第3話 助けられた様です
「殿下、おやめください。いくら罪人の娘だからと言っても、まだ処遇の決まっていない令嬢を切り殺すだなんて。殿下が罪に問われる可能性もございます」
こちらにやって来たのは、ジョーン殿下の右腕、ディン・ガブディアン様だ。この男は公爵令息で、非常に優秀な男だ。計算高く主の為なら何でもすると聞いたことがある。それでもさすがに私を切り殺すことは、止めた様だ。
「分かっている。脅しただけだ。シャレル嬢、君の最期の願い、僕が叶えてあげるよ。最高の方法でね…」
ニヤリと笑うと、その場を去って行ったジョーン殿下。あの男、どこまで私をバカにすれば気になるのかしら?そういえばあの男、何度も私に近づいて来ていた。
お父様からも
“ジョーン殿下には気を付けなさい”
そう言われていた。
お父様…
“シャレル、私達貴族は、領民の為にいるのだよ。だからいつも、弱い者の味方でいなければいけない。そしていつもどんな時も、貴族としてのプライドを捨ててはいけない。その事だけは、覚えておきなさい”
いつもそう言っていたお父様が、どうして…
この国はおかしいわ、真面目に生きているお父様が無実の罪で殺され、権力に囚われた第二王子が、この国の王になるだなんて…
でも、どのみちあんな男が国を治めたところで、この国が良くなる訳がない。そんな国で、私自身も生きていきたくはない。ただ、残された民たちだけが心配だけれど…
私がそんな事を考えても、もう仕方がない。今の私には、何の権力はないのだから…
はぁっと、ため息が出る。
その時だった。
「シャレル嬢、すぐにここから出て下さい」
私の元にやって来たのは、ダーウィン様の専属執事だ。どうして彼が?
「あなたは…」
「時間がありません。さあ、早く」
執事に手を引かれ、そのまま小走りで地下牢を出ていく。人気の少ない場所を選びつつ、進んでいく。この方向は…
「もしかして、王宮の裏に向かっているのですか?」
「さすがシャレル嬢、そうです。とにかく急ぎましょう」
王宮の裏に着くと、そこには小さな馬車が停まっていた。あの馬車は一体…
「シャレル嬢、どうかこの馬車にお乗りください。それでは私はこれで失礼いたします」
馬車に私を押し込むと、すぐに執事が扉をしめたのだ。それと同時に、馬車が走り出した。
「待って、一体何が起こっているの?」
必死に窓に向かって叫ぶが、あっと言う間に執事の姿は見えなくなってしまった。よくわからないが、とにかく座ろう、そう思い、振り返ると…
「どうしてダーウィン様が?」
なんと馬車には、ダーウィン様が乗っていたのだ。一体どうなっているのだろう。
よくわからないが、彼の向かいに腰を下ろした。
恐る恐るダーウィン様の方を見るが、彼は俯いたまま何も話さない。相変わらずね。
「この馬車はどちらに向かっているのですか?どうしてあなた様が馬車に?私をどうなさるおつもりなのですか?」
俯いたままの彼に話しかける。すると…
「すまない…僕が不甲斐ないばかりに…僕のせいで、ガスディアノ公爵は…それに君だって、僕なんかと婚約さえしなければ、こんな思いをしなくて済んだのに…だからせめて君だけは、他国でなに不自由ない生活をして欲しくて。ここに僕の個人財産がある。この財産で、君は隣国、マーラル王国に向かうんだ。そこでどうか、幸せに暮らしてくれ」
ダーウィン様の足元には、かなり大きなカバンが。どうやらダーウィン様の全財産が入っている様だ。
「このお金を私にですか?という事は、ダーウィン様も一緒に、国を出て私と一緒にマーラル王国に向かうという事ですか?」
「いいや…僕はマーラル王国には向かわないよ。君を送り届けたら、僕は僕で違う国に向かうつもりだ。僕専属の執事も、家族ともども他国に逃げる様に手配はしたし。だから、どうか僕の事は心配しないでくれ」
そう言うと、ダーウィン様が悲しそうに微笑んだのだ。ダーウィン様は既に、自国に居場所がない事を悟っているのだろう。ましてや犯罪者の娘でもある私を逃がしたのだ。国に帰れば、ダーウィン様のお命も危ない。
とはいえ、他国で生きると言っても、並大抵な事ではない。特にダーウィン様は、ずっと王太子として生きれ来られたのだ。もちろん公爵令嬢として生きていた私にも、同じことが言える。
世間をあまり知らない私たちが、他国で暮らすというのは、相当大変な事。犯罪者の娘でもある私はともかく、ダーウィン様の場合、自国でひっそりと暮らすことも出来たはず。
それなのに、どうして私を助けてくれたの?
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