67 未練
花美がずっと欲しがっていたのは好きだったおもちゃくんと付き合うこと。
それが叶って本当によかったと思う。
幼い頃から二人の関係を知っていたけど、おもちゃくんはいつも花美を避けていたからね。自分と釣り合わない、そう思いながら距離を取っていた。原因の一つはお父さんだと思うけど、今はそこまで気にしていないような気がする。
どうやら誤解だったってことを分かったみたいだ。
あれは二人でちゃんと話した方がいいから、私は何も言わなかった。
それに詳しいところまでは知らないから。
これで許してくれるよね? 花美。私は頑張ったから……。
幼い頃の私は花美のことがすごく羨ましかった。
私は他人だったから、そこにいられない。
誰も私にそんなことを言ったことないけど、私がそう感じていたから仕方がないことだった。私と花美が違うってことはちゃんと知っていたから。だから、羨ましかった。
それに花美のそばにはいつもおもちゃくんがいたから、それもすごく羨ましかった。私にはないものだから、それが欲しかった。そして私はやってはいけないことをやってしまったんだ。
おもちゃくんと二人っきりで遊びに行くこと。
二人で遊ぶだけなのに、どうしてそれがやってはいけないことだったのか……。
それは、私が嫉妬をしていたからだ。
いつも花美のそばにいたおもちゃくんを私が誘って、それで花美が一人になってしまったのをいまだに覚えている。わざとだった。そしておもちゃくんがお父さんに殴られる。どうしてちゃんとそばにいてあげなかったんだと。そこで私のせいって言ってもいいのに、おもちゃくんは何も言わず殴られるだけだった。
私はただおもちゃくんみたいな人が欲しかっただけなのに、花美の涙を見て罪悪感を感じてしまう。でも、私はやめなかった……。その運命みたいな幼馴染って関係が羨ましくて、そして一人だった私の味方になってくれるかもしれないから、私はそれをやめられなかった。
私とおもちゃくんの間には花美の知らない何かがあったから。
花美が泣いているのを知っていても、しばらくの間ずっとおもちゃくんと一緒にいた。そしておもちゃくんも私以外悩みを聞いてくれる人がいなかったから、この関係は簡単に終わらなかった。
私もおもちゃくんも自分の立場をちゃんと理解していたから、私たちに花美はただ恵まれた女の子。そうだった気がする。
今更だけど、私は自由になりたかったかもしれない。
そのために何をすればいいのか分からなかっただけ。
花美を傷つけるつもりはなかった。
だから、私は落ち込んでいる花美を都会に連れて行くことにした。
どうせ、二人は将来結婚する関係。お父さんと美穂さんの話を盗み聞きした私は二人より先にそれを知っていた。そこで私はこう思った。昔のように仲良くなればそれで私の役割も終わり、その罪は消える———。
だから、嫌いにならないでほしかった。
「…………」
そして私は今実家に向かっている。
あの女がまだ諦めてないから……。今度はお父さんのところに行って、直接話をしようとしている。それがずっと気になって、今までどうしたらいいのか分からなかった。でも、今日は違う。私の目の前でちゃんとその関係を終わらせないといけない。これがもう一つの罪。
忘れたい。
私はあの人を永遠に消したい。
「そんなところで何をしているの?」
「私は……、まだ諦めてないよ。美波、私の娘。なんとかして……。なんとかして!」
「そこでずっと待っていても誰も出てこない。それくらいちゃんと知ってると思うけど」
「だから……! どうして私がこんな目に遭わないといけないの? なんで私の思い通りにならないの? それにあの邪魔者……、変な女に刺されて……。面倒臭いことが増えてしまった……」
「…………」
なんで泣いているのか分からない。
こうなってしまったのは全部あんたのせいだよね?
