第5話
「くそっ……あいつどういうつもりだ!」
頭上から浴びた水飛沫に、顔面から濡れた髪まで、手で拭い上げると、仮装した貴族達にたちまち取り囲まれた。拍手などされて、本当に忌々しい。
フェルディナントは額を押さえる。
言いたいことが溢れている。それを無理に、押し込めた。
長く続く薔薇庭園の方を見やる。
完全に逃してしまった。
あとは王宮の守備隊の網にかかってくれることを祈るしかない。
(いきなり、あいつの剣が変わった)
相手を狩ることにしか集中していない、肉食獣のような気配のする剣だったのに、人の気配がした途端、聴衆を煽るような剣になった。
見世物用のものだ。
見世物用の剣を使う憂国の騎士など、聞いたことがない。
フェルディナントは戸惑った。
道化のような姿をしていた今宵、使命にしか命を費やせないと思っていた人間に化かされたような気がした。
ああいうことが出来ない相手だから、こっちも覚悟を決めたというのに。
突然人格が変わったような印象だった。
わざと縁に飛び乗ったり、派手に短剣を振り回して見せたり……子供のような印象になった。
イアン・エルスバトが、あいつは子供かもしれないと言っていた。
ラファエル・イーシャは、女ではないかと言っていたらしい。
フェルディナントは今日まで揺るぎなく、若い男だと思ってきたのだが、今日で全く分からなくなってしまった。
確かに、群衆に紛れて逃げるのは一つの手立てだが……、彼を戸惑わせたのは、剣の変化だった。
今まで通り打ち合っていても、人は集まってきたはずだ。
別に彼らを沸かせて楽しませる必要などはない。
だが、今日はそういう意図が途中からあの男から見えた。
(一体あいつは……どういう人間なんだ)
強い戸惑いと共に、フェルディナントは自分の剣を、鞘にようやく収めたのだった。
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