隣の席の女子が、テレパスらしい件

トオル.T

隣の席の女子が、テレパスらしい件

 おれの隣に座っている夢前ゆめさきさんが、いわゆるテレパスなんじゃないか? と思ったのは、二学期が始まってしばらくたった頃だった。初めは我ながらアホすぎる思いつきで、でもあまりに思い当たることが増えすぎて。

 とはいえ直接に「あなたはテレパスですか?」と訊くのも普通に正気を疑われそうな気がした。

 そこで、ちょっとした遊び気分の確認ゲームを始めてみたのだった。

 その結果として、なぜかいま夢前さんが、おれの前で白目を剥いて悶絶していた。

(えっと。おれ、どうすりゃいいんだ?)

 話は一学期にまで遡る。


 普段の夢前さんは、物静か……というよりも、はっきりと無口で、目に覆い被さるほどの前髪に隠れるように、いつもうつむいていることが多い人だ。しゃれっ気がなく、常にあからさまな目立ちたくないオーラを放っていると言っていい。

 しかしおれは、夢前さんの髪に隠された素顔を知っている。

 高二に上がってすぐ、初めて同じクラスになった夢前さんが、たまたまおれの前で、持っていた荷物を盛大にぶちまけたことがあった。

 小さめのダンボール箱に入ったそれは何かの教材で、先生から職員室に運んでおいてと頼まれたものだったらしい。慌てて散らばったものを拾い始める彼女に、ほかにすることもなかったおれは「手伝うよ」と告げて返事も聞かず、回収作業を手伝った。そうして、どうやら中身を集められた箱を再び抱え、夢前さんがちょっと息荒く立ち上がったとき。

 まだしゃがんだままだったおれがふと見上げると、長いくせっ毛の下に隠れた夢前さんの瞳と、ばっちり目が合ってしまった。いまから思えば、何か言おうとしていた夢前さんが、それによって一瞬言葉を失ったようにも感じられた。

 そのあとのおれの行動は、我ながらちょっと紳士であったとは言いがたい。おれはつと立ち上がり、箱で両手の塞がった夢前さんの前髪を、勝手にひょいとかき上げてしまったのだ。そして現れた夢前さんの顔たるや。

(え! うっそ? 超どストライクにかわいいんだけど!)

くっきり眉に大きめの猫目、高くはないが愛嬌のある鼻、少しぽってりした唇。万人受けするような美貌ではないが、ことおれの好みに関して言うなら、これ以上どこをどういじる必要があるのか? てくらいに完璧な造作だった。


 目が合ったときに、既に予感はしていたのだ。だからつい本能の求めにしたがって、美の真実を追究する行動に走ってしまったのだが……。イケメンでも何でもないおれごときが、普段話したこともない同級生女子の髪に勝手に触れば、そのあとどうなるのかくらい誰だってわかる。

「っい! いやぁぁぁぁぁっっ!」

おれの感動と恍惚の時間、わずか0.5秒。

 悲鳴とともに、夢前さんは脱兎のごとくその場から逃げ出していった。いや逃げる前にビンタされなかったのが不思議なくらいだった。

 それからおれにはしばらく痴漢疑惑が持ち上がることになるのだが、夢前さん自身が否定してくれたことで鎮火し、どうやら大騒ぎには至らなかったらしい。いずれにせよ、それですっかり夢前さんとは接触しづらくなり、以降まともに口も利けていなかった。

 せっかく好みにドンピシャの美少女が同じクラスにいるとわかったのに、このヘタレめが、と誹りを受けようとも、まあ平と凡に生きるおれには、遠くから眺めるのがほどほどの身の丈ってものなのだ。

 それなのに、学期ごとに一回ずつしかない席替えの結果、二学期のおれの席は、最後列で夢前さんの隣になってしまったのである。


 これはラッキーなのか、はたまたアンラッキーなのか。

 さすがに毎日理想の美少女が隣に座っていたら、おれも意識せざるを得ない。しかし隣では却って眺めるのは難しくなるし、つい彼女のことを考えるあまり、気持ちが行動に出てしまい、「キモい」とさらに嫌悪感を積み増しされる可能性もある。さしものおれも、いまよりもっと嫌われたいなどと考えているわけではない。単純に近くにいられて嬉しいとばかりは言えないのだ。

 そうした葛藤もあり、せっかく隣にいてもおれと夢前さんはほぼ会話もなし。朝の挨拶ぐらいはこちらからすれば返してくれる、その程度の関係が続いていた。ところがある日、その日の最後の授業で、おれは手元に教科書がないことに気づいたのだった。

(ない? 忘れてきた? いやそんなはずは……)

昨日、カバンに入れるとき確認したのはちゃんと覚えている。しかしいまここには、肝心の現国の教科書が見当たらない。

(……あ!)

