第二話 異世界借金三十億円
「ぎゃああ!!」
俺の悲鳴が森中に響き渡る。
その生物の口が巨大化し、まさに俺を丸呑みする直前――。
「静まりなさい!」
清らかな声が森に響いた。
次の瞬間、生物のまわりに柔らかなまばゆい光がとりまく。
すると、その生物はピタリと動きを止め、すごすごと俺の胸から降りた。
「えっ……?」
呆然と見上げると、目の前に現れたのは一人の女性。
いや、女性というか……どう見ても女神だ。
ふわりと揺れる金髪、きらめく白いローブ、彼女を中心にまるで神々しい光が広がっているように見える。
俺が茫然自失でいると、女神は優しい笑みを浮かべて話しかけてきた。
「大丈夫? 怪我はない?」
「あ、いや……なんとか無事っぽいですけど……今の何だったんですか?」
自分でも混乱したまま言葉を返す。
「安心して。もう大丈夫よ」
女神が軽く手を振ると、生物はあっという間に森の奥へと姿を消した。
「……助かった。ありがとうございます!」
俺は地面に座り込んだまま、深々と頭を下げた。
だが、次の瞬間。
「では、命の代価を支払ってもらうわね」
「……え?」
耳を疑う発言に、混乱した俺は女神を見上げる。
「命を救うには相応の代償が必要なのよ。この世界の通貨で三〇億クルナ、きっちり払ってちょうだい」
「クルナ……? それ、いくらなんですか?」
不安が募る俺の問いに、エリシアは悪戯っぽく笑った。
「はぁ、換算レートもわからないの……仕方ないわね。特別サービスよ」
「サービス?」
「1クルナは1円。とってもわかりやすいレートよ。つまり、三〇億円よ」
「はああっ!? 三〇億円!?」
耳を疑うどころの話じゃない。
「いやいやいや、待ってください! なんでそんな大金が必要なんですか!?」
「命を救うというのは、それだけ価値のあることなのよ」
そんな理屈で納得できるわけがない。
「そもそも! なぜ日本円!? ここ異世界なんですよね!? 円なんて通貨、あるんですか!?」
俺が必死で抗議すると、女神は楽しそうに微笑みながら答えた。
「あら、ごめんなさいね。私、異世界マニアなの。特に地球の日本が大好きでね」
……は?
「研究の一環で、通貨や制度についても詳しく調べたのよ」
予想外すぎる発言に、頭がパンクしそうになる。
「日本好きって……なんでそこまで!? 趣味!?」
「ええ、趣味よ」
女神はにっこり笑って肯定した。
「あなたにわかりやすく説明してあげるなんてとっても優しい神様でしょう」
もう俺の脳内はどうツッコめばいいのか分からなくなっていた。
「そうそう、私の名前はエリシア。この森を管理する女神よ」
そう言って彼女はふわりとした動作で微笑む。
「ついでに言うと、あなたをトラックから救って、ここに転生させたのも私。まあ、その総額が三〇億円なんだけどね」
ウィンクする女神エリシア。
全然かわいくねーよ、と俺は心の中で全力で突っ込んだ。
「というか、救ってくれたって……どういうことですか?」
俺が思わず聞き返すと、エリシアは得意げに胸を張った。
「いい質問ね。まず、あなたがトラックにはねられそうになったあの瞬間、私は一瞬だけ時を止めたの。そして、あなたの体を安全に引き寄せて、魂をこちらの世界へ転送したのよ」
「時を……止めた……?」
言葉が出ない。いやいや、そんなことができるなら、もっとやり方あっただろ。
「もちろん、時間を操作するのはとてもエネルギーが必要なの。それに、魂を別の世界に送るのもね。だから、かなりのコストがかかるのよ」
「コストって……それが三〇億円ってわけですか?」
俺の言葉にエリシアは笑顔で頷いた。
「そういうこと。まったく、これだから命を救うのは大変なのよ。ね、感謝してほしいわ」
「いや、感謝よりも先にその金額どうにかしてくれません?」
俺の抗議をよそに、エリシアは軽く肩をすくめるだけだった。
「あ、踏み倒しとか無駄よ。その瞬間に助けた命は返してもらうから、即死します」
「くそ、神様がいうから説得力がある……」
まあただ、それは当然でもあるとは思う。
大金の借金を返せないなら、死。
これはリアル世界でも、同じようなものだろう。
「というか、なんでピンポイントで俺なんですか?」
思わず問い詰めると、エリシアは口元に手を当てて考え込む仕草をした。
「そうね……単純に言えば、偶然、あなたが目についたからかしら?」
「え、偶然……?」
その答えに、俺の思考はさらに混乱する。もしかして、このエリシアとかいう女神、異世界マニアって言ってたけど、つまり……。
『現代日本を別世界からのぞき見していた』ってことになるのか?
そんな想像が頭をよぎり、俺は顔を引きつらせながらエリシアを見た。
「ありがとう、は?」
「へ?」
「だから、感謝のありがとう」
「あ……、ありがとうございます」
「どーいたしまして」
再びウィンクをする女神。
なんかイラつく。
やっぱりこの女神、絶対におかしい。
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