第6話 神々の試練
アルカディア王国の神殿は早朝から厳粛な空気に包まれていた。
大理石の廊下を進むレイナは、左右に立ち並ぶ神官たちの視線をまともに受けながら、やや気まずそうに歩を進める。
今日は王国の主導で、彼女が神々の試練を受けるための大きな儀式が執り行われる。
「そもそも私、受けたいなんて言ったっけ」
レイナは溜息をついて呟き、鼻先で髪を払いのける。
先日、王が下した勅令により、“最強の力”を持つと噂されるレイナは、神聖な儀式を通じてその力の正当性を証明する必要があるらしい。
しかし当の本人はまるで乗り気ではない。
王宮魔導師クラウスが後ろから歩を速め、レイナの隣に並ぶ。
「こればかりは、国のしきたりというか……。
一応、ちゃんとやる気を見せてくれないと、神官たちは納得してくれないんだ」
「私がやる気を見せるとか、一番苦手なんだよね」
レイナは口を尖らせてぼやくが、クラウスは苦笑いを浮かべるだけだった。
さらに奥へ進むと、やがて広大な礼拝堂が姿を現す。
中央には円形の魔法陣が眩く光り、その周囲を神官たちが取り囲んでいる。
白髪混じりの金髪を後ろに束ねたクラウスが立ち止まって周囲を見回すと、目を細めて軽く息をのんだ。
「これは……かなり大掛かりだね」
すると、その視線の先には神官長ダグラスの姿があった。
黒髪短髪の精悍な男が、神官服を身にまとって厳かに立っている。
ダグラスの背後では神官たちが低い声で祈りを捧げており、礼拝堂全体が独特の緊張感に包まれていた。
レイナはダグラスを見るなり、少し気まずそうにまばたきをする。
「また面倒そうなことを計画してるんじゃないかな」
「どうやら、国王が“神々から正式に認められる勇者”を求めているらしい。
もしあなたが試練を突破すれば、王国としても“神の祝福を受けた存在”として周囲に示せる」
クラウスの言葉に、レイナは気の抜けた口調で応じる。
「要は、私を利用したいってだけじゃん。
でも、ここで強く拒否すると長引きそうだし、サクッと終わらせちゃえばいいよね」
そのとき、鋭い足音を立てて騎士団長セレナが現れた。
すらりとした体躯に騎士団長の礼装を纏い、腰に佩いた魔剣がきらりと反射している。
「レイナ、いよいよね。
神々の試練なんて前例が少ないから、私にもどんな内容になるかはわからない。
でも、絶対に危険なものでもないはず。
一緒に来たかったけれど、これは“当人だけが立ち会う儀式”って決まりだから、外から見守るしかできないの」
レイナは少し心細そうにセレナを見上げる。
「うーん、あんまり自信はないんだけど……。
努力も嫌いだし。
だけど、なんとかなるでしょ」
その言葉に、セレナは苦笑を浮かべながら、「あなたらしい」と短く返した。
一方、神官長ダグラスは壇上で結界を整え、レイナにまっすぐ視線を送る。
「朔間レイナ殿。
あなたの力を正しく導くためにも、神々の試練を受ける資格があるか確認させてもらう。
準備はいいかな?」
レイナはダルそうにため息をつきながら、「はいはい、わかりました」と返事をする。
神官たちが礼拝堂中央に並び、謎めいた言葉を唱え始める。
魔法陣の円環がレイナの足元で発光し、次第に光が強くなっていく。
聖なる鐘の音が遠くから聞こえ、彼女の周囲に神々しさを感じるヴェールのような空気が流れ込む。
「なんか、すごい……まぶしい」
レイナは思わず目を細め、片手で額を覆う。
真上から差し込む光が、まるで天井を突き抜けて天界と繋がっているかのように見えた。
ふと視界が歪むような感覚に襲われ、彼女の周囲から人の声が遠のく。
気づけばレイナの足元には白い空間が広がり、礼拝堂はおろかクラウスやセレナの姿も消えていた。
「え、なにこれ……」
まるで夢の中にいるような感覚。
ただし夢と違って、確かに足元に体重が乗る感触があるのが不思議だった。
そこへ、透明な音が響くように光の塊が形を成しはじめる。
それは、人の姿をしているようでいて、はっきりとした輪郭を持たない。
声なのか意識なのかわからないメッセージが、レイナの頭に直接語りかけてきた。
「汝、神の血を引く者よ。
その力は世界の秩序を揺るがすほどに強大なり。
今こそ、汝がその力をどう使い、何をもたらすのかを試すとき……」
レイナは少しだけ緊張しながら、「神々の声ってやつ?」とつぶやいた。
すると光の人影はいくつもに分かれ、まるで囲むように彼女を観察し始める。
「よくわかんないけど、面倒なら手短にお願いしたいな……」
次の瞬間、空間がざわりと震え、レイナの前に巨大な岩ゴーレムのようなものが出現した。
