第5話 クラス開き
翌日、いよいよクラスも決まり、授業がスタートする。
今年の各クラスの人数は、1組から3組までが定員いっぱいの20名。4組19名、南條先生の5組は16名、石御門先生の6組は18名、そして俺のクラス7組は……
俺は、1年7組の教卓に両手をつき、静かに教室に集まった生徒を見渡した。
1年7組は、7名だった。
生徒たちがクラスを選ぶときに実はもう一つ条件があるのだと須貝先生から教えてもらった。
それは費用面だ。国立とはいえ、実技費用や実習の遠征など意外に費用がかかるものもあり、人気の先生たちは初めから高度な実技や実習を行うので実費もかかるのだ。そのため、経済的に厳しい者たちは、そういうことも考慮して選ぶ。俺は、そのこともあったので、費用は基本的な実費以外一切かからないという点もアピール文に入れておいた。だから、少しは来てくれるだろうと思っていたのだが……。
集まった7名は、そのほとんどが第1希望ではないのは確かで、いや、正確に言えば仕方なくここに来た者がほとんどだろう。これからだというのに、教室には覇気がない。
しっかり俺の方を向いてくれているのは、わずかに1名。廊下側一番前の席の、男子のみ。
……あとは、こうして俺が話そうとしているのに、机に突っ伏して寝ている者1名、うつ向いて顔を上げない者2名、あとは横の者と喋っている始末だ。
あれ、6名しかいないぞ。誰だ?
俺が名簿を確かめていると、後の戸がガラリと開いた。
背の高いその男子生徒は、じろりとナイフのような目つきで教室内を見渡すと、何も言わず、入ってきて、一番後ろに座っていた、ずっと俯いたままの気の弱そうな男子に、「どけ」と言うとその席に、どかりと座り、そのまま机に伏せて寝だした。
追い出された男子は仕方なく、一つ空いていた一番前、俺の目の前の席に座る。
「なんだよ、こいつ、いきなり遅刻って、先生怒んなくっていいんですか。こんなのと一緒じゃ、俺、嫌なんですけど」
窓際一番後ろにふんぞり返って座っていた長髪で背の高い灘虎風(こふう)が、遅刻の飛来を挑発するように、笑いながら言う。
「なんだと、てめえ、やるっていうのか」
椅子を派手に倒して、飛来は驚くほどの速さで立ち上がると、いきなり灘の胸ぐらに手をかけた。
お、機敏じゃないの。運動神経はバッチリだな。
「おい、やめとけ、飛来焔(ほむら)だな。お前も、来た早々、喧嘩とは何しにここへ来たんだ」
「うるせえ、俺はこんなとこ、来たくて来たんじゃねえや」
「そうだな。なら、帰ってもらって結構。
ここは天術を学ぶ所だ。天とは天地(あめつち)、この宇宙そのものだ。それと比べたら、たかが人一人の力など小さいものだと思わないか。その程度の力をひけらかしたいなら、ここにいる必要はないだろ。
……他の者にも言っておく、ここはあくまでも国立なんだ。
学費も免除されている。つまり全部、国もちってことだ。
君たちもわかっていると思うが、それだけ、世の中じゃあ。この天術師っていうのが求められているっていうことだな。
だが、それはあくまでも天術師としてのしっかりとした力ある者が、だ……。
君らは晴れてこの学院に入学した。
それは、君たち一人ひとりには、天術の才能があるってことだ。だが、それはいわゆる原石であると言うことに過ぎない。
君らも知っての通り、その才能を磨き伸ばすのは、大人になりきるまでという期限がある。
身体が、大人として完成したら成長は終わる。二十歳前後がリミットだ。
いいか、それまでに力を伸ばせないと、もう伸びないんだ。
だから、国は力を入れている。
施設も立派だろ。ここの食堂の飯は美味いぞ。しかも無料だ。
だが、国もそんなに甘くない。力のない者は、すぐに退学させられる。
その関門となるのが一年間に三つの関門だ。
まずは5月の選別検定、次に前期認定試験が9月。最後は、学年末の昇級試験だ。
とにかくこの3度の関門を越えなければ、その時点で即退学となる。それを忘れてはいけない。
私の仕事は、君たちをなんとかその関門を超えて、無事卒業させることだ。そのためには力を惜しまない。それを約束する」
俺の説明に、窓際にだらしなく座っていた女子が、大袈裟に手を叩いて応えた。彼女は花久夏妙(かみょ)、髪はピンクで派手な化粧が目立った。
「それで、先生、何教えてくれんの」
「まずは、1人ひとり、君らの力を見せてもらおうか」