そうだ、今日の午前中、別クラスの荻原おぎわらに貸したのだった。あいつが教科書忘れたから貸してくれ、と泣きついてきたとき、午後にはこっちの授業があるから必ず返せ、と言って渡したのに、あの野郎、結局持ってこなかったんだ。くそう、いまからではもう授業が始まってしまう。あんないい加減なやつに貸すんじゃなかった。

(うわ、どうしよ)

おれが忘れたわけじゃないのに、こんな割に合わない話はないだろう。荻原に貸したから持っていません、と先生に言っても無駄なことだ。アホか、なんで返してもらわないんだ? で済まされてしまうに違いない。


 (うう、まいったな)

おれが途方に暮れていると、ふいに隣から声がかかった。

萱森かやもり君」

(ん?)

まさか夢前さんから名前を呼ばれる日が来るとは思いもしていなかったので、反応するまでかなり時間がかかってしまった。

「……あ、はい」

まさに間抜けというにふさわしいほど間が空いた後、おれは夢前さんを見た。

「あの……教科書、ないの?」

おれが夢前さんと正面から向き合うのはあの日以来だが、今日は残念ながらその美貌は前髪に隠されている。いや惜しいことだ。

「うん」

あとから考えると、引っかかりはあった。おれの窮状に気づかれただけでなく、教科書を「忘れたの?」と言わずに、「ないの?」と訊かれたことだ。しかしこのときには、そんな細かいことを気にしているゆとりは全然なかった。なぜなら夢前さんが、「じゃあ、一緒に見る?」と続けてきたからだ。

(え? えええ! お、おれが、夢前さんの教科書を一緒に?)

内心のドキドキを懸命に抑えても、表に出さないようにできた自信はなかったが、何とか声は出せた。

「い、いいの?」

「だって、ないと困るでしょう?」

夢前さんがこれほどしゃべるのを聞いたのは初めてだった。授業中、先生に指名されたときなどはさすがに別として、おれ以外の誰かとであっても、二往復以上の会話をしているのは聞いたことがなかったからだ。

「あ……助かる。ありがとう」


 そこでおれたちは互いの机をくっつけ合い、ひとつの教科書を共有して授業を受けた。

(やさしいなぁ、夢前さん。嫌いな男子相手にも親切にできるなんて、すげーわ)

既に荻原に感じていた怒りは消え失せ、むしろ感謝の念に変わってすらいた。今日くらい近づくと、普段はわからない夢前さんの息づかいや匂いまで感じられる。

(うわぁ、夢前さん、かわいいだけじゃなくて匂いも素敵なんだなぁ。やべえ、いまおれめちゃくちゃ幸せなんじゃね? いいのかおれ、こんな目に遭ってて。これ、明日死んじゃうフラグなんじゃね?)

もちろん、自分の机のエリアより向こうには決して侵入しないよう、そして間違っても夢前さんの手におれの手が触れたりしないように、細心の注意を払ってはいた。だが頭の中ではそんなことばかり考えていたので、せっかく見せてもらった教科書があっても、何も見ていないよりもっと授業の中身は入ってこなかった。

 いっぽうの夢前さんはといえば、むしろちょっと動作がぎごちないというか、やや強ばった感じ。やはりおれに教科書を見せるってのが負担なんだろうなぁと申し訳ない気持ちになる。チラリと盗み見た横顔は、相変わらず前髪で隠されていて表情を窺うことはできなかった。

 ただなんとなく、いつもより頬が染まっているような気がしたのだが、まさかおれ相手に赤くなるなんて、そんなことはあり得ないし、ただの錯覚だったのだろう。


 それでもおれの満たされた時間はあっという間に過ぎてしまう。そうして授業が終われば、夢前さんはそそくさと机を元の距離に離して、教科書をしまい込んだ。名残惜しさは尽きないが、この距離が普通であり、いつも通りなのだ。いまの時間はスペシャルボーナスタイムだったのだと思えば、ありがたみしか感じない。

