第2話


 ヴェネト王宮の敷地内には、幾つか離宮がある。

 王家の離宮は周辺諸島なども含め、ヴェネツィア海域にも幾つかあるのだが、王宮の敷地内にある離宮は特に、特別な格を持っていた。

 ヴェネト王宮にある離宮は五つあり、そのうちの四つが前王ユリウスの、更に一代前になる、父王の時代に作られた。

 残る一つはユリウスの代に作られた物だが、ほとんど海の上に身を置き、王宮に寄りつかない王だった彼が、唯一、自らの命により作らせた贅を尽くしたものが、この離宮だったと言っていいだろう。

 彼は享楽的な建造物を建てることには興味を持たず、戦略的に意味のある軍港や、軍船は、自らの足でも赴いて建造を激励し、指示するほどだった。

 また、彼は聖堂や教会を建てることも、滅多にしなかった。古くからある、そういった建造物を修復し、保存する為には協力はしたが、新しい聖堂を建てることはあまり歓迎しなかったとされる。

 彼はすでに、ヴェネトにおいて、ヴェネツィア聖教会の権勢が飽和状態にあることを理解していたのだ。強い信仰の拠り所が民にあることはいいことだったが、王の威光とはこれは切り離すべきと考えていたようだ。

 ユリウスは決して宗教を排撃したわけではない。

 そこにあることを、庇護はしていた。

 だが、信仰というものが、個人の感情を超え、集団の意志を超え、権力のような力を持つことは非常に嫌っていたとされる。

 実際、彼は即位してからは、王宮の大礼拝には数えるほども出席することはなく、玉座にある王が臨席しない習慣を作ったとされたが、彼の船には聖職が存在し、礼拝も行っていたと記録が残っていた。

 ――さて、そうして自らの威光、王家の権勢を建造物で表現することを嫌った王と言われているユリウス・ガンディノが唯一、建てさせた離宮は、王宮の最北に位置し、山の上に存在するヴェネト王宮の中でも、土地自体が最も高所にあり、海から深く汲み上げる王宮の水源があった。

 当初は水を管理する塔だけが存在する場所だったそこに離宮を建てたのである。

 豊かな水源を生かした、水の庭園に囲まれた、非常に美しい水の離宮であった。

 流れ落ちる滝を円形の白い大理石の壁伝いに流し、離宮本館はその円形の壁の内部にあるという、美麗な外観は、建造当時貴族たちの中でも話題になった。

 水に守られたその姿が、特に月の美しい夜、非常に際立つことから、この離宮は【月の離宮】と呼ばれていた。


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