第6話 少しずつ距離が縮まって来ました

「僕はこのイスで寝るから、シャレルはベッドを…」


「またその様な事をおっしゃって。イスで寝ては、疲れが取れませんわ。ダーウィン様だって、今日はずっと馬車に揺られて疲れたでしょう。さあ、一緒にベッドで休みましょう。大丈夫ですわ、手は出しませんから」


「そのセリフは、僕が言うべきものだよ。本当に君は…」


 そう言うと、頬を緩めたダーウィン様。まだ少しぎこちないが、それでも少しずつ私に心を開いてくれているという事なのかしら?それだと嬉しい。


「さあ、一緒に休みましょう」


 ダーウィン様の手を引き、そのまま2人でベッドに入った。ただ、ダーウィン様はかなり端っこの方にいる。


「ダーウィン様、そんなに端っこにいては、ベッドから落っこちてしまいますよ。さあ、こっちに来てください」


 ダーウィン様の腕を引っ張り、真ん中に誘導する。そして、ゆっくり瞼を閉じ、眠りについたのだった。



 翌朝

 温かい…この温もりは一体…


 瞼を上げると、すぐ目の前にはダーウィン様のお顔が。そうか、私、昨日ダーウィン様に助けられて、今マーラル王国に向かっているのだったわ。


 それにしても、ダーウィン様ったら…


 私は今、ダーウィン様の腕の中にいるのだ。ギュッと私を抱きしめているダーウィン様。完全に抱き枕状態だ。ダーウィン様の腕の中は、温かくて落ち着く。まるでお父様の腕の中にいる様だ。


 お父様…


 昨日お父様は、無実の罪で処刑された。誰にでも優しくて、正義感に満ち溢れていたお父様。いつも私の事を大切にしてくれたお父様。そんなお父様が、殺された。


 さぞ無念だっただろう…


 お父様の事を考えると、涙が込みあげてきた。


 ダメよ、泣いては。私が泣いたら、天国にいるお父様もきっと悲しむだろう。私はこれでも元公爵令嬢。たとえどんなに辛くても、涙は見せない。それにせっかくダーウィン様が助けて下さったのだ。


 これからはダーウィン様と、第二の人生を歩みたい。きっとお父様も、私の幸せを願ってくれているだろうから。


 溢れそうになる涙を、そっとぬぐった。


 その時だった。


 ダーウィン様の瞼が上がったと思うと、紫色の瞳と目が合った。


「おはようございます、ダーウィン様」


 笑顔で挨拶をしたのだが…なぜかダーウィン様が私から離れ、飛び起きたのだ。


「すまない、どうやら寝ぼけて君に抱き着いていた様だ。本当に申し訳ない」


 必死にダーウィン様が、頭を下げている。


「謝らないで下さい。私もダーウィン様の温もりのお陰で、ぐっすり眠れましたし。何より私たちは、婚約者同士なのですから」


「しかし…」


「どうかもう、私に気を使わないで下さい。私は今まですれ違っていた時間を、取り戻したいと考えております。私達は、心が通じ合ったのですから」


「それは分かっているのだが…君の様な美しくて聡明な女性が、本当に僕に好意を抱いてくれていることが、どうしても信じられなくて…」


「ダーウィン様は私を過大評価しすぎですわ。それとも、私の様な女はお嫌いですか?」


「嫌いな訳がないよ。ごめん、そうだね、せっかく気持ちが通じ合ったのに…こんな僕でごめんね」


「謝らないで下さい。私は謙虚なダーウィン様も好きですわ。ただ、少しずつ私に慣れていってくれたら嬉しいです」


「ありがとう、シャレル。目覚めたところ悪いのだが、すぐに出発しよう。朝食は馬車の中でもいいかな?」


「ええ、もちろんですわ。少しでも進めないと、追手が来るかもしれませんものね。さあ、行きましょう」


 急いで準備を済ませ、部屋から出ようとした時だった。ダーウィン様が私の手を、すっと握ったのだ。びっくりしてダーウィン様の方を見ると


「嫌だったかな?ごめん…」


 ポツリと呟くと、すぐに私の手を離そうとしたのだ。


「嫌だなんてとんでもありませんわ。ダーウィン様から握って下さるだなんて、嬉しくて。さあ、馬車に参りましょう」


 2人で手を繋いで、馬車に乗り込んだ。昨日は向かい合わせに座ったが、今日は隣同士で座る。隣にダーウィン様がいてくれるだけで、なんだか嬉しい。


「大したものはないけれど、サンドウィッチを準備してもらったから、食べよう」


 ダーウィン様が差し出してくれたのは、お肉入りと野菜入りのシンプルなものだ。私が野菜入り、ダーウィン様がお肉入りを頂く事になった。


「ダーウィン様、お野菜の方も食べませんか?はい、どうぞ」


 きっとサンドウィッチ1つでは、ダーウィン様は足りないだろう。そう思い、私の野菜サンドを差し出した。


「でもこの野菜サンドは、君のだろう?」


「私はこんなに食べられませんので、どうぞ」


「それなら、僕のお肉サンドもシャレルにあげるよ。2人でシェアして食べよう」


 少し恥ずかしそうに、ダーウィン様がそう提案してくれたのだ。


「それはいいですわね。それでは早速、お肉サンドを頂きますね。ダーウィン様も、野菜サンドをどうぞ」


 お互いのサンドウィッチを交換し、それぞれが食べる。


「この野菜サンド、美味しいね。野菜がみずみずしいよ」


「こっちのお肉サンドもジューシーですわ。あら?ダーウィン様ったら、お口にソースが付いておりますわ」


 口についているソースを、そっと拭いた。

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