「夢前さん、ありがとう。助かったよ」

おれがあらためて礼を言うと、夢前さんはこちらに顔を向けず、そっぽを向いたまま言った。

「……前に、落とした荷物拾ってくれたでしょ。だから、そのお返しをしただけ」

言葉と一緒に、鼻先がついと動く。

 その仕草。いっそおれの鼓動が停止するくらいの衝撃だった。

 これは……このセリフとポーズは。

(……『ツン』だ。こ、これはまさに『ツン』! ええ、なんて日だ今日は。まさか夢前さんの『ツン』がこの目で見られるだなんて! やっぱりおれ、明日死ぬのか? マジにそうなのか? 荻原ぁ。おれはもう、お前に一生感謝しかしない! もう教科書返ってこなくても良いくらいだ! こんな至福が訪れるとは……)

ぎゅっと目を閉じ、いまのシーンを何度も脳内でリプレイする。もちろん途中で、前髪を脳内トリミング加工し、あの素敵な瞳が見えるバーションにもアレンジして堪能した。


 そして、おれは思いついてしまう。

(そうか、もしも……あり得ない話であるとしても、だ。このあとに、「だ、だから……この前は言いそびれちゃったけど、わたしからもありがとう……」なんてセリフが上目遣いに出たりなんかしたら!)

それは『デレ』だ。まごうことなき『デレ』だ。そうして二つが揃ったとき、そこにはパーフェクトな『ツン・デレ』が完成するのだ。それはまさに比類なき芸術品の輝きを示すに違いない。

(夢前さんの『ツン・デレ』! 夢前さんの『ツン・デレ』! うわやっべ! それやっべ! 見てぇぇぇ! 見てえけど、でもそんなん見ちゃったら、おれ絶対悶死しちゃうわ!)

暴走した妄想に、クーっとひと悶えしたおれが目を開けると、そこにはもう夢前さんの姿はなかった。

「ん?」

なんかバタバタと音がしたので教室のドアから廊下を覗くと、当の夢前さんが全速力で廊下を走り去っていく後ろ姿があった。はてな、トイレでも我慢していたのかな? とおれは首を傾げた。


 このときあたりから、どうもおれの頭の中の妄想に、夢前さんが反応しているような気はしていたのだった。まだそうした意識は明確にはなかったものの、なんとはなしに、夢前さんに気持ちを読み取られている前提で、夢前さんのことを考える。そんな遊びをちょこちょこと始めていたのである。

 例えば、音楽の授業のときだ。

 その日はバレエ曲の「白鳥の湖」を教材にしていた。音楽だけではなく、バレエとしてどのような舞台にされたのかも授業で学び、おれはそこで初めて、白鳥ばかりではなく黒鳥も出てくるのだと知る。授業を受けるまで、おれはそもそも話のあらすじさえ頭になかったからだ。

 で、とりあえずはまずヒロインらしい白鳥のオデットに、夢前さんを当て嵌めてみる。

(んー?)

なんか、違和感しかなかった。なぜだ? ヒロインだぞ? お姫様なんだぞ? なのになぜ似合わない。

「あ」

そこでおれは思いつき、オデットではなく黒鳥のオディールにしてみた。

(やだ、どんぴしゃ……?)

おれがそう思った瞬間、夢前さんの身体がぴくりと反応した……気がした。

 続いてジークフリート王子におれを当て嵌めてみようとしたが……これは違和感どころかキャストミス以外の何ものでもなかったので即座に却下。さてじゃあ誰なら……と思ったものの、あと名前のちゃんと付いた男役と言えば、悪魔ロットバルトくらいしか出てこない。

(ロットバルトかぁ。王子よりは合うかもしれねーが、おれじゃあ、全然強そうに見えないよなぁ。王子を倒すどころか、瞬殺されそうだもんなぁ)

と、そこまで考えて気がついた。

(いやいや! そもそもロットバルトとオディールは父と娘じゃねーか! 親子になってどーすんだよ?)

