廻天、星に還す者

北山カノン@お焚き上げ

廻天、星に還す者


 空に無数の星々が瞬いていた。

 色とりどりの光の礫が輝いていた。

 数え切れない星が消えた。

 名前も知らない天球が一つ、また一つと涙のように流れて消えた。


 目の前には荒涼とした大地がどこまでも続いている。草木の一本も無い。白い砂地には風紋が刻まれている。

 ボクを中心に地平線が延々と広がっていた。

 瞬間、天上から流れる星の軌跡が目に焼きついた。

 流れ星は遥か地平線の向こう側に消えていった。

「ソラ」

 唐突に肩を叩かれて振り返ると、親友のカイがいた。

 カイ? なんでカイがここに居るんだろう? 

 そもそも、ここはどこなんだろう?

 聞きたい事が頭にいくつも浮かんだけれど、カイは有無を言わさずにボクの手を取る。

「行こう。向こうに星が落ちた」

 流れ星の消えた方向を指差しながら駆け出す。

「待って、カイ」

 ボクが手を引かれながらカイに問いかける。

「ここはどこなの?」

 ボクの質問にカイは神妙な顔をするも、くすりと笑う。

「ここは流れ星の行き着く先。願いと祈りの終着点」

 カイが空を指さすと無数の流れ星が軌跡を描いて地平線の彼方に落ちていく。

 それぞれの形も大きさも違えば、色も違う。極彩色に彩られた夜空。

「奇跡と始まりの場所だよ」


 カイに連れられて長い時間走り続けた。話しをかける余裕もないほどの勢いで走り抜けた。

 不思議と足元は軽く、砂地の上でも羽が生えているようだった。

 それからもう少し走り続けて、ボクの息があがりそうになったところで、カイは足を止める。

「見て、ソラ。あそこに星が」

 カイの指さす方向を見るも、そこには何もない。かわらず白い砂地が広がっている。

「星なんてどこにもないじゃないか」

 ボクが肩で息をしながら言うと、カイは笑いながらボクの肩を抱く。

「いいや、あるよ」

 抱き起こされて指さす方向を見るも、やはり何もない。どんなに目を凝らしても無いものはない。

「星なんてどこにも無いよ」

「そんなことないよ。目で見るんじゃない」

 耳を澄ましてごらん、と言われてボクは目をつむり、息を整えて、耳を澄ました。

「うわっ!」

 すると乾いた木がぶつかり合う音がして尻もちをついた。

 カイはボクを見てまた笑う。なにもそんなに笑うことないじゃないか。

 それでもカイが笑っている姿を見られて嬉しいと思う自分もいる。

 悪い気分じゃない。

 カイに手を差し出されて、ボクはその手を掴み立ち上がる。

 星があった場所を見ると、そこには何も無くなっていた。

「行こう。その星は僕たちの探している星じゃない」

 カイはそう言うけれど、星はどこに行ったのだろう。

「ソラ」

 確かに星はあった。目で見えたわけじゃないけれど、確かに存在した。

 そしてボクはその形も、大きさも、重さも、輪郭も、触り心地も思い出せる。

「ソラ!」

 そうだ。さっきの星はこんな形だった。

 気付けばボクの手には星が転がっていた。

 カイがボクの腕を掴む。

「ソラ、その星を還すんだ」

「星を還す?」

「そうだ」

 今までに聞いたことのない声音にボクはおとなしく従う。

 星はボクの手のひらを転がり、カイの手に入り込む。

 そしてカイは星を夜空に還した。

「さあ、ソラも一緒に」

 カイがそう言うと、ボクの手のひらには無数の星が転がっていた。

 無数にある星の中で、唯一目を惹かれる星があった。

 ボクはその星を摘み、覗き込んで見る。

 あれ、いつの間に星がボクの手のひらあったんだろう。それに星も見えるようになったし、触れるようにもなったんだろう。疑問を残したまま、ボクはまん丸の砂色の星を覗く。

 そこには一人の農夫がいた。

 農夫が呼びかけると牛や馬、山羊に羊、犬に猫と姿を現す。

 気付けば農夫の周りには数え切れないくらいの動物が集まっていた。

 それに農夫は困り果てている。エサの量は足りないし、水も足りない。

 困った困った。農夫は頭を悩ませる。

 だけどボクは見つけてしまった。

 農夫のもとに向かう隊商は野盗に襲われて身包み剥がされ、全員殺された。

 井戸の水脈は干ばつの影響で枯れるのも時間の問題。

 それでも農夫は動物たちと一緒に待ち続ける。

 旧知の隊商と自分の祖父が掘った井戸から水が湧き上がるのを。

「ダメだ、ボクにはできない」

「いいや、できるよ」

「できないよ!」

 ボクは星を両手で大切に、何一つ損なわれないように慎重に包み込む。

 気付きたくなかった。

「わかったよ。この星は、誰かの願いなんだ」

「だから還すんだ」

 ボクの訴えに無情にもカイは無機質な声で返す。

「名前も知らない誰かの願い。願いは希望かもしれない。祈りかもしれない」

