努力値ゼロの現代JKが召喚されたら、神々が跪く存在だった
三坂鳴
第1話 召喚された努力ゼロJK
深夜のアルカディア王国の王城では、石造りの礼拝堂に強大な魔力が満ちていた。
魔導師たちが唱える古代の呪文が空気を震わせ、壁にかかった大きなステンドグラスがかすかに揺れる。
円形に描かれた魔術陣の中心で、王宮魔導師クラウス・エグバートが厳しい目つきで書物を睨んでいた。
彼は細身の体をローブに包み、束ねた金髪の一房が首筋からはみ出している。
メガネの奥から鋭い視線を魔術陣に注ぎながら、静かに言葉を継いだ。
「座標の乱れはない……はずだ。
恐らく狙いどおりに“勇者”を呼び出せると思う」
すると、彼のそばに立つ騎士団長セレナ・フォルティスが神妙な面持ちでうなずいた。
白銀色の長髪をきっちり結い上げ、腰に佩いた魔剣の鍔に触れるしぐさが、彼女の落ち着かない心境を伝えていた。
「失敗は許されない。
王国はこの儀式を最後の手段としてきたから、無事に成功させたいところね」
周囲の魔導師たちも息を詰めて待機する。
ここ数年、北方のベルトラ荒野から押し寄せる魔物の被害が増え、各国との関係も微妙に揺れていた。
そこで伝説の“勇者召喚”を復活させることになったが、実際にどんな人物が呼ばれるかは未知数。
王族の血筋が守り伝えてきたこの術式が、本当に救世主をもたらすのかクラウスも半信半疑だった。
再び呪文が読み上げられる。
魔術陣が淡い光を放ち始め、礼拝堂の空気が急激に張り詰めていく。
セレナが「来るわね」と小さくつぶやいた瞬間、中心部の光が爆ぜるように拡散した。
眩しい閃光が収まり、そこに佇んでいたのは黒髪の少女だった。
ブレザーの制服に緩めたネクタイ。
第一ボタンを外し、ロングヘアをざっくり結んでいる姿は、ここアルカディア王国の服装とは明らかに違う。
力が抜けたようにペタリと膝をつき、「え、なにこれ……」と呆然としていた。
セレナがあわてて駆け寄る。
「大丈夫?
何かケガはない?」
少女はポカンと口を開けたまま周囲を見回し、仰天する騎士や魔導師たちに目を留めてから、小さく肩をすくめた。
「いや、全然平気ですけど……どういう状況?」
その問いに答えようと、クラウスが歩み寄る。
彼はローブの裾を払って姿勢を正し、できるだけ冷静な声を保ちながら説明した。
「私たちはこの世界を救うために“勇者”を召喚しました。
あなたは別の世界から呼ばれたのです」
すると、少女は唖然としたままクラウスをまじまじと見つめた。
「嘘でしょ……。
夢じゃないの?」
その様子を見て、セレナが気遣わしそうに言葉を選んだ。
「混乱させて悪いわ。
私は騎士団長のセレナ・フォルティス。
落ち着いて、名前を教えてくれる?」
少女は軽く頭を振り、はっとしたように自分の頬をつねる。
「痛っ……。
朔間レイナ。
高二……かな。
てか、私、さっきまで自宅のリビングでスマホいじってたんですけど……」
レイナと名乗った少女の呟きに、礼拝堂にいた魔導師たちは顔を見合わせた。
彼女が本当に“勇者”なのか、それとも儀式の失敗で何ら関係のない子が呼ばれてしまったのか誰も判断できない。
クラウスは深刻そうに眉をひそめると、手にした書物をパラパラとめくった。
「確かに術式は正規のもの。
変則的な座標が混じった可能性はあるが、こうして召喚は成功している。
念のため、神力の測定をしてみよう」
レイナが嘆息しながら制服の埃を払うと、魔導師たちは彼女を礼拝堂の奥へ案内した。
大理石の床に段差があり、その先に飾られた台座には水晶玉が鎮座している。
神々と交信するための秘宝とされ、触れるだけで召喚者の資質がわかるという代物だった。
礼拝堂の列席者は「さあ」「どうなる」とひそひそ声で騒ぎ立てるが、レイナは気の抜けた顔でぽりぽりと頭をかいている。
