第4話 教員紹介
入学式は滞りなく終わり、すぐに教員紹介に移る。
講堂の前で、俺たち、1年の担任教員が1組から順に自己紹介をするのだ。
教頭による説明の後、いよいよ1組担任、須貝先生から始まる。
1年生120名は講堂の後側に下がって、皆真剣かつ憧れの眼差しで前に並ぶ教員たちを見守っている。
講堂の前方はパフォーマンスのために広く開けられ、横に一列に並ぶ7名の教員たち。
前には台があって、そこには黒い漆塗りに金の蒔絵の木箱が一つ置かれていた。
その中には特級の天石が入れられている。日常的に教師は1級石を持っているが、今日は特別な技の披露のために最上級である特級石が用意されているのだ。
一般的に、力の源となる石によってその術の規模は左右されてしまう。
大きなパワーを持つ特級の天石ともなると、貴重なため、常に管理された状態で使用されることが多い。今日は特別にその一つが試技用に用意されていた。
須貝先生は、一礼をすると、生徒たちの前に進みでる。
静かな微笑みで、先生のトレードマークの口髭を撫でながら、片手を黒い箱に入れ、中から黒光りする天石の球を取り出した。
生徒達の視線がその黒い光を発する石に釘付けになる。
その瞬間を逃さず、須貝先生は、天石から青い炎を立ちあげた。
青い炎は1級術師の証明だ。2級、3級の者は、炎を出せても赤いのだ。
生徒達から、「青だ」の声が自然と漏れ出る。
横に立っていた、6組担任の石御門先生が、肘で俺をこづいて、他に聞こえないように呟く。
「先生、青だよ青、大丈夫なの1人だけ赤なんて、みっともないでしょ。そんなクラス、誰が選ぶのかなあ」
俺は、にこりと愛想笑いを返して黙って前を見ていた。
須貝先生は、その青い炎を左の手のひらに移すと、その炎を生徒達に見せた。
この炎を手に取ることも、2級以上の術師でないとできないことだ。
各自の個性、その術の見せ場はここからだ。
須貝先生は、石を箱に戻すと、その炎を手にしたまま、右手で印を結び、術式を唱え出した。
すると、先生の目の前の空間に褐色の結晶が現れ出てくる。
それは連鎖的に増殖し、あっという間に生徒達の前に見上げるような石の壁を作りあげた。
生徒達の歓声が上がる間もなく、須貝先生は、その壁を自らの拳で貫く。
ドーンと大きな音を響かせて壁に大きな穴があいた。
須貝先生は、その穴から顔を出し、生徒達を見渡すと、口髭を撫でながら、
「1組担任、須貝誠、よろしく。パワー系を学びたい者は、集うと良い」
そう言うと、もう一度印を結び、術を解いた。
たちまちに壁は崩れ、砂となり、消えていった。
須貝先生は、一礼をすると、会場には大きな拍手が起きた。
須貝先生が、にこやかに戻ると、続いては、2組、加賀美梨先生だ。
加賀先生は、腰まである長い髪をゆらして優雅に前へ出て、箱から石を手に取り、青い炎を手にするやいなや、炎を空中に投げ上げた。
すると青い炎は美しい渦を巻き、大きくなっていく。
それが天井にまで達したかと思うと、竜巻の如く螺旋となって、生徒達の頭上を派手に飛び回った。
青い竜巻が頭上を駆け回り、生徒の悲鳴や歓声の入り混じった大騒ぎとなるのを、加賀先生は静かに微笑んで見ていた。そして、右手を高くあげると、タクトのように振り下ろした。
すると炎は霧散し、キラキラと青い炎の欠片が生徒達に降り注いだ。
青い欠片は手に取ろうとしても、触れた瞬間シャボン玉のように消えてしまう。
「2組担任、加賀美梨です。繊細な技の技術を磨くことに力を入れたい。よろしく」
そんなふうに、各担任が次々と技を見せて、自己紹介をしていく。
3組の咲坂詩蓮先生は、見上げるほど巨大な水の球を出し、それを自由に転がして見せた。
ぶつかれば溺れてしまいそうな迫力で迫る水の球は、なかなかの迫力だった。
4組、志麻桐人先生は風だ。風を自由自在に操ったあと、その風を生徒達に向けて吹きつけ、強度を増していった。最後は吹き飛ばされそうな暴風になって終わる。講堂が特別な結界で守られていなければ、被害が出るほどだった。
俺が風でいつもに増してぐちゃぐちゃになって爆発したようになった頭をなんとか押さえつけていると、横の石御門先生が、唇を固く結んで呟いた。
「さすが、先輩方だ。でも僕だって負けていないよ」
その額に汗が浮かんでいるのがわかった。彼もやはり緊張しているのだ。
次は5組、南條志音先生だ。
ベテランの先生たちは、新人のお手なみ拝見とばかりに、鋭い視線で見ている。
南條先生は、にこやかに一礼をすると、箱から石を取り出し、目の前にかざすと、ボッと青い炎を立ち上げた。
彼女は、青い炎を両手で高く掲げると、術式を唱え出した。
すると、キーンと耳に響く高音と共に彼女の前方にキラキラときらめく霧氷が現れた。
その霧氷は、どんどん空中に広がっていく。
霧氷が十分広がったのを確かめると、彼女はふっと息を吹きかけた。
その瞬間、ピシッと凍てつく音が講堂に響き渡り、彼女の前に巨大な氷の塊が出現した。