 だからか還すんだ、とカイは繰り返し言う。

「カイ」

 ボクはカイの名前を呼ぶ。カイは無言で頷く。

 そうだ、ボクは忘れてしまっていた。

 ボクはこの場所に星を探しに来たんだ。

「ボクが探していた星はこれだよ」

「それで間違い無いんだね?」

「うん」

 その星には、ボクとカイが笑い合っている姿が映し出されていた。

「ありがとう。見つけてくれて」

 そう言うとカイの身体は光の粒子となって消えていく。

 空に還っていく光の粒子に手を伸ばすも、掴むことはできない。

「ほんの少しでも、キミと一緒にいれて良かったよ」

 カイの言葉を聞いて、ボクは全てを思い出して自然と涙が溢れ出した。

 これだけは言わなくちゃいけない。

「そうだね。奇跡には始まりがあるんだ。だったら終わりがなくちゃいけない」

「そしてこの奇跡は君の手で終わらせるんだ」

 カイに手を伸ばしかけて、やめた。

 最後は笑顔で送り出さなくちゃ。

「ありがとう」

「こちらこそ」


 窓から差し込む朝日に瞼をこする。まだ眠いよ。

 けれど追加で目覚まし時計がけたたましく鳴る。

 ぼやけた目で時計を見るともう起きる時間だ。

 布団から起き上がり、身支度を整えて仕事の準備をする。

 忘れ物はない。ないはずだ。

 それにしても、今日は不思議な夢を見ていた気がする。

 内容は思い出せないけれど、とても懐かしい夢。

 革靴を履いてトントンとつま先を叩く。

 玄関の姿見に目を見やると、目尻から頬、顎先にかけて涙が伝っていた。

 そうだ、思い出した。

 ボクはカイの夢を見ていたんだ。

 カイ。ボクが子供の頃に入院した病院にいた同い年の男の子。

 いつも穏やかで本を読んでいた。他の子たちにも優しいお兄ちゃん。

 けれど、カイは永遠に歳を取らなくなった。

 永遠の十歳のお兄ちゃん。みんなのお兄ちゃん。

 カイが病室からいなくなった時は、訳がわからなかった。

 いつもそこにいる人が居ない。

 ボクが看護師さんにカイの居場所を尋ねても教えてくれない。

 きっといつかまた会える。

 そう信じてから数年後。

 ボクが退院する時にカイが亡くなったことを知った。

 小児がん。

 ボクは奇跡の回復を果たし、カイには奇跡が起こらなかった。

 それだけ治療の見込みがない病気。

 もう、カイには会えないんだ。

 カイの死に現実感がわかなかった。

 病気が治ったら一緒の学校に行って、一緒の部活に入って、一緒に勉強をして。

 いっぱいやりたいことがあった。

 カイと一緒にやりたかった。

 それが叶わないと実感して、はじめて涙が溢れ出した。

 退院してからしばらくして、学校にも通い始めた頃のこと。

 気持ち悪いくらいに優しく接してくる同級生たち。いつも心配ばかりしてくる学校の先生に嫌気が差していた。

 お医者さんもお父さんもお母さんも、ボクは普通になったと、元気になったと言ってくれるのに。

 いつものように夕ご飯を食べて、お風呂に入って、明日の宿題をやって、布団に入って眠りにつこうとした時、カイとの約束を思い出した。

 病気が治ったら星を見に行こう。

 ボクたちの住んでる街から少し離れた所に天文台があった。県内では有名な天文台で、高原には天体観測をするのに多くの人が訪れる。

 そこに行こうと、約束していた。

 約束していたんだ。

 でも叶えられない願いにボクは深夜にひとり涙した。

 それっきり、カイのことを思い出す頻度は減っていった。きっと忘れたかったのだ。

 カイの死から目を背けたかったのもある。

 なにより、カイが居ない現実に耐えられなかったから。それだけボクはカイのことが好きだった。

 なんで忘れていたんだろう。

 跡が残らないようにポケットティッシュを取り出して、涙を拭く。

 今年の夏は久しぶりに実家に帰ろう。そしてお父さんとお母さんに元気な姿を見せよう。

 そして、天体観測に行こう。カイができなかったから、という想いからじゃない。

 それはカイに対する侮辱だ。

 カイはカイで、ボクはボク。

 二人で一人だけど、一緒ではない。

 ボクはボクの人生を生きなければならない。

 だからこれはケジメだ。カイを忘れて生きてきた今日までのボクとの。

 だから今年の夏は、星を観に行こう。

 高原に吹く風は、きっとボクらを攫ってくれるはずだ。


 数え切れない星々が消えた。

 名前も知らない天球が一つ、また一つと涙のように流れて消えた。

 それと同時に名前の無い星がどこかで生まれた。

 名前の無い星は弱々しい光を放ちながら、何億光年と放たれた誰かに叫び続ける。

 光あれ。

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