推しの親愛度を『100%』から『∞』にバグらせたら推しが目の前に降臨しちゃった〜現実世界でもトップアイドルになりたいと言うので現実世界でも私がプロデュースします!〜

こーぼーさつき

プロローグ

 今の会社に入社して二年。業界的に下火なこともあり、かなりブラックであった。サービス残業は当たり前。昼夜問わずプライベートな時間でも平気で連絡は来るし。その度にプライベートを投げうって仕事の対応をしなければならない。まだ新卒入社二年目なのに心身ともにボロボロであった。

 同期は何人かいた。けれどこの酷い環境に耐えられず早々にリタイアしていった。リタイアして、どうにかなる環境があるという事実が羨ましい。私には奨学金があるのに、資格も知識も技術もない。新卒カードという唯一の武器はこの会社に入社した時点で使ってしまった。なにか人生を捨てでもやっても良いと思えることがあれば、仕事を今すぐやめても良いのだが。失敗したら借金背負って死んでも良いと思えるなにかが。まぁそこまで人生を賭けれるなにかもなくて、苦しみもがきながらこの仕事を続けている。

 そんな限界社会人の私がメンタルを壊さずになんとか維持できているのはとあるゲームのおかげであった。




 そのゲームの名前は


 『アイドルドリームズ:未来の星』


 アイドルをプロデュースする育成シミュレーションゲームである。




私はこのゲームに登場するミリアム・ナイツというキャラクターを愛していた。大好きだった。所謂推しってやつだ。

 私は女であるが、かわいい女の子を愛でることで癒される。ぽっかりと空いた心の穴を埋めてくれる。ずさずさに傷付けられた心を癒してくれる。


 ふわふわの金髪に大きな青い瞳、現実でもアイドルとして通用するルックス。

 トップアイドルを目指すという夢を持ちしっかりと努力をする真っ直ぐで熱い女の子。

 プロデューサーである主人公に全幅の信頼を寄せるが、時折嫉妬や不安も見せる。


 もうどれを見ても欠点がなく、私の癖にドストライクなキャラクターであった。そんなキャラを愛でれるのであれば尚更。精神によく効く。


 私のために生まれてきたキャラクター。大袈裟じゃなくて、わりと本気でそう思う。可愛くて、綺麗で、かっこよくて、大好きなキャラクター。彼女がいる限り、私は精神を病むことはない。例え今のようなブラック企業に勤めていようが、だ。

 ミリアム・ナイツは私の抗鬱剤と言っても差し支えない。わりとまじで。


 ちなみに『アイドルドリームズ:未来の星』はスマートフォンでプレイできる基本無料で課金要素のあるゲーム。所謂ソシャゲというやつだ。

 なので家だろうが移動時間だろうが出社してようが隙間時間があればプレイできる。スマホゲームの良いところだ。だから私は隙間時間を見つけてはポチポチ育成に励んでいた。


 このゲームにはプロデュースしているアイドルの親愛度というものがある。親愛度はパーセンテージで表記されるのだが、私のプロデュースしているミリアム・ナイツは既に『100%』を達成していた。

 色々な条件を達成するとその度に親愛度は上昇するというシステム。その上限値が『100%』。親愛度が『100%』だとやり込んでるねと周りのプレイヤーから思われる。


 とはいえ親愛度『100%』くらいなら『アイドルドリームズ:未来の星』をプレイしているプレイヤーの二割くらいは達成しているんじゃないかと思う。めっちゃムズいってわけでもないし。


 ただ私はその一歩先を行っている。目指している。

 推しのアイドルの親愛度を『100%』にしただけで喜ぶなんて甘すぎる! と私は思うのだ。

 真のオタクは全ライブでアイドルを優勝させて、特定のイベントを発生させたりとある条件下でライブを成功させることで手に入る『トロフィー』所謂実績解除をコンプリートして、現在解放されている衣装をすべて集める。

 それこそが真のオタクと言えるだろう、というのが私の持論。

 もっともここまでやり込んだプレイヤーは今まで居ない。多分。少なくとも私は聞いたことがない。なにせ時間とリアルマネーと愛が必要だからだ。どれか一つが欠けても達成することは不可能。

 難易度上位の実績も達成しなきゃいけないので時間と忍耐力が必要だし、ガチャ要素もある衣装をコンプリートするには無課金では不可能なのでお金も必要だし、なによりもリリースされてから一つのキャラクターでゲームをプレイする必要がある。