「はあ、何それ、俺らの方が先生の力っていうの、見せて欲しいんですけど」
先程、飛来と喧嘩になりかかった、窓際の灘虎風が、長髪をかきあげ、鼻で笑うように言った。
「はは、ウケる」花久が笑う。
「まあ、それは確かだな。君らの行く末を預かるわけだから、何か、わかるものが欲しいよな」
俺は、ちょっと考えて、胸のネックレスの天石を手にとって、前に出した。
「先生、また燃やしちまうんですか」
灘の隣の席の小柄な生徒、沢井由良が、こまっしゃくれた言い方で冷やかす。
こいつは来た時からずっと、灘についてる奴だ。
「昨日はちょっと失敗だったな。すまなかった。やり直しってことで、許してくれ」
俺はそういうと、天石を胸ポケットにしまう。
「えっ、なーんだ、やっぱり……」そう言いかけた沢井の口が止まる。
俺の手のひらには、青い炎があった。
そのままやると、金の色の炎が出てしまう俺は、炎の色を誤魔化す必要があった。
そこで、炎を手早く手にとり、力を静める形で青くコントロールしたのだ。金色ってことだけは、見られないようにする。本来2級だと赤なのだが、そこまで抑えると細かい技が出せないので、仕方ない。
「え、なんで青いの?」花久が戸惑いの声を出す。
その変のざわつきは、あえてスルーして、技に移る。肩書き上、俺の基本特性となっている金は、金属を扱い、物質の硬質化を得意とする。
そこで、俺は、手のひらの炎を薄い板状にし、生徒たちの頭上に広げていく。
その青い板状のヴェールは教室の天井に広がりとそのまま壁に沿って横四方を覆っていく。さらには足元、床に広がって、最後は教室全体をすっぽり覆っていく。
360度周囲を覆われたとたん、教室は光も入らない完全な闇に閉ざされた。
「おい、これなんだ」
一寸先の自分の手も見えない、完全な闇の誕生だ。暗闇に驚いた生徒たちが、騒ぎ始める。
俺は右手に青い炎を灯し、教室を照らしてやった。
先程までふんぞり返っていた灘が、慌てた様子で立ち上がっており、飛来は、床が覆われる寸前に机の上に飛び上がって、しっかりと臨戦体制で身構えていた。
他の者も皆、不安気に周囲を見回している。
「ああ、心配はいらない。ちょっと力でこの空間を覆ってみた。これで完全防音だ。これならいくら騒いでも大丈夫だぞ。どうだ、そこの2人、さっきの続きもできるぞ。いや、さすがにケンカはいかんな。
さて、それじゃあ、みんな、上を見てくれ」
俺が炎を消すと、再び暗闇に戻った天井に、星のような小さな灯りを灯して見せる。
数は七つ、ちょうど北斗七星の形に光らせる。
「この七つの灯りは、今の君らだ、わかるか。君らの灯りは、まだこの世界を照らすほどのものじゃない。だが、確実にそこにあるんだ。
俺はその灯りを、どれだけ大きくできるかを手助けするのが仕事だ。光り輝くのは君らだ。
誰のせいでもない。誰の助けもない。自分だけの力で、光るんだ。それが、君らがこの学院に入った目的だ。それだけは絶対忘れるな」
俺は、教室を覆っていた壁を全て取り除いた。
教室には不意に明るさが戻って、まだ目を瞬いている生徒たちの顔があった。
だが、今は少なくとも、皆、顔をあげ、周りを見ている。先程までずっと俯いていた2人も顔を上げていた。机の上に立ったままの飛来は、天井を見上げ続けている。
「よし、じゃあさっき言った通り、君らの力を見せてもらおう」
「何をすればいいんですか? 僕は、まだ何もできないんですが……」
廊下側の席、小柄な山田一閃が、オドオドと自信なさげに聞く。
「なあに、特に何もしなくていい、しばらくそのまま待機だ」
「なんだよ、結局は家柄とかかよ、偉そうなこと言って、それかよ」沢井が皮肉っぽく言う。
「違うぞ、君ら自身を見たいんだ。まあ、少し時間をくれ。ということで、しばらくの間、この教室を出ない限り自由にしておいてくれ、あーどうしてもじっとしてられないというならもう一度暗くしようか」
「うわ、あれは勘弁。私、暗くて狭いのダメなんだよね。みんな、出ようとなんかしないでよね」
花久が軽い調子でみんなに言うと、誰もそれに意義を唱えなかった。
そこで俺は、早速、一人ひとりのスキャンにかかることにする。
俺には、金の炎以外に、もう一つ人に言っていない特技、「天分」があった。
天分とは、修練を必要としない生まれ持った技、上級術師の中に稀に見られる、その個人特有の技のことだ。
この力を活かしたくて、俺は教師を目指そうと思ったのだ。
