時間のシシャ

@usami2452

プロローグ

「やっと楽になれる」

そう呟く姉を僕は後ろからついていく。時間はわからないが、他に人も出歩かないような真夜中。廃虚が点在するこの街は治安が悪く子ども2人で出歩くのは危険だ。それでも歩いているのは、僕たちにやらなくてはいけないことがあるからだ。そのことを考えるたび、足が鉛のように重くなる。いつものような元気が姉にないのは、歩くスピードから明白だった。いつもより歩幅が狭く、肩が下がっている。

ポツリと水滴が頭に落ちるとすぐに雨が降り始めた。月が雲に隠れたがまさか雨が降るとは…

雨に急かされるように僕らは目的地へと足を速める。


扉の前につき姉は僕の方を向く。疲れ果てたその目に光は宿っておらず、吸い込まれてしまいそうだ。

「モンド、ちゃんと銃は持ってる?」

僕はポケットからチラリと銃を見せ、姉に目配せをする。僕が銃を持っているのを確認すると、姉はポケットから鍵を取り出し穴に差し込む。鍵はすんなりと錠に入り僕らは安心から息が漏れる。

「よかった。変わってなかったんだ」

扉を開けると中から女性の怒鳴り声が響いてきた。何か喋っているようだが、相手の声は聞こえない。どうやら電話をしているようだ。起きているのは想定外だったが、電話をしているならおそらくこちらには気づかないだろうし問題ないだろう。同じように姉も思ったようで土足で部屋へと進む。雨の中を走ってきたせいで、足跡が廊下についてしまうがそんなことは気にしない。はっきり言ってどうでもいいのだ。声のする方に進むと空き缶やゴミ袋で床が埋め尽くされた狭いリビングが見える。電気はついておらず部屋の中は真っ暗だ。とても人が住んでいるとは思えないその場所で、女性が片手で髪をかきむしりながら電話をしていた。

「なんで、逃げんのよ!私1人でどうしろっていうの?」

夜中とは思えない女性の声量は僕の悪い記憶を引き出し固まってしまう。そんな恐怖にも臆すことなく姉は僕に拳銃を出すようジェスチャーする。そう今から僕らはこの女性を殺すのだ。年はおそらく姉と10歳も変わらないであろう未来のあるこの女性を拳銃で…

銃口を向ける。いざその時が来ると緊張してしまうものだ。震えが止まらない。そんな僕の姿を見て姉が寄ってきて耳元で囁く。

「大丈夫。1人ではやらせない」

そう言うと震えた僕の手にそっと手を重ね銃口を女性に向ける。

「3210の0で引き金を引くの。一緒なら怖くない」

消えそうなくらいの声で僕に囁くと姉は僕の方を向きニッコリと笑う。姉のこんな穏やかな笑顔を見るのはいつぶりだろう。

「僕、姉さんがいつも無理してるの知ってたよ」

僕の声に気が付き目の前の女性が振り向く。

「な、なんなのよあんた達」

見たことのない子供が銃を向けて立っているんだ。慌てるのも無理はない。女性と反対に僕は姉のおかげで妙に冷静になっていた。

「3」

自分が今、生死の瀬戸際に立っていると実感したのだろう。恐怖のあまり女性は携帯を落としてしまう。なんとか逃げ出そうと後退りをするが、後ろは壁で拳銃の前には成すすべもないようだ。

「た、助けて」

涙を流しながらなんとか声を出す。とてもじゃないが外には聞こえないだろう。

「2」

恐怖で女性は崩れ落ちる。その結果、不幸にも頭の高さが僕らのような子供でも撃ちやすい位置にきた。

「1」

ふと姉のさっきの言葉を思い出す。「やっと楽になれる」姉がつらい思いをしていたのは知っていたが、同じ状況にいた僕はそれほど苦痛ではなかった。どうしてだろうか。

(この疑問も解決することはないのだろうな)

「0」

僕らは一緒に引き金を引く。銃声が鳴り響き二人で撃った弾は女性の頭を貫いた。安心か恐怖か理由はわからないが僕の方は力が抜けて銃を手放し、膝から崩れ落ちてしまう。姉の方を見てみると銃を握りしめて女性の亡骸をじっと見つめていた。

「…泣き声」

そうつぶやきながら姉は後ろを向く。たしかに泣き声が聞こえる。赤ちゃんの泣き声だ。おそらく銃声で目が覚めたのだろう。未だ脳内で鳴りやまない銃声と赤ん坊の泣き声が混ざり合い突如僕の頭を締め付ける。姉さんの方を見ると僕と同様に頭を押さえながら悶えている。

(もっと楽だと思っていたのに)

激しい頭痛に襲われた僕はそのまま気絶してしまうのだった。

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