自分の妄想へセルフ突っ込みした瞬間、「ぶふっ」と吹き出す声。見ると夢前さん、こんどはしっかりと口を手で押さえていた。おれの気のせいではない。


 で、おれはひとまずロットバルトを、うちの高校の教員中でもっとも強面かつゴリマッチョの体育教師である郷原ごうはらに変更。これでどんなイケメン王子がかかってこようとそいつに勝ち目はなくなった。そのうえで白鳥ダンサーズを全員、クラスのおれ以外の男たちで揃えてみた。……いやなにか、海外に団員全員が男のバレエ団があるって話を聞いたことがあったからだ。通常女性が踊る役も、ぜんぶ男がやるんだと。

 そうして黒鳥夢前さんの周りを、ロットバルト郷原の操る白鳥ダンサーズ(♂)が輪になって踊り狂うシーンが脳内に完成したそのとき。

 ぎりりっ!

(え? 何いまの?)

そうっと横目に夢前さんを窺うと、彼女は拳を強く握り締め、顔を伏せて……耐えていた。必死になって堪えていた。拳が小さくぷるぷると震えている。

 どうやら、夢前さんが歯を食いしばって耐えたときの歯ぎしりの音だったらしい。何に? 吹き出しそうなのに、だろう。

(いまのタイミング……まさかおれの妄想に反応してた?)

ココで頷いてくれたら話が早いのだが、さすがに質問めいたいまの思いにまでは、夢前さんの反応はなかった。


 そして別の日。

 おれは朝から体調が悪かった。腹を下していたのだ。

(朝からアイスふたつは多かったか……)

登校前につい、冷凍庫のカップアイス二個を立て続けに食べたのは、ちょっと調子に乗っていたかもしれない。しかもひとつはかき氷だ。

(うう、お腹イタイ……)

とはいえ、休み時間にはまだ間がある。ここで手を挙げて、「先生、お腹痛いんでトイレ」は言いづらい。

 いや小学生か? て話だが、やっぱり授業中の「大」は高校生になってもちとハードルが高いのだ。

(あー。どうしよ? さすがに我慢できなくなったら手挙げるしかねぇ……)

おれが脂汗を流しつつ、寄せては返すお腹の波と戦っていると、ふいに隣の夢前さんがぱっと手を挙げた。

「先生。萱森君が体調悪そうなので、保健室連れてっていいですか?」

(え?)

おれはびっくりして夢前さんを見る。

「なんだ? 萱森、自分で言えないくらいなのか?」

教壇の砂川すなかわがおれに目を向けて言った。

「ああ、確かに顔色悪いな。ええと、保健委員は誰だっけ?」

「わたしです」

手を挙げたまま夢前さんが応える。

「ああ、そうだったか。じゃあすまんが夢前、頼めるか」

「はい」

そうして夢前さんはおれに向き直り、「行きましょう。歩ける?」と言った。


 ところが廊下に出てしばらく歩いたあと、無言で先に行く夢前さんがつと左に折れた。

「あれ? 保健室そっちじゃな……」

振り返った夢前さんは一言。

「お腹痛いんでしょ? 先にトイレ行ってきたら」

おれはぽかんと夢前さんを眺めたあと、「う、うん」と頷いてその先の男子トイレへ駆け込んだ。

(おれ、そんなわかりやすく腹痛そうにしてたのかな)

と首をひねりながら。

 いずれにせよこれで、おれは(ある意味)一命を取り留めたのだった。


 そんな、で済ませるにはちょっとなぁ、ということが何度かあり。さらに言うなら、見ている限りでそうしたやり取りがあるように感じられ……いやこれは自意識過剰かもしれない。

 ともあれ、ちょっと大胆に妄想の幅を広げてみることにした。

 好みの女の子との大胆な妄想とくれば、健康な男子の考えることはまず一番に肌色成分多めのアレになるわけだが、さすがにそれはセクハラだ。彼女を辱めたいわけではないので、ではどうするかというと……辱められるのはおれのほうにした。

 で、夢前さんの手に、鞭を持たせてみた。

 着せるのはボンデージという手もあったが、それもやはりセクハラになりそうだ。

 そこで夢前さんのコスは、軍服にする。それも、将校クラスの帽子付きのやつだ。

 いやおれもデザインの詳しいことはわからない。ただイメージはソッチ系統だ。

 そして最大のポイントは、右目を覆う黒の眼帯。このアイテムは外せない。

 縛り上げられ拘束されたおれを前に、革のロングブーツのかかとをカツンと鳴らした夢前さん。その左目だけでこちらを冷たく睨め付け、鞭の柄でおれのあごをくいっとやるのだ。

