3話 面倒な客


保育園の後、今夜はバーの仕事がある日。


制服に着替え他にも、髪を縛り、薄くメイクをして、耳にシルバーのカフスチェーン付きのピアスを付けるのがバーでの僕のスタイルだ。


保育園ではメガネに緩いハーフアップだから、昼間の知り合いに会う危険性も考えてのカモフラージュのつもりで雰囲気を変えている。


本当なら何もせず髪の毛も下ろしっぱなしにしていたいし、正直めんどくさい……


でも、自分都合で昼夜働いているし、周りに迷惑をかけたくない気持ちから使い分けている。

 

 

今日は初めて見かける二人組のサラリーマンが仕事の延長線なのか、店に入ってきた。


見た感じ、営業職らしい雰囲気で、こういった利用も特に珍しくもない。


……ただ、一緒にきた──若い男の方からのやたらと視線を感じる。



二人の相手はマスターがしていて、楽しそうに談笑はしていたが、やはり視線を感じた。


でも、そんなこと珍しくない。


──きっと僕が男なのか、女なのか観察してるんだろう。


僕もいつも通り、他の客の注文や短い会話のやり取りをする。


話しかけては来ないものの、その客は退店するまでやたらとこちらを見ていた。




翌日、今夜もバーで働いていると、閉店前にその男がまた店に来た。


よく見ると、僕より少し若い印象だった。


身だしなみに気を遣っているのか、センター分けの緩いウェーブの髪型からは”できる営業マン”といった雰囲気だ。



彼は僕の目の前の席に座ると


「昨日も来たんですけど、覚えてますか?」


と、唐突に声を掛けて来た。


「はい……」


「このお店、雰囲気がいいですよね。閉店前にすみません」


話し方はハキハキと明るい──でも、なんか話し方に違和感があった。


押しの強いタイプは面倒だな……


そう感じると、無意識に身構えてしまう。



「まだ大丈夫です。ご注文は?」


「じゃあ、ウィスキーロックで」



僕が酒を提供するまで、彼の視線をずっと感じた。



彼が何を話し出すのかと少し身構えていたけど、酒を出すまでの間特に会話はなかった。


何か考えているのか、グラスの中身が空になると


「また来ますね」


と、爽やかに微笑むと、帰って行った。


昨日同様に、彼から視線を感じたけど、特に印象にも残らない。


僕にとって、彼の視線の理由なんてどうでもいい。


閉店作業を終える頃には忘れてしまっていた。



店が終わると同時にスマホにメッセージが入る。


《外で待ってる》


《わかった。片付けたら出るから》


ジュリじゃないもう一人の相手──壮一からの連絡だった。




「……お疲れ様です」


マスターへ挨拶をして店外へ出ると、壮一が地下の店内へと続く階段の上で待っていた。


僕を見つけると、笑顔で近くへ来て

「お疲れ」

と、声を掛けて来た。


当たり前のように僕の荷物を持つと、横に並んで歩き出した。



壮一は、長身で短髪、がっしりとしたスポーツマン体型で、僕より余裕で頭1つ分は背が高い。


僕は壮一が何の仕事をしているのかは知らないし、知りたいとも思っていない。


壮一はたいてい呼べば来るし、急に連絡をしても断られない。

だから、彼と会うタイミングは、その日の気分で決めている。


仕事で限界まで疲れている時以外は、壮一と過ごすことが多い。

僕の隣で、嬉しそうに歩く壮一と一緒に自宅へ向かった。



また別の日に、あの若い会社員が来た。


僕の前のカウンター席に座ると、軽く挨拶をしてから自己紹介をしてきた。


「これから常連になるんで、名前を知りたいんですけど……俺は日渡千景です。この近くの会社で営業しています」


「……あ、はい」


突然の出来事に驚きを隠せなかった。


「あの、あなたの名前は?何て呼んで良いんですか?教えて下さい!」


まだ酒を出していないのに、陽気に話しかけてきた。


店に来るたび、よく笑うヤツだな……くらいにしか思っていなかったけど、案の定今日も愛想がいい。


彼の質問に答えないといけない空気感に押され、

「……ツキです」と渋々答えた。


「ツキさん。苗字は?」


「……すみません。フルネームはちょっと……」


「馴れ馴れしかったですよね!すみません。よかったら仲良くしてください」


いちいち大げさなくらい爽やかな反応だった。


僕としては、急に踏み込んでくる奴と仲良くなるなんて嫌に決まってる。


僕と仲良くなってどうするつもりだ?


嬉しそうなこいつに、塩対応を決め込むことを決意した瞬間だった。



その日を境に、急に店に通い始めた日渡千景を少し警戒しながら、それでも店に来ると嬉しそうに話しかけてくるので、冷めた対応でかわし続けた。


接客業なのに、態度が悪いと思われてしまうことは、わかってる……


でもそれは、客に無駄な興味を持たれないためと、大して身体も大きくない自分を守るためで──

マスターにも許可をもらっている、僕なりの接客術だ。



今夜も彼との会話は盛り上がらなかったけど、店に来ると必ず笑顔で僕に話しかけてくる……


だんだんと、あの”にこにこ顔”が、ヘラヘラしているように見えてきた。


こうして日渡千景は、とくに害があるわけでもないので、マスターも僕に助け舟を出すこともなく──

本当にただの常連客になっていった。



また別の日──


今夜もにこにこしながらカウンター越しに僕を見ている。


さすがの僕も……


「こいつ、いっつも何が楽しいんだ?本当はバカなのか?」


と、若干イラつきながら、目を合わせないように注文された酒を作っていた。


──すると。


「ツキさんって、恋人いるんですか?」


「いないよ。……興味ないし」


「そうなんだ。じゃあ、何歳?」


「……ご想像にお任せします」


「……へー」


適当にあしらってはいるが、別に嘘はついていない。


千景のグラスが空になった。


「また来ます」と、やはり今日もヘラヘラ笑いながら閉店間近に帰って行った。




今夜はジュリと店の前で待ち合わせをしている。


ジュリは店から出てきた僕に気づくと「お疲れ様♡」と言って嬉しそうに飛びついて、頬にキスをしてきた。


今日もジュリは僕に対して安定の溺愛モードだ。


だけど、さすがに外だと恥ずかしくて、困った表情になってしまう。


それでも、ジュリは嬉しそうだ。


二人で手を繋ぎながら歩き、タクシーに乗ってジュリのマンションへ向かった。


 

その時、店から少し離れた場所で、僕とジュリの様子を睨み付けるように千景が見ていた──。


そして、彼がバーに通い詰めていた目的を、


──僕が知るのはもう少し先になる……

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