第2話 公爵令嬢としてのプライド

「シャレル嬢、君の肝っ玉には心底驚くよ。この状況で寝られるだなんてね」


 ん?この声は?


 パチリと目を開け、顔を上げると、こちらを見下ろしているジョーン殿下の姿が。私、いつの間にか眠っていたのね。


「さっき君の父親の裁判が終わったよ。君の父親は、極刑に処されることが決まった。そして君の処遇は、後日再び裁判が開かれる事になった」


 お父様が、極刑ですって?


「父は何も悪い事はしておりませんわ。父を無実の罪で殺すのですね」


「最後まで父親の無実を信じているのだね。おめでたい女だ」


「私の父は、曲がった事が大嫌いです。誰よりも弱い者に寄り添って来た人です。そんな父が、人身売買なんて恐ろしい事をするはずがありませんわ!」


 真っすぐジョーン殿下を見つめて、はっきりと告げた。


「正義感に満ち溢れたその目、君の父親にそっくりだ。いいよ、教えてあげる。そうだよ、君の父親は何もしていない。僕が君の父親に無実の罪を着せたのだよ」


「要するに、父がダーウィン様を推した事を根に持っていらっしゃるという事ですね。そして、父を犯罪者して消し去り、ダーウィン様の婚約者でもある私を犯罪者の娘にする事で、私達親子も消せる。ダーウィン様の最大の後ろ盾でもある私たちを消すことで、ダーウィン様を王太子の座から引きずり降ろし、ご自分が新たに王太子になるおつもりですか?」


「さすが賢いシャレル嬢だ。そうだよ、君たちがいなくなれば、兄上を引きずりおろす事なんて簡単だ。現に兄上は、君たちが犯罪者になったのは、自分の責任でもある。責任を取って、王太子の座を退くと言っているよ。そもそも兄上には、王太子なんて荷が重すぎたんだよ」


 ダーウィン様がそんな事を…私たちのせいで、王太子の座を降りる事になっただなんて。きっと増々私は、ダーウィン様に嫌われただろう。


 でも、もう今更ダーウィン様にどう思われようと、どうでもいい。お父様も近々殺される。私もきっと…


「既に覚悟は出来ているといった眼をしているね。ねえ、シャレル嬢、僕と取引をしないかい?僕はね、優秀で美しい君を、このまま手放すのは惜しいと考えているのだよ。ほら、僕の婚約者、マリアはあまり勉強が出来ないだろう?だから君には、裏で僕とマリアを支えて欲しいんだ」


「それは一体、どういう意味ですか?私に影武者になれという事ですか?」


「影武者だなんて、そんな事は考えてないよ。君は僕の愛人になるというのはどうだい?」


「愛人ですって?私は犯罪者の娘なのですよ。そんな女を、あなた様の愛人だなんて、きっと貴族たちが認めませんわ」


「その点は大丈夫。君は何も知らなかった、ある意味父親のせいで人生を狂わされた犠牲者の1人と訴えれば、どうにでもなる。後は適当な貴族の養女にさえなれば、どうってことないさ。どうだい?悪い話ではないだろう?もし断ったら、君にはこの国から無一文で出て行ってもらう事になるよ」


 無一文で出て行けか…事実上の死刑判決と言う事か…


 この男の愛人として生きるか、野垂れ死ぬか、1つに2つ。それなら…


「分かりました、それでしたら私は、国外追放でも構いません!どうか私を、この国から追放してくださいませ」


 真っすぐジョーン殿下を見つめ、そう伝えた。


「君は正気かい?僕の愛人になれば、今まで通りぜいたくな暮らしが出来るのだよ。愛人と言っても、マリアと君を平等に愛するよ。そもそも僕は、我が儘で頭の悪いマリアよりも、優秀で美しく、いつも凛としている君の方が、僕の妻に合っていると思っている。出来れば君の様な優秀な女性に、僕の子供を産んで欲しいと思っているくらいだ」


 この人は何を言っているのかしら?バカにするのもいい加減にして欲しいわ。


「私はこれでも公爵令嬢です。犯罪者の娘として後ろ指をさされながら生にしがみつくよりも、ガスディアノ公爵令嬢として散りたいのです。私は絶対に、あなた様の愛人になんてなりません。それでももし、私を愛人にするとおっしゃられるのでしたら、どうかこの場で私を切り殺してください」


 最後まで公爵令嬢として、生きていたい。これだけはどうしても譲る事が出来ない、私のプライドだ。


「公爵令嬢のプライドか…君は何が何でも、僕のものにはならないというのだね…分かったよ、お望み通り、あの世に送ってあげるよ」


 すっと剣を引き抜いたジョーン殿下。


 既に覚悟は出来ている。そんな思いで、ゆっくりと瞼を閉じた。

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