて城の出口へと歩き出した。


 宰相が城門の前で俺に最後の確認をするように言った。


「こちらの金貨で当面の生活には困らないでしょう。何か問題があれば、いつでも城へ戻ってきてください」


「わかりました。本当にありがとうございます」


 俺は丁寧にお辞儀をして見送られる。

 城門が背後で閉じる音がした瞬間、俺はようやく自分の体が解放されたように感じた。


「さて……まずはこの金でどう生きるのかを考えるか……」


 袋を軽く振ると、硬貨がカチャカチャと音を立てた。


 その音を聞きながら、俺は新たな自由の感覚と微かな不安を胸に、城下町の石畳を歩き始めた。


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