 こんなの達成できる異端児はそうそういない。


 ただそんな高みに、真のオタクに私は今なろうとしている。


 「ぐへへへへ。ミリアムー! 愛してる愛してる愛してるぞー! あと少しで達成だ……さぁ。ミリアム。トップアイドルとしてぇ! 羽ばたけぇぇぇぇ!」


 家で叫びながらプレイをする。

 今私が狙っているのは最後のトロフィー、『ミリアム・ナイツ』で5000時間ゲームをプレイするというものであった。放置するだけじゃ時間は加算されず、しっかりとゲームを走らせなきゃいけないという制限付き。ゲームがリリースされ早四年。ついにあと三十秒で達成できる。


 やっとだ。

 やっとこれで私は真のミリアムのプロデューサーになれる。


 嬉しい、嬉しい、嬉しい。


 「3! 2! 1! 0!」


 カウントダウンをして、プレイ時間5000秒を達成した。


トロフィー『真のプロデューサー』を獲得。


 これでやり込み要素もぜんぶやり込んだ。満足感がすごい。

 そんな中、本来は来ないはずのトロフィー獲得通知が来る。


 トロフィー『人生をあなたと共に』


 私は目を疑った。疲れから幻覚が見えているのかと思った。けれど幻覚でもなんでもなくて。ただただ事実がそこにはある。『人生をあなたと共に』という表記がそこにはあるのだ。


 「シークレット……?」


 聞いたことのないトロフィー名。もちろん昔調べた時にこんなのがあるなんて聞いたこともない。

 推しを愛する者として、これ以上にない報酬だ。達成感が私を襲う。やりきった感が凄い。これからどうすれば良いんだろうという気持ちも片隅にぼんやりと浮かび上がってくるが、それは見て見ぬふりをする。


 ふと親愛度を見ると表記は『100%』ではなくて『∞』になっていた。仕様かなと思ったが、イベント文章は文字化けしているし背景も所々おかしくなっているので、これは仕様ではなくバグっぽい。

 もしかしたらこれ運営も想定していなかったのかも。


 運営の想定を超える愛を推しにぶつけてやったぜ! という気持ちが大きい。とはいえこのまま続けてデータが吹き飛んでも困る。一度ゲームを閉じようかな。そう思った時だった。

 ゲーム画面は突然フリーズした。動かない。タップしてもなにも反応しない。


 「……?」


 首を傾げる。

 どういうことだろうか。


 一度スマホの電源を落とせば良いか。

 そう思った瞬間にゲームのBGMもおかしくなる。


 ガガガガガガガビジジジジジジジ


 と、壊れたラジオみたいになった。

 さすがに唐突すぎて怖くなる。ビックリした。


 早くシャットダウンしよう。

 だがまだ終わらない。


 次はスマホが輝き始めた。正確にはスマホの周りかもしれない。スマホがまるでライトのように光を持ったのだ。ありえないことだった。

 でももっとありえないことが起こる。

 スマホが浮かび始めた。重力という概念を真っ向から否定する。あれここって宇宙なの? っていう感じでぷかぷか浮かぶ。ここまで来ると驚きはない。なるほどそう来たかと感心する。

 そんな達観気味な私であったが、最後のは度肝を抜かれた。


 視力を奪うつもりなのかってくらい眩しい光が放たれる。爆発したかのような拡散具合。

 それから光は落ち着く。


 光で奪われた視力をゆっくりと取り戻す。目の前がぼやけるなぁくらいに視力が回復する。私の目の前に一人の女の子が立っていた。モザイクがかかったような視界であったが徐々に良好になっていく。そしてはっきりと顔が見えると私は絶句する。


 言葉を失うとはこういうこと。

 声が出なくなるとはこういうこと。


 混乱。幻覚。非現実。妄想。焦燥。


 思考回路が大渋滞を引き起こしても目の前にある現実は消えないし、変わらない。


 「え、ミリアム……?」


 私の目の前にいるのはミリアム・ナイツであった。私が『アイドルドリームズ:未来の星』で推していたあのミリアム・ナイツだ。

 え? なに? ゲームから出てきた? どういうこと?

 と、戸惑う。


 ミリアムは私の戸惑いに気付かないで、可愛らしい笑顔を浮かべる。

 それからしっかりと目を合わせて口を開く。


 「プロデューサー、私をトップアイドルにしてくれてありがとう! こっちの世界でもトップアイドル目指したいから、プロデューサー。私のプロデュース、お願いできますか?」

 「えっ……ええええええええええええええ!?」


 人生で初めて心の底から叫んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

推しの親愛度を『100%』から『∞』にバグらせたら推しが目の前に降臨しちゃった〜現実世界でもトップアイドルになりたいと言うので現実世界でも私がプロデュースします!〜 こーぼーさつき @SirokawaYasen

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