たちまち、ゾクリとする冷気が溢れる。
驚きの声の中、彼女は、大きく広げた両手をグッと力強く合わせ、祈るように強く握り締めた。
その瞬間、鈍い音と共に氷が粉々になり、雪のように構堂に降り注いだ。
氷がキラキラと降り注ぐ中、彼女は生徒達を見渡して言った。
「5組担任、南條志音です。私と共に術を研究していきましょう」
一礼して戻るその背に、生徒達の拍手が大きく送られた。
「ふん、まあまあやりますね。次は私だ、格の違いというのを見せてあげますよ」
そう言うと、石御門先生は背筋をすっと伸ばすと前へ出ていった。
背の高い彼は、大股で台に寄ると、箱の中へ両手を入れ、中でゆっくりと石を確かめるように手を動かす。他の先生たちよりも長く、その感触を箱の中で確かめるようにした後、手だけをそっと出した。
すでにその手には青い炎がある。
彼は、炎を高く頭上に掲げ、術式を唱え出した。
それにつれて炎は蛇のようにうねりながら上へ上へと伸びていく。
天井まで達した炎は、彼の前に降りてくると、トグロを巻きながらさらに巨大化を続けた。
炎のとぐろはどんどん太く大きくなり、熱を増していく。
熱風で顔を向けていられないぐらいになってきた。
生徒達からも、その熱さに苦痛の悲鳴が上がり出す。
だが、それでも彼の炎は大きくなり続けようとした。
どこまでやる気だ。さすがに生徒達にも、と思った時、校長が一歩前へ出て、静かに言った。
「石御門先生、そこまでです」
炎の蛇は、雄叫びのようなものをあげると、上空へするすると伸び上がり、天井にぶつかる寸前、火の粉となって霧散した。
火の粉が降る中、
「6組、石御門惣紀、強い力を求める者を待っている」
そう言って下がった。
彼は、俺の横に戻ると、
「さあ先生、最後ですよ。しっかり締めをお願いしますよ」
そう言ってニヤリと片眉で笑う。
俺は、一礼して前へ出る。
台の箱に手を入れて、天石を取ろうとした手が止まった。
おや、石が違う。
今日の試技のため、特級天石が入れられていたはずだ。
それが、今あるのは、明らかに力のない……3級石、そこらで日常的に使われている物だ。
なぜだ……
と、一瞬手が止まったものの、すぐに察しがついた。
これは入れ替えられたか……
目の前には、生徒達の期待する目が、俺の一挙一動を見逃すまいと見ている。
これは困ったな。
俺は、観念して石を取り出すと、目の前に持った。
やはり3流石、それも燃え滓のような代物だ。
まあ、やれるだけやるしかないか……
俺は、石を持つ手に、ぐっと力を込めてみた。
石は一瞬、鮮やかに燃え上がり、赤い残像を残して消えた。
手の中の石はもう何の反応も示さなかった。
会場がざわつき、失笑の声さえ漏れ聞こえる。
ここまでだったか……。
「えー、石が力尽きたようなので、仕方ありません。
私は、白嶺紡希、7組の担任です。
私の得意は、一応金ですので、せめて硬化術程度はお見せしましょう」
俺は、そう言うとその燃え滓の石、目がけて思いっきり、頭突きをした。
たちまち粉々になって石が飛び散る。
俺は、額についた石の欠片を払うと、生徒達を見回して言った。
「才能だけで全てが決まるわけではありません。それをどう鍛えるかが大事だと思っています。どなたでも歓迎します。共に術の探究に励みましょう」
俺は、礼をして後へ戻った。
石御門先生が、
「どうしたんですか、先生、なんか赤い炎のように見えたんですが、きっと僕の錯覚ですよね」
と言ってきたが、さすがにこれは無視して前を向いていた。
平静を装ってはいたが、南條先生の痛々しいものを見るような目には、ちょっと参った。
もう終わりかと、ざわめく生徒たちを、教頭が「静かに」と注意を促し、少し締まらないまま教員紹介は終わった。
この後、生徒達は希望用紙を提出して帰ることになる。
一学年120名が7クラスに振り分けられるのだが、希望制なので当然人気の先生から定員一杯の20名になっていく。過去の実績などから当然、指導経験のある先生から埋まっていくのが毎年のことらしい。だから須貝先生が、新人にとっては最初が難しいと言っていたのだ。
戻った職員室では、今年の新人の2人はしっかりアピールできて、例年以上の実力だったと持ち上げられていた。
そして、俺は、当然ながら腫れ物扱いになってしまう。
4組の志麻先生などは、明らかに同情の顔で、
「先生、まあ気を落とさずに。誰にも若い時はあるのだから」と肩を叩いて、過ぎていき、石御門先生が、これみよがしに俺に同情の声をかけた。
向かいの席で南條先生は、困ったように視線をあわせないようにしていた。
──人数的には少なくとも何人かは俺のとこにもくるはずで……、いや他が全て定員いっぱいの20人だと、俺のとこは0の可能性もあるのか、……それは、ちょっとまずいな……。
こうして、どうも順調とは言い難い形で、俺の教師生活一年目がスタートしたのだった。
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