第4話 面倒な客


保育園の後、今日はバーでの勤務日。

制服に着替え薄くメイクをし、髪を縛ってから耳にシルバーのカフスに繋がったチェーンのピアスを付けるのがバーでのツキのスタイルだ。

保育園ではメガネに緩いハーフアップなので全く雰囲気が違う。

昼間のふわふわした印象からクールなスッキリとした雰囲気へ変えている。

これはツキなりの保護者に会う危険性も考慮した上のカモフラージュである。

自分都合で昼夜働いている事や、周りには迷惑をかけたくない気持ちから来ていた。


今日は初めて見かける2人組のサラリーマンが仕事の延長線でバーを利用していた。

営業職なのだろう。

こういった利用も多い為、特に珍しくもないのだが、ただ自分への視線をやたらと感じた。

2人の相手はマスターがしており、楽しそうに談笑はしていたが、やはり視線を感じる。

しかしそれも珍しい事では無い為、いつも通りに他の客の注文や短い会話のやり取りをする。

話しかけては来ないものの、その会社員は退店するまでやたらとこちらを見ていた。


・・・・


翌日、閉店の少し前にその男はまた店に来た。

見た目はツキよりも少し若い印象の爽やかな感じでザ・営業マンといった雰囲気だ。

彼はツキの前のカウンター席に座ると、


「昨日も来たんですけど、覚えてますか?」

と、唐突に声を掛けて来た。


「はい。」


「良かった!この店すごく雰囲気が良いのでとても気に入ったんです。入って本当に正解でした!閉店前なのにすみません。帰ろうかとも思ったんだけど入りたくなっちゃって。」


『明るい…しかもやたら言葉の主張が強い。ぐいぐい来るタイプは面倒だな…』

咄嗟に気持ちが引く。


「まだ大丈夫です。ご注文は?」


「じゃあ、ウィスキーロックで」


・・・・


ツキが酒を提供するまで視線をひたすら感じたが、「どうぞ。」と、酒を出す。

何を話し出すのかと少し身構えていたのだが、その後は特に話しかけて来る事も無かった。

飲み終わると彼は「また来ますね。」

と、にっこり微笑んですんなり帰って行った。

昨日に引き続き彼から視線を感じたがどうでも良い事なのですぐに忘れた。


店が終わると同時にスマホにメッセージが入る。


『外で待ってる』


『わかった。片付けたら出るから。』


・・・・



「お疲れ様です。」

マスターへ挨拶をして店外へ出るとセフレの壮一が地下の店内へ続く階段の上で待っていた。

ツキを見付けると笑顔で近くへ来て「お疲れ。」と一言声を掛けて来た。

当たり前の様にツキの荷物をサッと持つと並んで歩き出した。


壮一は短髪のガッチリしたスポーツマン体型の長身の男で、ツキより頭1つ分は背が高い。

ツキは壮一が何の仕事をしているのかは知らなかったが大体呼べば来るし、急に連絡をしても断られ無いのでジュリに呼ばれない時やそのまま眠れるくらい疲れている時以外は壮一へ連絡する事にしている。

ツキの隣に並びながら嬉しそうな様子の壮一と一緒に自宅へ向かった。


・・・・


また別の日にあの若い会社員が来た。

ツキの前のカウンター席に座ると今日は自己紹介付き。


「こんばんは。これから常連になるんで名前教えて下さい。俺は日渡千景です。この近くの会社で営業してます。」


「あ、はい。(興味ない)」


「あの、貴方の名前は?教えて下さい!」


店に来る度、よく笑ってるヤツだな。と思っていたが、案の定今日もにこにこと愛想良く話しかけて来た。

バーでの勤務時のツキは園での反動でほぼ無表情である。

キラキラした笑顔で問いかける千景の顔をじーーっと見てから仕方がないといった様にスッと俯き


「ツキ…です。」と答えた。


「ツキさん…苗字は?」


「…すみません。フルネームはちょっと…。」


「あ、馴れ馴れしくてすみません!これから時間がある時には飲みに来るので、もし仲良くなれたらその内教えて下さいね!」

いちいち爽やかな反応だ。

仲良くなるなんて嫌に決まっている。

こいつに塩対応を決め込む事を決定した瞬間だった。


急に通い始めたこの日渡千景を少し不思議に思いつつ、来ればにこにこ話しかけて来るので安定の塩対応で交わし続けた。

ツキの素っ気ない態度は、大して身体も大きくない自分の身を守る為でもあるのだが、無駄に興味を持たれない為でもあるので、客への態度はいつも通りである。


今日も盛り上がらない会話だったが、店に来ると笑顔でツキに話しかけてくる。

特に害がある訳では無いのでマスターも助け舟を出す事も無く本当にただの常連客になっていた。


・・・・


また別日。

今日もにこにことカウンター越しにこちらを見ている。


『こいついっつも何が楽しいんだ?本当はバカなのか?』と思いながら目を合わせない様に今日も注文された酒を作る。


「ツキさんって、恋人っているんですか?」


「いないよ。興味ないし。」


「そうなんだ。じゃあ、何歳?」


「…ご想像にお任せします。」


「ふ〜ん…。」

適当にあしらってはいるが別に嘘はついていない。


酒のグラスが空になると「また来ます。」と爽やかに笑い、今日も閉店間近に帰って行った。


・・・


今夜はジュリと店の前で落ち合う。


「お疲れ様♡」

と、嬉しそうにツキに飛び付くと、ほっぺにチュッとする。

いつも溺愛モードなので少し困り顔になるツキだがジュリの好きな様にさせていた。

2人は手を繋ぎながら歩き出し、タクシーを捕まえマンションへ向かった。


店から少し離れた場所でその様子を睨み付ける様に千景が見ていた…。

そして、彼がバーに通い詰めていた目的をツキが知るのはもう少し先になる…。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る