第5話 各国・種族の思惑と争いの火種

レイナたちが森から戻った翌朝、アルカディア王国の王城はいつになく落ち着かない空気に包まれていた。

北のノルダーレ公国や南のミストリバー連邦だけでなく、海を渡った諸国からも使節が次々と到着し、城内で様々な交渉が行われているという。

そして話の要は、ほとんどがレイナに関わるものらしかった。


「まいったね。

連日いろんな国の使者から“新たな勇者に謁見したい”なんて問い合わせが来てる。

賓客用の部屋も足りなくなりそうだ」

王宮魔導師クラウスがメガネを押し上げ、手にした文書の山をテーブルの上に置いた。

書かれているのは各国からの要請や書簡で、レイナへの協力や契約を望むものが多いようだ。


「何が目的なんだか……」

レイナは城の一室に腰を下ろし、ため息をつきながら遠目に積まれた書類を眺める。

自分には関係ないはずの国同士の思惑が、いつの間にか肩にのしかかってくる。

彼女は首筋を軽くさすり、「そりゃ、強い力を持ってるなら利用したがる人たちもいるんだろうけど……私、そんなに働く気ないんだよね」とぼやいた。


騎士団長セレナが、その隣で控えめにうなずく。

「でも、王国としては、あなたが他国に渡ってしまうのは困るはず。

同盟国からも『レイナを我が国へ招きたい』という話がいくつも来ているみたいだし、ここで引き留めるか、仲介して国交を深めるかで意見が割れている」

「要するに、私はただの“駒”扱いってことか。

めんどくさ」

レイナがそっぽを向くと、セレナは歯がゆそうな顔をして、彼女をそっと見つめる。


きちんと結い上げた白銀色の髪の奥で、セレナの瞳は微妙な揺らぎを帯びている。

彼女は王国に仕える身としてレイナを守りたいが、いっぽうで王国の利益や安全に資するよう“勇者”を導く義務もある。

その板挟みが、セレナを苦しめていた。

だが、レイナは気づいていても、それを深く追及しようとはしない。

「セレナさんが悩んでるのはわかるけど……私、あんまり誰の味方とかになる気はないんだよね」

「ええ、わかってる。

それでも、あなたが心地よく過ごせるようにはしたいし、国の未来も無視できない。

私がどう動けばいいか、答えが見えなくて……」


セレナの言葉が重く落ちる中、ドアをノックしてクラウスが入ってきた。

「レイナ、実はノルダーレ公国の使者が面談を希望している。

公国の鍛冶や金属技術は有名で、彼らはあなたの力を何かしら兵器開発に応用できないかと探っているらしい。

ただ、興味を示すのはそこだけじゃなくて、彼らには反王国派の貴族もいるから、内情は複雑そうだ」

レイナは苦い顔をする。

「兵器とか、そういうのに使われるの、絶対やだな。

私、引きこもっててもいい?」


それを聞いて、セレナは少し困ったように口を開く。

「その“引きこもり”を許してもらえるかどうか……。

王としては、各国の接触をむげにはできないらしいわ。

現実問題、彼らを無視すると外交的にもまずい」

レイナは腰を浮かせてひとつ伸びをした。

「どいつもこいつも、私の意向を無視して好き勝手なこと言ってくるんだね。

じゃあ、放っといてほしいってスタンスで通しちゃダメかな?」


クラウスは少しだけ口をつぐみ、レイナの表情を探るように視線を向ける。

「実は、その案を検討してる人もいるんだ。

“勇者殿の意思を尊重し、無闇に動かさないほうがいい”っていう慎重派の貴族や魔導師たちがね。

でも積極派は『いや、何もしなければ危機が来た時に間に合わない』と反対している」

レイナは思わず肩をすくめ、クッションに体を預ける。

「ああ、もう。

本当にめんどい。

私が決めるって言うなら、ほっといてって言い続けるよ。

“とりあえず何もしたくない”って結論、ダメなの?」


セレナは苦笑しながら、「そうは言っても、実際に危ない場面があれば、あなたは見過ごせないでしょう?」と問いかける。

レイナは少し言葉に詰まったようにまばたきをした。

「うーん、確かに人が襲われてたりしたら、素通りはできないかも。

それは私の“気まぐれ”ってやつ」

「だったら、その気まぐれさえも利用したいと思う人が出てくる。

王国だって、その力を欲しがる国に気を配らなきゃいけない。

そこから争いに火がつくかもしれないわ」

セレナが言葉を区切りながら、レイナの目をじっと見つめる。


何かを言い返そうとしたレイナだが、結局「わかったよ。

面談とかは形だけなら受けてもいい。

でも“約束”はしない。

勝手に利用されるのはゴメンだし。

基本は“放っておいて”スタンスね」と小さく呟いた。

クラウスとセレナは顔を見合わせ、ほっとしたような、複雑なような視線を交わす。


いずれにしても、ノルダーレ公国やミストリバー連邦、さらには海外からも興味を寄せられている現状を、いきなり変えるのは難しい。

レイナ自身が関わりを拒んだとしても、国同士の思惑は消えず、騒ぎが大きくなる可能性はある。

それでも“まずは放っておいて”という一言が、レイナなりの平和的主張なのだろう。

セレナはその姿勢を尊重しようと決めるが、内心ではいつか本格的な衝突が起きるのではないかと考えていた。


部屋を出ていこうとするレイナの背中を、セレナは小さく呼び止める。

「あなたは……いつも通りでいてくれたらいい。

必要になれば、私が守るし、あなたの力だって頼ることがあるかもしれない」

レイナは振り返り、バツが悪そうに笑う。

「ありがと。

ほんとに私、努力とかあんまり好きじゃないけど……セレナさんには協力してもいいかなって思ってる」


その言葉を受け、セレナの胸中には小さな安堵が芽生える。

だけど同時に、レイナの“力”が国を取り巻くいくつもの利害を巻き込み、次第に大きな軋轢を生むことも覚悟しなくてはならない。

騎士団長としての責任と、レイナへの個人的な思い。

ふたつを抱えて、セレナは静かに廊下に立ち尽くした。


レイナはそんな彼女の複雑な胸中に気づきながらも、「どうにかなるでしょ」と笑ってみせる。

それが楽天的な逃げ口上か、あるいは無意識の優しさなのかは、誰にもわからないままだ。

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