「早く終わらせたいなー。
お腹すいた」
セレナが少しだけ苦笑して「申し訳ないけれど、こればかりは避けて通れないの」と促す。
レイナは何となく面倒そうに歩を進め、台座に手を伸ばした。
水晶を軽く指先でつつく。
「これでいいわけ?」
次の瞬間、水晶玉は眩い光を放ち、礼拝堂全体が揺れるような衝撃波が走った。
騎士団員や魔導師たちが「な、なんだ」と戸惑う中、クラウスは目を見開いたまま動けなくなる。
水晶から噴き上がる光の柱は、見るからに危険なほどのエネルギーを内包していた。
その中心にいるレイナは平然としたまま、やたらとまぶしい光を鬱陶しそうに目を細めていた。
しばらくして爆発音にも似た轟音が鳴り、光の柱が止まると、そこには何事もなかったかのように立つレイナの姿があった。
髪も乱れていないし、怪我をした様子もない。
むしろ水晶がひび割れていて、欠片が床に散らばっていることのほうが大事件だった。
「え……壊れた?
やば、弁償とか……」
レイナは面倒ごとを嫌うように眉を寄せる。
だがクラウスはそんな彼女を見上げ、息を呑んでから低い声を漏らした。
「神力……。
こんな反応、聞いたことがない」
礼拝堂に駆けつけたほかの魔導師たちも一様に強張った表情でレイナを見る。
セレナは驚きを隠せないまま、ひとまずレイナの肩に手を置いて言った。
「あなた、本当にただの女の子なの?
さっきの光、まるで神が降りたようだった」
レイナは返答に困るように肩をすくめた。
「知らないよ。
私、努力とか全然しないタイプだし、神様とかそういうのも信じてないんだけど……」
壊れた水晶から漏れる光の余波が床に薄く広がり、魔導師たちは後始末のために右往左往を始めた。
クラウスはどこか研究者としての興味を抑えきれない様子で、レイナの周囲を回りながらメガネを押し上げる。
「そんな信じられないほどの力を、本人は自覚せずに持っていたということか。
これは前例がないな」
レイナは大きく伸びをしながら、もう一度辺りを見回した。
「うーん、帰れたりします?
ここすごく……中世っぽいけど、私の家とは勝手が違いすぎて」
セレナは口を開きかけたが、どんな言葉を出せばいいのかわからない。
目の前にいるのは、王国が“勇者”として呼び出したはずの少女。
なのにやる気はまるで感じられない。
だが、計り知れない力の存在だけは誰の目にも明らかだった。
そうして誰もが混乱に陥るなかで、レイナは制服のポケットをまさぐり始める。
「とりあえず、お菓子……あるかな」
そのあまりにも日常的な仕草に、セレナは苦笑を禁じ得なかった。
王城の礼拝堂で呆気なく神力を示した少女が、スマホも見当たらず暇を持て余しているようにしか見えない。
「レイナ、私が案内するから少し休んで。
ここはあなたにとって落ち着かない場所でしょう」
セレナの言葉に、レイナはぼんやりと肯定する。
「ありがとう。
助かる」
クラウスは書物を閉じ、ひび割れた水晶を一瞥しながら動揺を押し殺すように深呼吸した。
「王にご報告を。
これほどの力を宿した存在が、まさかこんな形で現れるとは」
レイナはセレナに続いて礼拝堂を出ていきながら、背後の声には特に興味を示さなかった。
彼女にとっては、なんでも“大したことじゃない”のだろう。
ただ、そう簡単に“本来の世界”へ戻れないことだけは、今のうちに誰かが教えてあげないといけない。
そして誰もがうろたえるこの夜が、アルカディア王国の運命を変えていく。
レイナはまだ何も知らないまま、ただ眠気を堪えるように目をこすって歩いていた。
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