第2話 女神との邂逅と理の変換

 気づけば見知らぬ場所にいた。何もない真っ白な空間だ。先程まで我は街の宿にいたはずだが。


 まぁ大方の予想はつく。やはり理外の存在は無視できないということであろうな。


『やはり動揺はありませんか』


 どこからともなく声がした。眼の前の空間が揺らぎ、美しい女性が姿を現す。


「お招き頂き光栄だ。貴女はどういったお方か?」

『私は秩序の神ルディアナ。理を守護する者といえば、用件はおわかりでしょうか?』

「ああ。予想はしておった」


 言うなれば、我はこの世界のルールを乱す異分子だ。こちらの神からすれば無視できまい。今まで見過ごされていたのは人里離れた場所で大人しくしていたからだろう。


『心苦しいですが、この世界で生きていくおつもりでしたら、我々の理に従って頂く必要があります』

「であろうな」

『……素直に受け入れると?』

「無論だ。経緯はどうあれ、今の我はこの世界に生まれ落ちた身ゆえ」

『助かります』


 女神から安心したような気配が感じられる。我がごねるとでも思ってたのかもしれないな。


 思うところはある。だが無理を言うつもりはない。


 ここは彼女たちの世界だ。対する我は偶然迷い込んだだけの存在である。彼女たちの顔は立てなければ。


「だが、理の形が違いすぎる。無理矢理押し込めても歪みが生じるぞ?」

『わかっております。ある程度枠組みを揃えるに留めましょう。それでも多少の歪みはありましょうが、それをどうにかするのも私達の役割ですので』


 概ね予想通りといったところか。


 異なる理を完璧に別の型にあてはめることなど不可能だ。特に我の理はこちらのそれに比べるとスケールが大きい。現時点で確実なことは言えないが、全ての理が塗り替えられるということはないだろう。


 我とその他の住人との間に生じる理の差。これを利用すれば、我の優位性は保たれる。我が父より託された復讐も、いずれは果たすこともできるだろう。


 おっと、今は先々のことを考えている場合ではないか。


「迷惑をかけたな」

『いえ。貴方にとって、この生が意味あるものになることを祈っています』

「ありがとう」


 礼を言ったところで少しずつ意識が遠のいていくのを感じた。どうやらこの邂逅もこれまでのようだ。


 まぁ、これで義理は果たした。裁定は受け入れたので、あとは好きにやらせてもらおう。





「朝か」


 次に気がついたときはベッドの上だった。先程の出来事は……まぁ夢ではないか。


「ん、んん……リビカ? おはよー」


 我が体を起こしたことで、枕元で丸くなっていたミスルも目を覚ましたらしい。兎のくせに人のように伸びをしている。


「おはよう。別にまだ寝ていても良いぞ」

「もう目が覚めちゃったから……て、あなたどうしたの!?」


 よほど驚いたのか、ミスルがぴょんと跳ねて我の膝に飛び乗ってきた。我が大きく力を落ちていることに気がついたのだろう。


「うむ。ちょっと神に会ってな。我が理をそのまま認めるわけにはいかんと言われた」

「神様に会ったの!? それなのになんで平然としてるのよ」


 ミスルがてしてしと我が腕を叩く。本当に落ち着きのない奴だな。


「こうなることは予想していたからな。気に食わないから存在を抹消する、というような横暴な者でなくて助かった」

「あー……そういう可能性もあったのね。無事で良かったわ」


 まぁ、そのような神であったなら、我も素直に従うつもりはなかったが。


「でも、復讐はどうするの? 今のリビカなら、アタシでも勝てそうよ?」

「うむ……それはなかなか屈辱だな」

「口が悪いわねぇ。悪い子にはお姉さんがお仕置きしちゃうわよ〜」


 ぐぬ……強さが逆転したからと言って調子に乗っているな。腹立たしいが、今は好きに言わせておこう。どうせ一時のことだ。


「復讐に関しては、まぁ急ぐこともあるまい。ゆるりとやろうではないか」

「ゆるりって……父様から託された使命なのよ?」

「無論、いずれは果たす。生み出してもらった恩があるのでな。たが、復讐のためだけに生きるというのも虚しかろう。せっかくの人生、楽しまなければ損というものだ」


 我らは父リフィスの復讐のために生み出された存在だ。しかし、そのためだけに生きるなど、我は御免だ。


「それは……そうかもね」


 ミスルは戸惑っているようだ。しかし、復讐に全てを捧げる生き方に思うところはあったのだろう。積極的ではないものの同意は得られた。


「それなら、これからどうするつもりなの?」

「まずは冒険者となるつもりだ。この街で活動するにはちょうど良い身分であろう。どのみち、一から鍛え直さねばならんからな」


 今のままでは標的を討つなど不可能だ。昨日のクレドにも敵わない。だからこその冒険者活動だ。


 冒険者にもいろいろある聞くが、この都市においては迷宮探索者と思っていれば間違いない。迷宮に潜り、魔物を倒し、財宝や資源を持ち帰ることを生業とする者たちである。


 魔物を倒せば力が得られるというのは、この世界にも共通する理。冒険者として活動していれば、いずれは復讐を果たすための力も身につくであろう。


「それが良いかもね。それじゃまずは喋り方の練習よ」

「それか」


 昨日も言っていたな。隠そうとしてもにじみ出る我が威厳を、少しでも目立たなくするための策だ。仕方あるまい。


 ふふ、ミスルよ。我を甘く見るなよ。喋り方を変えるくらい。我……いや僕にとっては簡単なことだからね。


「僕はリビカ。冒険者になりたいんだ」

「ブホォッ!? ぼ、僕? ふふ……ふふふ!」


 ミスルがいきなり噴き出した。本当に失礼な奴だな。


「いつまで笑ってるの。ミスルがやれって言ったんでしょ?」

「そ、そうね! く、訓練を続けましょう」


 我の訓練というより、ミスルが笑い出さないための訓練が必要だ。こうなったらとことんやろう。


「一人で旅するのは心細いから、ミスルお姉ちゃんと一緒で良かったよ」

「ブフォッオ!!?」


 盛大に噴き出した上に、ベッドの上で笑い転げるミスル。全然耐えられていない。


「……大丈夫なのか? 街で笑い出されては困るのだぞ?」

「さ、さっきのは反則でしょ! でも、もう大丈夫よ!」

「ミスルお姉ちゃん、僕、心配だよ……」

「ブフォ!? ひ、ひぃ、やめて! お、お腹が、お腹がよじれる……!」


 全然駄目ではないか。やれやれだな。

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