「ちょっと待って、いきなり戦闘……?」
ゴーレムは無機質なうなりを上げ、彼女に拳を振り下ろそうとする。
レイナは思わず飛びのき、地面を転がった。
「うわ、なんか本格的!」
岩の表面が無数に隆起し、弾丸のように飛んできた破片が彼女をかすめる。
「って、こんなの死んじゃうよ!」
しかし、レイナは妙に落ち着いている。
恐ろしいはずの攻撃を前にしても、なぜか心は冷静だった。
「そういえば私、力はすごいんだった……よね」
彼女は岩ゴーレムの周囲を回るように走り、手近な石ころを軽く掴む。
力を込めるというよりは“投げればどうにかなるでしょ”とばかりに放り投げた。
すると、その小石は空気を裂く衝撃波となり、ゴーレムの頭部を正確に射抜いた。
「わ、やっぱり飛ぶんだ……」
頭部を砕かれたゴーレムは倒れ込むように散り散りに崩れ落ちる。
空間がまた歪み、今度は炎の怪物らしきものが彼女の背後に現れる。
燃え盛る炎の壁が迫り、「これは危ない」と直感したレイナは咄嗟に腕をかざす。
「えいや、冷やしてみろー!」
半分投げやりでそう叫ぶと、彼女の手から凍てつくような青い光が放たれ、あっという間に炎を吹き消してしまった。
「本当に何でもアリなんだ……。
努力してないのに勝手にできるって、なんかごめんねって感じだけど」
そう言いながら、レイナは最小限の動きで怪物を倒していく。
気がつけば周囲の光の人影が、少し焦ったように立ち位置を変えているようにも見えた。
「神々としては、もうちょっと苦労してほしいのかな」
レイナは首を傾げ、頬をかく。
だが、次々と送り出される敵を難なく倒してしまう現実は変わらない。
彼女の視点からすれば「あれ、意外と簡単だな」という程度の試練だった。
やがて空間が揺らぎ、最後に残った光の人影が彼女に向けて何か言葉を投げかける。
だが、その声は先ほどとは違い、どこか焦燥感が混じっていた。
「汝の力は常識を超える……。
しかし、制御なき力は混沌を生む。
この試練を乗り越えたとしても、汝がもたらす先は破滅か、それとも……」
聞き終わらないうちに、レイナの周囲の光が崩れ始める。
空間が再び震動し、意識が急速に礼拝堂へと引き戻される感覚。
「……お疲れさまでしたー」と、言いたいのかなんなのか、自分でもわからない言葉が口をついて出る。
次の瞬間、礼拝堂の光景が視界に戻ってきた。
そこには緊迫した面持ちで待機していた神官たち、そしてセレナとクラウスの姿がある。
レイナは何事もなかったかのように立っており、まるで無傷。
あるいは疲労すら感じていないような雰囲気だった。
礼拝堂にいた神官たちは唖然とし、ダグラスは少しだけ目を見開いて口を閉ざす。
「……試練は終わったのか?」
クラウスがメガネの奥で目を丸くして訊ねると、レイナは肩をすくめる。
「なんか変な空間に行って、バケモノとちょっと戦ってきたよ。
あっという間だったし、まだお腹空いてるんだけど」
セレナは心配そうに駆け寄り、レイナの手を取って傷がないか確かめる。
「大丈夫そうね……」
「なんとかなったよ。
まあ、試練っていっても、けっこうテキトーな感じで終わったかも」
セレナは安堵の表情を浮かべるが、ダグラスは神官を振り返りながら低い声で指示を飛ばした。
「結界の異常値をすぐに分析しろ。
こんなにも短時間で試練が終了するなど、前例がない」
礼拝堂の端では、神官長や他の神官たちが慌ただしく動き始める。
試練の成功を祝福するどころか、むしろ予想外の出来事に混乱しているようだった。
そんな光景を見やりながら、レイナは軽く伸びをする。
「やっぱり、あっちも想定外だったんだ。
私、もっとがんばる必要とかあったのかな……」
その肩にそっと手を置いたのはセレナだった。
「危険なことにならなくてよかった。
この結果がどう受け止められるか、まだわからないけど……お疲れさま」
レイナは苦笑しつつ、「ありがとう。
なんか拍子抜けしてごめん」と小さく呟く。
儀式は一応“成功”となり、レイナは神々の試練を突破した扱いになる。
しかし、このあまりにあっけない結果に、神官や王国上層部は困惑し、神々自身も何を思っているのか。
その場に立ち尽くすダグラスの暗い瞳は、どこか読み取れない色を帯びていた。
レイナにとっては大した努力を要しなかった“試練”。
それが今後どう影響を及ぼすかは、まだ誰もわからない。
だが、少なくとも彼女は「やるべきことをこなした」という気持ちで、腹ごしらえでもしようかと心の中で計画していた。
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