「さて、吐いてもらおうか」

何を吐かされるのかは全然考えてない。そもそもなんでこういうシチュエーションなのか、細部を決めてなかった。だからおれは何も答えられない。

 夢前さんが鞭で床をぴしりと叩く。

「だんまりか? 痛い目に遭って吐かされるほうが好みか」

もう一度ぴしり。さっきよりもおれの身体に近い。

 やばい、次は当てられそうだ。

 そこで夢前さんは、おれの耳元で声を落として囁くのだ。

「……素直に吐けば、ご褒美をやってもいいんだぞ?」

ご褒美! なんと甘美な響きだろう。自分で妄想していながらおれの胸がときめいてしまう。

「は……」

思わず妄想に返事しそうになったそのとき、おれのリアルなほうの耳にもかすかに声が入ってきた。

「……めて……ねがい」

え? と思わずおれが隣を見ると、夢前さんが傍目にもわかるほど真っ赤になって、ぷるぷる震えながら小さく声を挙げていた。

「お願いだから……もう……それ止めて……」

前髪の隙間からちらと見えたうるうるの瞳に射抜かれて、おれは素直にこくこくと頷いた。


 そうしてこの日、おれはなんと問答無用で、いきなり夢前さんの家に連行されたのだった。おれに拒否権はなかったし、あったとしても行使する気はさらさらなかったが、それでもこの急展開には心臓バクバクだった。

 家に着くなり、そのまま真っ直ぐ夢前さんの部屋に入った。いやもう口から心臓が飛び出そうだ。

「座って」

夢前さんに言われたとおりに、おれは床のクッションに尻を落とす。だがそのまま夢前さんはじっとこちらを見るだけで、何も言わない。おれ、なんで連れてこられたんだろう?

 間が持たなくなり、おれはついに、本人へ直接疑問をぶつけてみた。

(えっと。もしかして夢前さんは、おれの心が読めるの?)

「……ええ、そうよ」

声に出してはいないはずなのに、夢前さんはちゃんと返事をくれた。ということは……!

「すっっげぇぇぇ! ほんとにテレパスなんだ? いやマジびっくり! ねえ、それいつから? どこまでわかるの? 言葉になってなくても伝わる? あ、イメージはどうなの? 絵も見えるのかな?」

飛び上がらんばかりに興奮して矢継ぎ早にまくし立てるおれに、夢前さんはびくっと文字通り引いた様子で、慌てて両手をおれに突き出した。

「ま、待って! ちょっと待ってよ萱森君!」

いやそんな、襲いかかったりはしないよ? ただ、それでおれもはっと我に返る。

「あ、ご、ごめん。つい興奮しちゃって……」

謝るおれに、夢前さんはちょっと言いづらそうに「あの……」と口籠もる。

 おれは首を傾げつつ待った。

「あの……萱森君って、わたしのこと怖がってないよね? なんで?」

たぶん、おれは相当にきょとんとした間抜け面を晒したのだと思う。それを見て夢前さんが続ける。

「心が読めるなんてキモいとか、そういうのもなさそうだし……?」

「……え、なんでって?」

訊き返して、でもおれは自分で「ああ」と納得する。

「そりゃ、おれか夢前さんのどっちかに、悪気があったら怖いと思うよ」

相手のことが嫌いだったり、騙そうとか、利用してやろうという心づもりがあるのなら、こんな恐ろしい能力はないだろう。傍にいるだけで心を覗かれると怯えて、どうにかなってしまいそうだ。

「でも、夢前さん、おれに親切にしてくれたでしょ? だから別に怖いとかはなかったな」

「わ、わたしは!」

夢前さんがちょっとわたわたしている。

「……わたしはそうでも、萱森君は? なんでわたしの隣にいて平気なの?」

「おれ? だっておれは……」

(夢前さんが好きだから!)

開き直って告白してみた。

 すると夢前さんは、見る間に真っ赤になって、わなわなと震え始める。

 おおお。ほんとに伝わってるんだ?

 そこでおれは。

「あ、ごめん、間違えた」

「……えっ?」

(夢前さんが、大・大・大好きだから!)

言い直してみた。

 そうして、夢前さんはおれの目の前で、白目を剥いて気絶してしまったのだった。


 「夢前さん、大丈夫? しっかりして」

夢前さんの肩を遠慮がちに揺すりながら声をかけていると、やがて「はっ?」という感じで彼女は意識を取り戻した。

「あ……? 萱森……くん?」

「良かった、気がついた? どうなの気分は? 平気?」

すると夢前さんの目からぽろぽろ涙がこぼれだし、彼女は両手で顔を押さえて静かに肩を震わせた。

(え、やば。おれ、やらかしたのかな? おれなんかから告白されたら迷惑だったか?)