「ドアを開けて! 開けてよ!」
思いっきりドアを叩くあの女に吐き気がした。
「…………」
そしてここに来る前に田中さんにちゃんとドアに鍵をかけてくださいって言っておいたから、この人は入れない。ベルを押しても鳴らない。この人がいつかここに来るかもしれないと私は知っていたから事前にそれを防いだ。
「どうして! どうして!!! 誰も出てこないの!?」
ここは私の家だ。あんたの家じゃない。
「うるさいね、こんな時間に人の家の前で……。美波?」
「み、美穂さん。どうして、こんな時間に」
「なら、こっちは高橋さんかな?」
「私をこの家に入れてほしい! 健と話したいことがある! 今すぐ入れて!」
「美波……、家に着いたら電話くらいして。外で変な人と話す暇があるなら電話くらいできると思うけど」
「は、はい……。すみません」
美穂さん、この人を無視した……。
「謝る必要はない。自分の家に来たのに、どうして変な人と話しているのか気になっただけ」
「ちょっと! 私のこと無視しないで! 今すぐ入れてよ! ここは本来———」
そして美穂さんがいきなり大声を出すあの女の顔を思いっきり叩いた。
あっという間だったけど、その音がすごかった気がする。
「ここは私の家だ。私と健、そして美波と花美の家。あなたの居場所はない。なんのためにここに来たのか分からないけど、警察を呼ぶ前にここから消えてほしい」
「こ、ここは……」
「話が分からないのかな? ここはあなたの家じゃない」
「これは全部……私の物だった! 私の物になるはずだった!」
その話を聞いて、美穂さんはもう一度あの女の顔を叩いた。
「あなたは病院に行ってみた方がいい」
「美波は私が、私が産んだ私の———」
「またそんなことを言うのか。あなたは浮気相手とずっと欲しがっていた幸せな人生を過ごせばいい。美波は私の娘だ。消えろ」
そう言いながらこっちを見る美穂さんにビクッとする。
「何してるの? 入って」
「は、はい……」
そしてドアを閉じる田中さんに美穂さんが声をかけた。
「あの人がまた変なことをしたらすぐ通報してください」
「かしこまりました」
……
「美波、お昼は?」
「あっ、まだ……です」
「そう? 一緒に食べよう、私もまだ食べてないから。花美は?」
「おもちゃくんと一緒にいます」
「分かった」
短い会話が終わった後、美穂さんはすぐお昼を作ってくれた。
懐かしい美穂さんの料理、昔花美とおもちゃくんとこの料理を食べてたよね。
でも、今日は私一人。
「美穂さん」
「うん」
「私は……、美穂さんの……娘ですか?」
「うん? 息子だったの?」
「…………」
「私は一度も美波のことを他人だと思ったことない。どっちも私の娘、どっちも大切な存在だから」
その話を聞いて静かに涙を流していた。
ずっとここには私の居場所がないと思っていたのに、そうじゃなかったんだ。
そして美穂さんは私のことを家族だと思っていたんだ……。
「もし、私が美波のことを嫌がっていると思っていたらそれは勘違いだよ。あの頃は仕事で忙しかったから、ちゃんと話をしなかっただけ。決して美波のことを否定したりしていない。美波も私の娘だから」
「はい……」
「これで少しは楽になったのかな? 美波」
「はい……」
「知っていたよ。花美を見ている時の目が悲しく見えたから、なぜ自分はあの二人と違うんだろうとそう思っていたんでしょ?」
「はい……」
「そして羨ましかったから、花美から星七くんを奪おうとした。でも、それが良くないってことに気づいて、花美のために二人が仲直りできるように頑張っていたよね?」
「全部知っていたんですね」
「母としてちゃんと言ってあげられなくてごめんね。いろいろあったから……。時間が必要だった」
「はい」
そうなんだ……。
そういうことだったんだ……。
「あの人の連絡先。消したくないなら消さなくてもいいけど、消した方がいいと思う」
「ううん……。消したよ、すでに」
「そう?」
「私のお母さんは目の前にいる美穂さんだから」
「うん」
やっぱり、余計なことを心配していたみたいだ。
最初から私たちは家族だったのに……。
「次はみんなと一緒に来て」
「あっ、うん……」
美穂さんの笑顔、そういえば目の前でその笑顔を見るのは初めてかもしれない。
すごく綺麗……。
「お、お母さん!」
「うん?」
「いや、呼んでみたかっただけ……」
「そう?」
その後、私の頭を撫でてくれた。それも……、初めてだった。
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