第2話 王都の騒動とレイナの認知度

アルカディア王国の朝は意外と騒がしい。

石畳の回廊を歩くと、どこからともなく衛兵が挨拶してきたり、召使いが慌ただしく動いていたりして、レイナには落ち着かない空間だった。

制服姿の彼女は、ひとまずセレナの案内に従って王城の大広間へ向かうことにする。


夜が明けてすぐに開かれる「歓迎の集い」は、レイナを呼び出した王国が正式に“勇者”として迎える儀式でもあった。

金色の装飾が施された長テーブルが中央に据えられ、その周囲には貴族たちが並んでいる。

セレナは騎士団長として、壇上に控える王のそばで背筋を伸ばしていた。


レイナは自分の席を見つけると、腰を下ろして軽くあくびをかみ殺す。

「お腹は空いてるけど、騎士さんたちの視線が痛いなあ」

そう呟いても、返事は返ってこない。

周囲は彼女を“突然現れた新たな勇者”として好奇心まじりに眺めているが、その距離感がどこか堅苦しかった。


見回せば、繊細な細工が施されたシャンデリアや、遠くを見下ろすような肖像画などが目に入る。

レイナは「王城ってやっぱり豪華なんだな」と思うものの、長い式辞にはまるで興味が持てない。

美味しそうな料理がずらりと並んでいるけれど、どうやら正式な挨拶が終わるまで手をつけるのはNGらしい。

「うわー、待たされるのは嫌だなあ」

口の中で小さくつぶやきながら、テーブルの端を指先でとんとんと叩いて暇を潰していた。


一方、壇上に控えるクラウス・エグバートは白髪混じりの金髪を後ろに束ね、メガネを光らせながら書物に何かを書きつけている。

昨夜の召喚騒ぎの余波を調べているのか、彼の視線はときどきレイナに向けられる。

「やはり尋常なエネルギー値ではない。

この子にどんな可能性が潜んでいるのか……」

小声で独り言を漏らすその横顔は、学者肌らしい熱意がうかがえる。


やがて王が典礼を締めくくり、やっと食事が許される。

だがレイナは山盛りの豪華な料理に手を伸ばすというより、さっさとこの場を抜け出したいという顔をしていた。

「ここ、人多すぎるんだよね。

セレナさん、ちょっと休憩させてもらえる?」

その言葉に、セレナは一瞬だけ困ったような表情をしたが、すぐにうなずいた。

「では、後ほど控えの間で話しましょう。

城内の警備はしっかりしているから、問題はないはずだけれど……気をつけてね」


レイナは不機嫌そうだったわけでもなく、ただ退屈そうに軽く手を振って会場を後にする。

あれだけの貴族や騎士に囲まれると空気が重たいと感じるらしい。

廊下を曲がると王城の渡り廊下に出て、そのまま裏口の方向へ抜けていった。


そして、なぜか外へ出ると活気が戻ったように周囲の景色を眺めはじめる。

「へえ、意外と普通に街が広がってるんだ。

馬車とか、道端の屋台とか、なんだか観光地みたい」

独り言を言いながら門番の目をすり抜け、城下へと足を運んだ。


市街地は石造りの建物が並び、人々が行き交う通りには露店や大道芸人がいた。

一見楽しげな雰囲気だが、ふと見れば警備兵が慌ただしく動いている。

どうやら街の一角で騒ぎが起きたようで、子どもが泣いている声も聞こえる。

「いやな予感。

でも……放っておくのも後味悪いし」

レイナは仕方ないといった調子で小走りに現場へ向かった。


そこには大型の魔物というほどでもないが、見慣れない生物が道の真ん中で暴れていた。

体毛がまばらな獣のように四つ足で走り回り、屋台を倒しては吠えている。

兵士たちは剣を構えているものの、狭い通りでは近づきにくい様子だった。

レイナは「動きめっちゃ早いね。

どうしよう」とひとりごちて、屋台の木片を拾い上げてみる。

「投げれば当たるかな……?」

大して考えずに力を込めた瞬間、小さな木片が空気を裂くように飛んでいき、魔物の頭部をかすめて路地奥へと直進した。

その速度に驚いたのは兵士だけでなく、レイナ自身もだった。

「うわ、私そんなに筋トレしてないのに。

変な力入っちゃったかも」


魔物はその一撃にひるんで体勢を崩す。

兵士たちがすかさず踏み込み、包囲網を狭めた。

レイナは「もう一回だけやってみよ」と気軽に口をとがらせ、今度は石ころを拾う。

「うまくいけ……」

弱めに投げたつもりが、石はまるで矢のように魔物の前足を撃ち抜き、動きを止めてしまった。

「わ、こわ。

これ、やりすぎかな」


周囲の人々はどよめき、兵士の一人が駆け寄ってきた。

「あ、あなたは……勇者様か?」

突然そう呼ばれて、レイナは「え、私?」と目を丸くする。

城下町にまで“新たな勇者が召喚された”という噂が広まっていたのかもしれない。

レイナは照れるでもなく、「まあ、そんな感じらしいです」と曖昧に答えて首をすくめる。


その頃には通りの喧噪も落ち着き、魔物はすっかり大人しくなっていた。

兵士たちが捕縛を進める中、街の人々が「命拾いした」「あの子が助けてくれた」と口々に喜んでいるのを見て、レイナは少しだけホッとした顔をしていた。

「とにかく人が無事ならいいや。

疲れたから城に帰ろうかな」

彼女はそうつぶやいて歩き出す。

“すごい力を隠し持つ勇者”と噂されるなんて、自分にとっては面倒事が増えるだけの予感。

だけど助けを求められれば放っておけないのも、レイナという少女の素直な一面だった。


城門に戻ると、待っていたかのようにセレナが出迎える。

「レイナ、街へ行っていたの?

ちょうど兵士から報告が入ったのだけれど、あなたが魔物退治に手を貸してくれたとか」

その問いに対して、レイナは肩をすくめた。

「ちょっと散歩のつもりだった。

大したことはしてないし、さっさと終わってよかったよ」


セレナはほっとしたように微笑みながら、彼女の肩に軽く触れる。

「ありがとう。

城下の人々もあなたに感謝していると思う」

そう言われるとレイナはそっぽを向いたが、顔にはうっすらと照れが浮かんでいる。

だがその表情は長くは続かず、すぐにいつもの気の抜けた目つきに戻った。

「お腹も減ったし、一旦戻って休みたい。

あの歓迎会っていうパーティ、まだやってるのかなあ」


セレナは思わず苦笑いする。

「ええ、食事ならきっとまだ残ってるわ。

みんなあなたを待っているかもしれないけど……落ち着いてからでも大丈夫よ」

レイナは「ならゆっくり行こ」と気だるそうに微笑む。

周囲の兵士たちはそんな彼女を物珍しげに見ていたが、セレナだけは変に気を張らずに自然な態度をとってくれる。


数時間前に顔を合わせたばかりの王城の住人たち。

だが、レイナが街で示した“わずかな力”は瞬く間に広まり、知らぬ間にその存在は拡大されていく。

彼女自身は何も考えずに日々を過ごすつもりでいるが、周囲の人間がそう見てくれるかどうかは別の話だった。


その日、レイナは城の個室へ戻り、豪勢な食事を適当に平らげると早々に横になってしまう。

狭いリビングや教室で過ごしてきた身からすると、異世界の王城は広くて不思議なところだが、やはり疲れのほうが勝ったのだろう。

ベッドのやわらかさを味わいながら、「スマホがあれば動画でも見て落ち着けるのに」と小さくぼやき、すぐに眠りに落ちていった。

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