海に沈むジグラート45

七海ポルカ

第1話



 王宮の近衛団駐屯地から、王宮へと続く長い城壁を、煙草を吹かしながらイアンは歩いてきた。別に何か目的があったわけではなく、ただ部屋で寝てるのもなあ、と思って出てきたのだ。

 公の行事がなければもちろん城下や、スペイン海軍駐屯地の様子でも見てくるかという感じなのだが、さすがに王族まで出席している舞踏会の最中、近衛団の配置は済ませているとはいえ団長の自分が城を離れることは出来ない。

(フェルディナント、もう帰ったやろか?)

 仕事以外ではこういう浮ついた夜会には決して姿を見せない友人の顔を思い出す。

 彼も珍しく目的があり、今日は夜会を訪れているのだ。

 暇なら自分の所を訪ねてくれるような律儀さはあるが、彼も仕事なら、仕事に徹する人間だったし、フェルディナントのことである。

 夜会があるなら近衛団を率いるイアンは忙しかろうなどと思って、会いに来るのを遠慮する可能性があった。だが、何かが起こらない限り団長は暇なのである。

 よって、イアンはフェルディナントが余計な気遣いなどしないように、俺全然忙しくないよー、と分かるようにそれとなく廊下をうろついていたのだが、面妖な舞踏会は好評らしく、滅多に廊下に人も出てこず、まああの生真面目な神聖ローマ帝国の将校は任務を素早く遂行し、城を去ったのかなとも思った。

 イアンも出来るなら、フェルディナントとは城ではなく外で会って気兼ねなく飲みたい。

(そういや、ネーリと三人で飲もうや~って言ったきり飲めてへんなあ。フェルディナントとサシで飲むのも悪くないけど、ネーリと三人で飲むのも楽しそうだから飲みたいなぁ)

 いつも瞳を輝かせている、ヴェネトの少年をイアンは思い出した。

(ネーリは十六歳とか言ってたよな。酒とかまだあんま飲まないのかなあ。フェルディナントのやつも士官学校時代全然飲んでなかったしなあ。あいつがネーリに酒を教えられるとは思えへんな。そや! 俺がネーリに飲みやすい酒教えてあげたらええやんな! でもそんなことしたらフェルディナント怒りよるやろな~~)

 その時を想像してイアンは思わず楽しくなってしまった。



「イアン将軍!」



 王宮の方は諦めて、城壁の上の回廊を歩きながら楽しい想像をし、ニコニコしていたイアンは、不意を突かれてシャキーン! と背を思わず伸ばした。

 振り返ると、スペイン海軍出身の近衛兵が王宮に続く通路から駆けてくる。

「なななななんやねん突然! 別に俺は、あんな面妖な舞踏会に興味あって覗いてたんやないで! 友達が出てこんかな~と思ってちょっと見に来ただけで、別にあんなもんに混ぜてもらいたいとかそんなん全然思ってへんからな!」

「えっ? ――あっ、はい。それはもちろん……ああっ! そうではなく! で、出ました!」

「出ましたって……何がやねん」

「仮面の男です!」

 イアンは半眼になる。

「……そら仮面の男なんて今日山ほどおるやろ……」

「ち、違います! 例の、恐らく警邏隊殺しに関わっているヤツです!

 今神聖ローマ帝国軍のフェルディナント将軍が奴を追跡して……交戦中です!」

 一瞬きょとんとしたイアンは。

 数秒後吹かしていた煙草をそのまま地面に落とした。

「ええええええええええええええええ⁉ なんやねんそれは!」

 どこやねん! 彼は慌てて駆け出した。


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