そう考えた途端、夢前さんは全身をぶんぶんと横に振ったので、どうやらそれは勘違いらしい。そこでおれは夢前さんが落ち着くまで、ただ待つことにした。

 やがて夢前さんは、ぽつぽつと能力について話してくれた。

 テレパスの力は、夢前さんの先祖から代々、女性のみに時折発現するものらしい。夢前さんの前はお祖母さんで、お母さんに力はないそうだ。娘にこの力があると知ったお母さんが最初にしたことは、「ほかの人に知られてはだめ。絶対に内緒にしなさい」と強く言い聞かせることだったという。

 代々の能力者は、苦労した人のほうが多かったようだ。周囲に知られるとたいていは気味が悪いと迫害されて、酷いと命の危険にさらされるか、そうでなければ金儲けなどに利用しようとされるからだ。怪しい宗教の教祖に祭り上げられた人もいたという。

 夢前さんのお祖母さんは、夢前さんが生まれるより前に亡くなったというが、娘である夢前さんのお母さんに、今後現れるかもしれない子孫の能力者への教育について、具体的かつ詳細に口伝えていたのだそうな。お祖母さんご本人は、うまく世間から能力を隠し通した、かなり頭の良い人だったらしい。

「いちおう、訓練方法も教わっているの」

「訓練?」

「放っておくと、どんどん周りの思いが頭に入ってきちゃうから、それを聞かないようにするとか、そういう……」

「ああ、なるほど」

ただ、それを伝えるお母さん自身には能力がないので、わかりにくいところも多かったという。

「あと、なるべく目立たないように生活する習慣付けとか……」

あ、それは気のせいじゃなかったのか、とおれは思う。だってこんなにかわいいのだ。意識して地味にしていなければ、何もしなくても目立つことはあるだろう。

 おれの思考に反応したらしく、また夢前さんがぽっと頬を染める。

「でも、やっぱり中学生くらいになると……その、男子からエッチな目で見られたりするし……」

「ぐは」

おれにダメージ999。

「……ごめん」

世の中の全男子に成り代わり、謝っておく。申し訳ないが、たぶん中高生男子の多くは、かわいい同級生相手に下世話な肌色妄想をしたことがあるはずだ。それが相手に筒抜けだったら……いやもう死ねるわ。

「すごく真面目そうに見えても、心の中で酷いこと考えてる人も多くて……」

なるほどなぁ。しかし、そんなこと繰り返していたら、男性不信……つか、人間そのものを信じられなくなるのじゃなかろうか?

(え? もしかして、テレパスって思ってたよりずっとツラい能力だったりしないか? 普通に世の中で生活するにも、相当苦労させられるんじゃ……?)

おれは、安易にテレパスすげーと感心していたことを恥じた。夢前さん、おれが想像していたよりはるかに健気に生きてきたのかもしれない、と反省したのだ。

(ん? じゃあ、おれの心が伝わるのも、苦痛だったりしたのかな?)

「ううん」

夢前さんが首を振る。

「萱森君は、口に出していることと心で思っていることが、だいたい同じだし……イヤじゃなかった、よ?」

ふと気づくと、夢前さんの顔がすぐ目の前にあった。そして、そしてなんと、前髪が上がって顔が見えていた。

(いっ?)

そこには潤んだ大きな瞳で、じっとおれを見つめる夢前さんがいた。頬を染め、唇がちょっぴり開いて、いやもうこれちょっと、おれどうしたら? ち、近い近い! だ、だめだ、吸い寄せられる? わああああ! そんなところで目を閉じないでぇぇぇっ!


 一分後。

 生まれて初めての衝撃キスに放心したままの萱森に寄り添い、夢前千佳穂ちかほは母の、祖母の教えを思い返していた。

「能力を秘めて生きていくのはとても大変。でも、理解してくれる伴侶に出会うことはもっと大変」

だから。

「もしも出会えたら、あらゆる手を使って籠絡なさい。そして、決して逃がしてはだめよ?」

そう、千佳穂は出会ったのだ。

(これからよろしくね、萱森君)

そうして、萱森の耳元に囁いた。

「わたしも大好きよ」


<了>

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