第5話 まだぎこちないけれど

「シャレル、起きて。シャレル」


「う~ん」


 ここは…


 瞼を上げると、ダーウィン様の紫色の瞳と目が合った。ダーウィン様の瞳の色、綺麗ね。いままでこんな風に目が合う事なんて、ほとんどなかったもの。


「シャレル、嬉しそうな顔をしてどうしたのだい?」


「こんな風に、ダーウィン様と瞳を見つめ合って話が出来たことが嬉しくて…それに私の名前も呼んでくれたでしょう」


 ささやかな事だが、なんだかそれが嬉しいのだ。


「シャレル、君って子は…僕は本当にダメな人間だね。こんな当たり前の事すら、してこなかったのだから…」


「ダーウィン様はダメな人間ではありませんわ。それよりも、馬車が停まっている様ですが…」


 窓の外を見ると、小さな灯りが見える。ここは一体どこかしら?


「さすがにずっと馬を走らせている訳にはいかないからね。一目の付きにくい小さな宿だけれど、今日はここに泊まろうと思って。シャレルも疲れているだろうし」


「宿に泊まれるのですか?それは嬉しいですわ。1週間、ずっと馬車の中で寝泊まりするものだと思っておりましたので」


 まさかお宿に泊まれるだなんて。嬉しくてそのまま馬車から降りようとしたのだが…


「待って、シャレル、その姿では目立つから、さっきのワンピースに着替えられるかい?僕は外に出ているから。すまない、メイドがいなくて。もし着替えられない様なら、宿の女将に頼んでくるよ」


「お気遣いありがとうございます。私は父の教育方針の一環で、何度か平民の暮らしを体験しておりましたので、着替えは1人でも出来ますわ。すぐに着替えますから、少々お待ちください」


「それなら良かった。公爵は本当に素晴らしい方だったのだね。そんな方を、無実の罪で殺すだなんて…本当にジョーンはどうかしているよ。て、何も出来かなった僕が言えた事ではないが。それじゃあ外で待っているから、着替えたら出てきてくれるかい?」


「承知いたしましたわ」


 ダーウィン様が外に出ていくのを見送ると、早速着替えを済ませた。あら?このドレス、どうやって脱ぐのかしら?平民の生活の時は、ドレスなんて着なかったから、脱ぎ方が分からない。


 こうなったら、破れてもいいから、適当に脱ごう。どうせもう、ドレスなんて着る事はないのだから。そう思い、無理やりドレスを脱ぎ捨て、ワンピースに着替えた。


 このワンピース、本当に可愛いわ。それにサイズもぴったりだ。


「お待たせいたしました。可愛いワンピースですね。とても気に入りましたわ」


 外で待っていてくれていたダーウィン様に、改めてお礼を言った。


「気に入ってくれて、よかった。その…本当にそのワンピース、よく似合っているよ。それじゃあ、行こうか」


 なぜか頬を赤らめ、そのままクルリと反対方向を向いたダーウィン様。そんな彼の手を、そっと握った。


「君は一体何を考えているのだい?僕の手を握るだなんて…」


「あら、私たちは婚約者同士なのですから、手くらい握ってもよろしいでしょう?それにこれから、ずっと2人で暮らすのですから。それとも、私に手を握られるのは、嫌ですか?」


「い…嫌な訳がないよ。ただ、その…いいや、何でもないよ。それじゃあ、行こうか」


 耳まで真っ赤なダーウィン様、きっと照れているのだろう。いつも俯いて何を考えているか分からなかった人だったけれど、こんな一面もあるのね。それにダーウィン様の手、大きくて温かい。まるでお父様の手みたい。


 そのままダーウィン様に連れられ、小さな部屋へとやって来た。お部屋には小さなベッドと机、イスが並んでいる。どうやら今日は、ここに泊まる様だ。


「この部屋は君が使ってくれ。それじゃあ、僕はこれで」


 そう言うと、ダーウィン様が部屋から出て行こうとしている。


「お待ちください、ダーウィン様はどこにいかれるのですか?他のお部屋に泊まるのですか?」


「いや…部屋は1つしかとれなかったのだよ、僕は馬車の中で寝るから、君はゆっくり休んでくれ」


「馬車で眠るですって?そんな事はいけませんわ。確かにあまり広くない部屋ですが、2人で使いましょう。ベッドも2人で寝られますわ」


「君は何を言っているのだい?僕たちは確かに婚約していたが、結婚前の男女が同じ部屋で寝るだなんて…」


「あら、もう私は貴族ではありませんわ。それに、これから私たちはずっと一緒なのです。別に今日、一緒の部屋に泊まっても問題ありませんわ。誰も私たちを戒める者はおりませんし。それでもどうしてもダーウィン様が私と同じお部屋が嫌だとおっしゃるのなら、私が馬車で寝ますわ」


「シャレルが馬車にだって?それは絶対ダメだ」


「それなら、2人でこのお部屋を使いましょう。正直今、1人になるのが怖いのです。1人になった瞬間、またあの薄暗い地下牢に戻されそうで…」


「分かったよ。それじゃあ、僕はこのイスで…」


「よかったですわ。それでは私は、湯あみをして参りますね。ダーウィン様、どうかお部屋にいて下さい」


 そう念押しをして、急いで湯あみを済ませた。久しぶりの湯あみ、メイドたちが洗ってくれる様には上手に洗えなかったが、それでもさっぱりした。


 その後ダーウィン様も湯あみを済ませ、部屋に戻ってきた。

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