俺の天分は、その人物の力の特性が見えるというものだ。
もう少し詳しく言えば、その人物の天力に対する特性が、色として見えるのだ。
例えば、一番前に座っている、この壬生玄弥、さっき飛来に席を退けろと言われた彼だが……。
壬生は、終始俯いて、顔を上げようとしない。どうも対人的なことに課題があるようだ。
俺は、胸元の天石にそっと触れ力を発動させる。
すると目の前の人物の頭が、天力に対してどのような適性があるか、色となって見えるのだ。
視界が一旦、モヤがかかったようにトーンダウンし、すぐに光が戻ってくる、と俺の目には壬生の短く刈り上げた頭部に、薄く色づいたオーラが見えた。
その色は一見様々な色が絡み合っているのだが、全体としては土色が強く現れている。
つまり彼の特性は土系統に秀でているということだ。
普通、天術に対する特性は、透明な石、反応石で確かめる。この石に触れると、石の色が変化し、その者の特性がわかるという物だ。どの力がその人物に流れるかで色が変わる石、天術のリトマス紙のような物なのだが、これの欠点は一つの色しか見えないということだ。そのため、その者の持つ特性というのは、一つで、それが天より与えられた才だと言われていた。つまり才は一つしかなく、当然ながら、それは自分では変えられないというのがごく一般的な認識だ。
才は、人々の憧れと尊敬を集める。天力を操れる者自体が100人に1人と言われるのだ、当然だろう。
その才、こうして実際に一人ひとりを見ていくと、そう簡単なものではないのがわかる。
例えば、壬生の隣、山田一閃、彼の場合などだ。
山田は、唯一、最初から俺の方をしっかりと見てくれていた生徒だ。
その山田の顔は、今、俺の目には二つの色が入り混じって見える。
土色と青、風の青色だ。
つまり山田は二つの才に特性があることになる。
だが、普通ならどちらか、より特性の高い方しか検査に出てこないのだ。彼の場合、風の方が強いから風となるだろう。
検査で出た、その一つの力を磨いていくのが、この学院で「修練」と言われるものだ。
人にはいくつかの特性はあるというのはわかっていても、大人になるまでの短い期間でより力を高めるにはやはり一つに専念する方が、より効率的であるのは確かだろう。
だが、俺は、それはもったいないことだと思う。
この、一人ひとりが持つ色をそのままもっと活かせるのではないか。
山田の特性に応じた修練をきちんと積めば、その両方を習得できるはず、そう思っている。
そう言えるのも、こうして本人の細かな特性の見極めができるから言えることなのだが。
俺は、この人の才を見る天分があったからこそ、前世と同じ教師の道を歩もうと決めたのだ。
俺は、教室を見渡した。
7人は、それぞれ、喋っていたり、静かにする者、窓の外を見ている者、様々だ。
そんな彼らのいるこの教室は、今、俺の眼には、色とりどりの色彩に満ちている。
この生徒たち、それぞれの色をより鮮やかに光らせたい。俺は改めて、そう決意するのだった。
その日、職員室に戻ると隣の席の石御門先生が、話しかけてきた。
「どうですか、先生とこは、うちは18名なんで、もう大変ですよ。
あ、先生とこは二桁行かなかったっけ。いいですよねえ。一人ひとりしっかり見れて。羨ましいよなあ。ねえ、南條先生」
そう言われて、向かい側の席の南條先生が、顔を上げる。
なんか機嫌悪そうだ。
どうも、俺はこの南條先生に嫌われてるのかな……、初日はまだ話できたのに、まいったな。
「南條先生とこも16名でしょ。新任で二桁は、なかなかないって話だから。お互い大変ですよね」
彼女は、ファイルに目を戻すと、作業を続けながら、一言言った。
「石御門先生こそ、随分余裕がおありなんですね。私、まだまだ仕事、遅くって。
すみません、今忙しいもので……」
顔をあげることなく、そう言うとペンを動かし続けた。
「はは、そうですね。俺も明日の準備、頑張らなきゃね。やっぱり多いのは大変だ」
石御門先生は、そういうと机に、これ見よがしに、どさりとファイルを取り出すと、俺に向けて大袈裟な「大変だ」というポーズをして見せる、ファイルに向き合い出した。
俺も、生徒たちのファイルを見ながら、明日やることを、色々と考える。
何だかこんなに明日からの授業が楽しみなのは、前世でも忘れていた感覚だった……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます